第百五十八話 乱入、乱入、また乱入
桶川さんの隣に座り、渡されたペットボトルのお茶を飲みます。座席は適度に柔らかく、ゆっくりと落ち着く事が出来るようになっています。
「30分で着くからゆっくりは出来ないわよ」
「在来線だと1時間半かかるのに、新幹線は速いわ」
確か、新幹線だとサイコロが4つに増えるのですね。急行で2つ、特急で3つ。だと記憶しています。なんて事を考えていたら、高崎に到着するとのアナウンスが流れました。
「駅前で撮影クルーと合流だから、変装は解いて良いわよ」
今日のお仕事は、高崎・前橋のブラリ散歩のロケの撮影です。最後に絵を書いたりはしません。
サングラスを外し、上着から髪を出していつものユウリとなりました。一々変装するのは面倒ですが、仕方ありません。
「高崎、高崎、高崎山はございません。ご注意下さい」
「おいおい、間違える奴はおらんて!!」
駅のアナウンスで漫才をやっています。ここは大阪ではないはずですが、地域活性化政策の一環なのでしょうか。
「前に、『高崎山はどうやって行くのよ!』って駅員さんにくってかかった人がいたらしいわ。それでこんなアナウンスするらしいわよ」
桶川さんがトリビアネタを披露してくれました。そんなベタな間違いをするなんて信じられませんが、本当のようです。
※作者注 実際にはこんなアナウンスはしておりません。執拗に高崎山への行き方を駅員さんに聞いてきたオバチャンが居たのは事実ですが。
在来線に乗り換えて前橋駅へ移動します。県庁所在地なのに新幹線が停まりません。埼玉県もそうですし、JRの方針なのでしょうか?
改札を出たロータリーで撮影スタッフと合流しました。挨拶をかわし、撮影開始です。といっても私が気の向くままにブラブラと歩いて、時々出会った人とふれ合うだけです。
例のスキャンダルの件を聞かれるかと思いましたが、誰もその件には触れませんでした。お陰でトラブルもなく収録は終了・・・とはいきませんでした。
フリーライターの名刺を出しつつ、髪ボサボサの中年男性が寄ってきました。桶川さんが前に出て、私を庇う格好となります。武力的には私の方が上なのですが、守ってもらえるというのは嬉しいものです。
「ユウリさんですよね、Kukiさんとの事を聞きたいのですが」
「今番組の収録中です。止めて下さい!」
スタッフが引き剥がそうと肩を掴みましたが、中年はそれを振り払って叫びました。
「五月蝿いな、こちとらスクープ掴まなきゃ生活出来ないんだ。黙ってろ!」
それは純粋にあなたの個人的な都合です。私達が斟酌する必要は無いと思うのですが。そう思い呆れていると、更なる乱入者が現れました。
「それについては、私達も聞きたいわね」
「その辺、白黒はっきりしてくれない?」
建物の陰から10人位の女の子が飛び出してきました。各々が私の事を親の仇のような目で睨み付けています。敵意は込められていますが、弱いので威嚇にすらなっていません。
正しい眼力の込めかたをお手本として見せてあげたいところですが、気絶させてしまうと面倒なので披露する事が出来ないのが残念です。
「何者だ、名を、名を名乗れ!」
「あかど・・・もとい、私達はKuki様のファンクラブ、『Kuki様見守り隊』よ!」
ライターの問いに胸を張って答えるリーダーらしき少女が答えました。胸を張ってはいるものの、その存在が確認しづらい大きさなのは残念としか言いようがなく、暖かい目で見守ってあげたくなります。
「そうと聞いたら黙ってられぬ!」
リーダーらしき少女のなだらかな部分を同情の念を込めて見ていると、男女10人程の集団がバラバラと飛び出して来ました。揃いでピンク色のハッピを着ている段階で嫌な予感しかしません。
「我々は『ユウリちゃんを陰から守り隊』。我らがいる限り、ユウリちゃんに手出しはさせない!」
私を守るように囲む守り隊。名前から察するに私のファンの人達だと思われますが、その恥ずかしい名前とハッピはどうにか変えてもらいたいものです。
「あんたら邪魔よ。私達はKuki様との真相を知りたいだけよ!」
「それなら記者会見で聞いたはずだ。ユウリちゃんはKukiの事なんか眼中に無い!」
本人である私や、元凶のライターを無視して言い争うファンクラブと見守り隊の面々。当事者でありながら、自分の居ない場所でやりあって欲しいと思わずにはいられません。
皆さんお忘れかと思いますが、今は番組の収録中なのです。私のみならず、スタッフの皆さんにも迷惑をかけているのです。
「このままそーっと離脱するっていうのは?」
「一応ユウリちゃんのファンクラブなんだからダメよ。」
桶川さんに提案するも、即座に却下されて項垂れてしまいました。その隙をついてかライターが近づいてきました。
待ち合わせ場所は、イトーヨーカドーの入り口前。(ローカルネタですいません)




