第百五十三話 あの娘とスキャンダル
「遊は着替えるのよね、私は下で待ってるわ」
「ちょっと待って!」
鞄を抱いて部屋から出ようとする友子を、襟首を掴んで引き留めます。
「写真、撮ってないわよね?」
「え、デジカメなんか持ってきて無いわよ。勿論携帯でも写してないわ」
友子は私の目を真っ正面から見て話します。心音や呼吸の乱れもなく、表情に変化もありません。精神状態は通常のようで、嘘をついているとは思えませんでした。
「嘘はついてないわね」
「当然よ、それじゃリビングで待つわね」
解放されて歩きだす友子。しかし、私は素早く手を伸ばしその懐からあるものをひったくりました。
「確かにデジカメや携帯では撮ってないわね。でも、これは?」
「あっ!それは・・・」
私の手にあるのは、昔懐かしいフィルム式の一眼レフカメラでした。普通のカメラで写真を撮っていないとは言っていなかったので、嘘はついていませんでした。
「フィルム、抜いて良いわね?」
「・・・・・・はい」
フィルムを抜き出し本体を返却しました。うなだれながら退出する友子。抜け目がないというか、油断できないというか。気が抜けません。盛大にため息をついたところで車が止まる音がしました。
どうやら桶川さんか到着してようです。急いで着替えて身なりを整えます。kuki対策を早急に話し合わなくてはなりません。
リビングに全員が集まりました。両親に由紀、私と友子。桶川さんの六人です。
「遊、このkukiという子とは何でもないんだな?」
「局で会ったら挨拶するくらいで、親しくもないわよ」
私の答えに、お父さんはほっと胸を撫で下ろします。もしかして、本当だと疑っていたのでしょうか。
「向こうは前から遊のファンだってブログで言ってたわ」
「友子お姉ちゃんの言う通り、かなりのファンみたいよ」
私のファンだっていうのはわかりました。しかし、いきなり熱愛報道などと何故飛び出したのでしょう。
「向こうの事務所に問い合わせをしたのだけど、これが原因みたいよ」
桶川さんが今日発売の写真週刊誌を差し出します。その表紙の見出しにも「人気声優ユウリ、熱愛発覚か!」の文字が踊っていました。
記事のページを見ると、私とkuki君がツーショットで和んでいるように見えます。
「これは、上手く切ったわね。悪意を感じるわ」
「遊、この写真、覚えがあるの?」
これは脳力試験にゲストで彼が呼ばれた時の、リハーサルの風景です。他にも沢山の人が居た筈なのですか、上手くフレームから外されています。
「こんなの捏造に近いけど、話題になれば勝ちって業界だから。それに乗る輩も多いし、面倒よねぇ」
深いため息を吐く桶川さん。この程度だと、軽い抗議位しか出来ないそうです。マスゴミとはよく言ったものです。
「とりあえず、うちの事務所としては完全に否定、公式HPにもその旨掲載します」
「遊は取材で聞かれたら、お友達ですって答える位かしらね」
桶川さんとお母さんの意見は消極的ですが、この程度しかやれる事はありません。下手に反応すると、更に煽られてしまうのです。
「私はあちこちの掲示板にデマだって書き込みしておくわ」
「そうね。私もやるわ、友子お姉ちゃん」
友子と由紀は手分けして掲示板等に書き込みをしてくれる事になりました。最近では、ネットの影響力はバカに出来ません。
「みんな、ありがとう。ゴメンね迷惑かけて」
お母さんも由紀も心配してくれて、対応策を出してくれました。桶川さんと友子は、すぐに駆けつけてくれました。私はみんなに支えられています。それを改めて感じさせてくれたのには感謝したいですね。
桶川さんは対応するために事務所へととんぼ返りし、由紀と友子は由紀の部屋へ上がりました。お母さんも朝食を作るためにキッチンへと入って行きました。
「俺、忘れられてないか?」
発言していなかったお父さんは、リビングの隅で体育座りをしていじけてしまいました。存在をすっかり忘れていた私は、声をかけられずただ見守っていました。
一段落した由紀と友子も降りてきて、お母さんが作った朝食を食べながらテレビを見ます。お父さんはお母さんがなだめ透かしました。
「どの局もやってるわねぇ」
「人気ダントツの新人声優と人気新人アイドルのスキャンダルだもの。扱わない理由がないわ」
友子と由紀は軽く言っていますが、当時者本人には冗談では済む問題ではありません。
「芸能人のスキャンダルなんて聞き流していたけど、厄介なのねぇ」
「有名人の宿命ね。私もお父さんも表にはあまり出ないから大丈夫だけどね」
芸能人と違って、小説家やイラストレーターは名前しか出ないのであまり公にはなりません。たまにサイン会とかもありますが、そんなに注目されることはないのです。
「夕方の入り、レポーターが張ってるわよ」
「ファンも張ってるわね。Kukiのファンも」
私のファンはわかりますが、Kukiのファンが来るという理由はわかりません。
「お姉ちゃん、好きなアイドルがスキャンダルになれば相手に嫉妬や憎悪が向くのは当たり前よ?」
言われてみれぱその通りですが、今回は完全なデマなので勘弁してほしいです。




