第百五十四話 加速する騒動
好きな芸能人とはいえ、所詮は他人です。そこまでする?というのが正直な感想ですが、この場にいる私以外の人間は全員それを肯定しています。
「ファンに倫理なんて通用しないわよ」
「そうそう。ネットの掲示板見ればわかるわよ」
それが当たり前とでも言いたげな由紀と友子のオタクコンビ。まだ疑いを持っている私に証拠を突きつけてくれました。
「・・・お姉ちゃん、暫く家を出ない方がいいかもよ」
そう言って携帯の画面をを見せてくれました。表示されているのは、有名掲示板1.41421356チャンネルです。
「スレッドのタイトルは【ユウリ】死すべし【許すまじ】?」
内容は、私への悪口でした。というか、呪詛めいた物で埋まっています。集団で襲おうなんて提案もされていて、賛同者が多数出ています。あまりの内容に青ざめつつも、携帯を由紀に返しました。
「逆に、こんなスレもあるわよ」
再び渡された携帯を見ると、またもや巨大掲示板でした。しかし、先程とは別のスレッドです。
「えっと、【kuki】呪われろ【天誅】・・・」
対象が私からもkukiに代わっただけで、書かれている内容の過激さは大差えりません。これ、両方とも脅迫や業務妨害で刑事事件に出来る内容です。
「こんな人達に恨まれるのが芸能人の宿命なら、私には無理だわ。普通の公爵令嬢・・・じゃなかった、一般人が一番ね」
デマの報道1つで命狙われるのが日常なんて、私には耐えられそうにありません。
「お姉ちゃんはユウリだってバレてないから大丈夫よ!」
「確かに髪をほどかなければバレないけど・・・」
「ヤクザ数人を物ともしない遊が、何を弱気になってるのよ?」
友子は何もわかっていません。私はため息をついて説明することにしました。
「ああいう分かりやすいのは対処しやすいのよ。私だって普通の人間よ、見た目普通のサラリーマンや主婦からいきなり刃物で刺されたりしたら対処出来ないの」
はっ!と擬音を入れたくなる表情で固まる由紀と友子。私が憂いた事に漸く気付いてくれたようです。
「ゆ、遊、あなた、普通の人間のつもりだったの!」
「お姉ちゃん、全世界の普通の人に謝って!」
思わず椅子からずり落ちてしまいました。打って痛めた腰をさすりながら椅子に戻り叫びます。
「酷いっ!私が普通じゃないって言うの!」
「「「「勿論!」」」」
親友、妹、両親からの息のあったツッコミを間髪入れずに受けてしまいました。この無駄に息のあったコンビネーションはなんでしょうか。
「我が娘ながら・・・」
「立派にチートよねぇ・・・」
ちょっと、そこの両親!しみじみと感慨深げに言わないで!もし私がチートなら、そう育てたのはあなた達ですから!
「もうその論議はいいわ。桶川さん、事務所で会社としての対処を検討した方がいいわ」
一対五では勝ち目はありません。無駄な論争は止めにして出掛けましょう。
ユウリの格好で事務所に行ったりしたら、詰めかけているであろうマスコミの餌食となるだけです。素のままで家を出て事務所に向かいます。
桶川さんが同伴していては同じことになるので、私だけ電車で事務所に向かいました。案の定、取材陣が事務所前で張っていて出入りする人にカメラとマイクを向けています。
気配を押さえて、出来るだけ見つからないように歩きます。普通なら気づかれず素通り出来るのですが、向こうは人の出入りに敏感になっていて察知されてしまいました。
「失礼、スタッフの方ですか!」
「ユウリちゃんとKuki君との熱愛について教えていただけますか!」
「ユウリさんは今何処に!」
砂糖に群がる蟻の如く集まる報道陣に辟易します。必死にマイクを向けてくる様子は、生者に群がるゾンビを連想してしまいます。
「私はアルバイトで、今来たばかりなので何も知りません!」
人の波を掻き分け事務所に滑り込みました。玄関前で待機している警備員の方が一緒に入り込もうとするレポーターを押し出す様子は、ラグビーのスクラムを彷彿とさせました。
「嬢ちゃん、災難だなぁ。社員は車で来るから、皆無事なんだ。取材対象が確保出来ないからあいつら必死でなぁ・・・」
警備員さんに心の底から同情されてしまいました。マスコミを阻止する警備員さんこそ大変なので、礼を言った後怪我に気をつけて下さいと答えて受付を通過しました。
非常勤スタッフとして登録していたので、スムーズに通過出来ます。その際に受付嬢さんから温かい目で見守られたような気がしたのは、入る際のやり取りを見られていたからでしょうか。
自らの利益のために熱愛報道なんて下らないガセネタを捏造したマスコミに対する怒りが収まりません。マスコミ相手に商売する声優ですが、マスコミを心底嫌いになりそうです。




