第百五十一話 痴漢?冤罪?
「ちょっと遊、なにやってるの?」
学校に向かう電車の中、徐にスマホを取り出した私は車内の風景を撮影し出しました。下手をすれば盗撮だと非難される行為なので、友子が焦るのはわかります。しかし、やらなければならないのです。
「あんな卑劣な行為は見逃せないわ。友子、手伝ってね」
「・・・そういう事ね。キッチリと抹殺してあげましょう」
私がスマホを向けた先を見た友子は、状況を把握して協力を申し出てくれました。
夏風高校の制服に身を包んだ、大人しそうな少女。その顔は苦悩に満ちていて、今にも泣き出してしまいそうです。視線を下ろすと、臀部のスカートには男性の右手が張り付き蠢いています。
そう、今目の前で痴漢という卑劣な犯罪行為が行われているのでした。
「証拠の確保終了。すぐに止めさせるわよ」
「遊、骨の一本や二本は折ってもいいわよね」
ダメと即答するべきなのでしょうけど、私は返事をしませんでした。心情的には私もそうしてやりたいからです。少し離れた位置にいた私達が動こうとして瞬間、事態は動きました。
「痴漢!この人痴漢です!」
「な、何を言っているんだ!」
女子高生に腕を掴まれたサラリーマンに、車内の注目が集まります。当然ながらサラリーマンを非難する声があがり、逃がさないよう乗客により囲まれました。
程なく高校の最寄り駅に到着し、サラリーマンは女子高生に腕を掴まれたまま電車を降ろされました。
「友子、被害者をお願い」
「了解。遊といると、本当に刺激に事欠かないわね」
「私が原因のような言い方止めて頂戴」
女子高生とサラリーマンはホームでやった、やっていないて言い争っていて、騒ぎを聞き付けたのか誰かが呼んで来たのか駅員さんもすぐに駆けつけました。
「このままでは水掛け論だ。誰か目撃した人は居ませんか?」
「私が見た時にはこの子が腕を掴んでいたから・・・」
周りを取り囲んだ乗客は、気付いたのが叫んだ後だったらしく誰も犯行の瞬間は目撃していないようでした。
「彼に右手で臀部を制服の上から触られたのは間違いないと。そして、あなたはそんな事はやっていないと言うのですな」
当然の事ながら食い違う双方の言い分に、駅員さんは深いため息をつきました。友子の準備も良いようなので、名乗り出るとしましょう。
「私、見ていましたよ。その男性はその女性に痴漢なんてやっていません」
「ちょっ、いい加減な事を言わないでよ!あんた、このオッサンとグルなんじゃないの!」
「これで俺の無実は証明されたな。仕事に遅れてしまう、俺はタクシーを使うから解放して貰おうか」
冤罪だったと知り、ばつが悪そうに道を開ける見物人の人達。しかし、そこに私が立ち塞がりそれを許しませんでした。
「残念ながら、そうはいかないわ。貴方は警察に捕まって貰います。痴漢をやった犯人としてね」
それを聞いた見物人や駅員さんは、一斉にざわめきました。私が痴漢をしていないと証言したにもかかわらず、痴漢の犯人だと告発したからです。
「君、それはどういう事だ?痴漢をしていないと言ったのは君ではないか?」
「それは、これを見てもらえばわかります」
詰め寄ってきた駅員さんに、私が撮った動画を見せました。不可解な行動の理由をすぐに理解した駅員さんは、サラリーマンを睨み付けました。
「これは痴漢冤罪を仕掛けた証拠であり、痴漢をやった証拠でもありますね。全く、こんな奴等が居るから!」
痴漢なんて卑劣な人間がいるから電車やバスで通勤通学する女性は苦しみ、それを利用した冤罪を仕掛ける奴等が居るから真面目な男性が苦しめられるのです。
「痴漢した男が、別の女性に痴漢冤罪を仕掛けられるなんて予想もしなかったでしょうね。天罰覿面と言うべきでしょうか」
女子高生は冤罪を仕掛けた加害者で、サラリーマンは別の女性に痴漢した加害者という珍騒動。二人ともが犯罪者という結末に、見物人は皆呆れ顔です。
「警察も到着したようですし、彼は痴漢。彼女は詐欺未遂罪で逮捕ですね。彼等をお願いします。本当の被害者には、私と友人が付き添いますので」
友子には、ホームで座り込んだ被害者の女の子の保護とケアをお願いしていました。事の顛末を離れた場所で見ていた彼女達に合流し、駆け付けた警察官に事情を説明しました。
学校にも電話して事情を話し、私と友子、被害者の子が休む事を了承してもらいました。
後日聞いた話ですが、女子高生は冤罪の常習犯だったらしく少年院に送致されたそうです。当然学校は退学処分となりました。
サラリーマンは被害者の子に賠償金を支払った上で会社を懲戒解雇。執行猶予はついたそうですが、社会的には抹殺されました。
そして、こんな珍事が拡散されない筈もなく、見物人により撮られた動画はSNSで広まり一時は全国ネットのニュース番組でも取り上げられました。
今ではそれも落ち着きましたが、学校ではすっかり注目を集めてしまいました。
「鮮やかに事件を解決したものね。遊、変な組織に変な薬を飲まされないように気を付けてね」
「私は高校生探偵じゃありませんから。あんなの、漫画の世界だけの話よ」
友子が言うと現実になりそうで恐怖感が沸いてきます。漫画やラノベじゃあるまいし、そんな事はない・・・ですよね?
私は片手に鞄を持ち、片手で小説を掲げて読んで冤罪防止に努めてました。




