第百五十二話 部屋に潜むモノ
痴漢騒動も解決し、珍しく仕事もない休日の事でした。まったりとリビングで数独を解いていると由紀が乱入して来ました。
「ちょっとお姉ちゃん、お姉ちゃん!これって本当なの!」
「これって、何の事よ」
由紀が持つ携帯には、ネットニュースが表示されていました。今人気の新人アイドル声優に熱愛発覚というものです。
「熱愛発覚?他人の恋愛問題なんて興味無いわよ」
「ちょっと、ちゃんと読んでよ!」
私は芸能人のスキャンダルに興味はありません。不倫等の倫理的な問題が無ければ、誰が誰と付き合おうとそれは個人の勝手だからです。しかし、その記事は無関心ではいられない理由がありました。
熱愛発覚!新人アイドルkukiさん、ユウリさんにぞっこん!
「お姉ちゃん、kukiと付き合ってるの?いつから?どこまでいったのよ!」
「ちょっと、落ち着きなさい!」
まくしたてる由紀を手で制します。とりあえず速読で記事の内容を軽く把握しました。
「付き合ってるなんて事は無いから!局以外で会ったことも無いわよ」
私も向こうも芸能人なので、テレビ局の廊下とかでは会いますし共演する時もあります。その際に世間話位はしますが、仲が良いという程ではありません。
これは桶川さんに連絡する必要があると携帯を取り出しましたが、先に桶川さんからかかってきました。
「ユウリちゃん、ネットに出てる熱愛って嘘よね!」
出てすぐの大音量に、思わず携帯を遠ざけます。焦るのはわかりますが、私の鼓膜を破壊しかねない音量で怒鳴らないでほしいです。
「もちろんです、仕事の時以外に会ったことなんてありませんよ。事実無根です!」
「わかったわ、今向かってるわ。待っててちょうだい」
電話をきり、ため息をついてテーブルに置きます。横では心配そうに由紀が見ています。
「これから桶川さんが来て対策を練るわ。まったく、迷惑な話よね」
「kukiは何を考えてるんだろ。お姉ちゃんのファン全員を敵に回すなんて」
由紀の辛辣な発言に、何も言えませんでした。当事者である私よりも怒りが激しいようです。
「とりあえず着替えてくるわ」
室内用の部屋着を来ていたので、外出しても問題ない服に着替えようと思います。話の内容によっては外出するかもしれないので、先に着替えておくのです。
「由紀、着替えるから部屋から出てくれないかな?」
「私の事はお気になさらずに。ささ、ご存分にお着替えを!」
部屋の隅に陣取り、いつの間に用意したのか三脚付きのデジタルビデオカメラと携帯で撮影を始める由紀。そんな事をされながら着替えると、本気で思っているのたでしょうか。
「桶川さんが来るまで時間が無いの。遊んでいる暇は無いから、さっさと出てちょうだい!」
強引に押し出し、ドアに鍵を掛けます。ビデオカメラは電源を落とした上で鞄に放り込み厳重に封をした上で布団でぐるぐる巻きにしました。
「姉の着替えなんか撮ってどうするのよ!」
つい愚痴が口から出てしまいました。タンスを開けて服を選びます。
「そう?気持ちはわかるわ」
「異性ならまだしも、同性よ?何が楽しいのよ?」
「ユウリちゃんだしね。それがファンってものよ」
どう動くかわからないので、動きやすい服装にしましょう。裾の長いワンピースを選択しました。
「ファンね。全てそれで片付く免罪符ってところかしら?」
「近いわね。ファンあっての芸能人なんだから、仕方ないわよ」
それを言ったらお仕舞いです。・・・ちょっと待って、由紀は部屋から追い出しました。では、今私と話しているのは誰でしょうか?部屋の中を見渡します。
これから着るワンピースを置いたベッド。教科書と鞄が置いてある机。着替えが入れてあるタンスに特大マトリョーシカ。参考書や台本、ラノベが入っている本棚。
由紀に正体を明かしたので、堂々と台本を置けるようになりました。ラノベは悪なりとオラクルワールドの二種類です。原作を読み込んで役作りをするため常備しています。
改めて見回しましたが、部屋には誰もいません。私は誰と会話していたのでしょう?
「誰が見てもこれが怪しいわよね」
特大マトリョーシカの前に立ち、その上半身を掴みます。マトリョーシカの顔に冷や汗が流れましたが気にしません。人形は冷や汗なんて流しませんから。
力を込めて上半身を引き上げます。取った半身を後ろに放り、中身を見ました。普通なら小さいマトリョーシカが入っているのですが、そこには雛人形のお姫様が顔を出していました。
「なんだ、秀○の雛人形ね。マトリョーシカの中に雛人形とは斬新なアイデアだわ」
放った上半身の方を向くと、秀○の雛人形は安堵したかのように息をつきました。
「・・・なんて思うわけないでしょ!」
素早く振り返り雛人形の頭を引っこ抜きます。すると、そこには良く知った人の頭が見えていました。
「あはは、バレちゃった」
「バレないと思う方が間違ってるわ」
友子が観念して人形から出てきます。悪びれた様子もないこの子を叩きたいと思う私は間違えていない筈です。
「いつから居たのよ?」
「え?最初からよ」
マトリョーシカの本体と上半身を鞄に入れる友子。鞄の大きさよりも遥かに大きい人形がスルスルと入る様子は何度見ても慣れません。
「あれを見て来たのよ。そうしたら、遊が着替えると聞いて忍び込んでおいたの」
何故私の周囲にはまともな人が居ないのでしょう。神様、これってあなたを恨むに充分な案件ですよね?




