第百五十五話 沈静化を目指して
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私用の控え室に行き、常備してあるユウリの服に着替え髪を整えます。桶川さんは社長室に居る筈ですが、バイトの遊が社長室に出入りすれば怪しまれます。
ユウリの姿になり社長室に向かいました。ドアをノックをしてみましたが返事がありません。
「あら、ユウリさん。社長なら会議室よ。例の件で対策会議ですって。あれはデマよね!ユウリちゃんにあんなやさ男は相応しくないわ!」
通りかかった総務課のお姉さんにデマだと断言して宥め、お礼を言って別れました。会議に乱入するわけにはいかないので、自分用の部屋で待つとしましょう。
階段で下に降り、出たばかりの自分の部屋に戻りました。暇になのでテレビを見て世間の反応を確認します。
「・・・と、事務所前は報道陣が詰めかけています」
「ユウリさんの姿はおろか、社員も姿を見せません」
どのチャンネルにしてもこの話題ばかりで、内容に大差はありません。テレビをぼうっと見ていると、ノックの音がして桶川さんが入ってきました。
「ユウリちゃん、お待たせ。もう来てたのね」
「桶川さん、お疲れ様です。会議はどうなりましたか?」
テレビを消してソファーに座った桶川さんから数枚の紙を受け取りました。軽く目を通すと、会議の議事録のようでした。
「今のところ、テンプレな対応しか出来ないわ。一応目を通しておいてね」
「マスコミにはひたすら否定して、否定する会見を開く。公式HPで否定。それしか無いわよねぇ」
月並みな対策案ですが、それ以外に効果的な案があるかといえば無いのが現状です。テンプレはそれが最良に近く、現実的な対応だからそうなったのでしょう。
「あら、電話だわ。はい、桶川です。えっ?はい、はい、分かりました」
着信した携帯に出た桶川さんが微妙な顔をしています。悪い知らせではなさそうですが、良い知らせかというと微妙な表情です。
「ユウリちゃん、明日のラジオの収録だけど・・・」
まさか、あのスキャンダルで降ろされるのでしょうか。それは無いと思いたいですが、スキャンダルて役を降ろされた俳優や声優なんて過去に掃いて捨てるほどいるのです。
「安心して。収録が火曜日になっただけよ。降ろされる事はないから」
「え?桶川さん、まさか私の心を読みました?」
私が思った事をピンポイントで否定されました。桶川さん、いつからテレパスとして目覚めたのでしょうか。
「ユウリちゃん、全て顔に出ていたわよ。いつもらしくないわね」
「多少動揺してるかもしれないです」
頬に流れた汗をハンカチで拭います。感情を顔に出さないように心掛けているのですが、それが崩れるなんて思いもしませんでした。
「私、こんなにこの役が好きだったのね・・・」
始まりは誘拐からでした。始めたのも、続けたのもなりゆきだったのです。声優という仕事は面白いし好きになっていましたが、ここまでだったとは自分でも気づいていませんでした。
「明日やるはずだった収録は、火曜日の昼に延期になったわ。火曜日は学校休んでね」
「えっ、火曜日の昼に収録ですか?それだと編集するための時間が取れなくなるのでは?」
番組の放送は火曜日の昼からです。なのに収録を火曜日の昼からすれば、編集して放送すると早くても火曜日の夕方以降になってしまいます。
「生放送決定よ。思ったこと全部ぶちまけてしまいなさい。何が起きても良いって言われたわ」
「プロデューサーさん、勇気あるわねぇ」
その方が面白そうだっていう打算もあると思いますが、この騒動関連で私が何を話すのか想像もつかない筈です。下手をすれば番組が壊れ、その責任をプロデューサーさんが問われてしまうのです。
「空いた時間を使って会見開くわよ。話す内容打ち合わせるからいらっしゃい!」
素早く行動する桶川さん。伊達に大手プロダクションの社長をやっている訳ではなさそうです。すぐに会議室に移動し、会見の打ち合わせをしました。
基本方針は全否定です。恋人どころか、友人とすら言えない間柄なのですだから、それは当たり前の事です。
KUKIサイドも同時に会見を開き、同じような内容を言うことになりました。話が纏まると直ぐにプロダクションの前にたむろする記者たちへと事務員が会見することを伝えました。
会見は会社内ではやりません。社内にマスコミなんか入れてしまうと、好き勝手に動き回られてしまう可能性が極めて高いからです。
「さて、私達は先にホテルに入るわよ」
「わかりました。念のため変装してきます」
軽く変装したあと、桶川さんと共に会場となるホテルに向かいます。マスコミは少しでも良い場所で会見を取材しようと我先に会見場となるホテルに爆走していき残っていません。
「声優業は好きだけど、こういうのは勘弁してほしいわ」
「まあまあ、これもユウリちゃんが人気があるからよ。有名税だと思って諦めなさい」
思わず愚痴をこぼす私を慰めるように諭す桶川さん。理性では理解しているのです。しかし、昔の偉い人は言いました。「わかっちゃいるけど止められない」と。
「これからもこういう事は起きるわよ。今のうちに慣れる必要があるわ」
「更に増えるの?3%が5%、さらに8%になるような物なの?」
何処でしたっけねぇ、「消費税撤廃」なんて公約を掲げていた政党は。




