第百五十話 帰る途中で
「ごめんね、ユウリちゃん。ここまで暑いと思わなかったわ」
「流石、暑さを売りにしている街だけの事はありますねぇ」
夏風高校の文化祭が終わった翌週。熊谷の高校にお邪魔した私と桶川さんは、廃線となった東武線の線路を利用した遊歩道を歩いています。
出演した学校の生徒から話を聞き散歩がてら歩いてみたのですが、九月というのに熊谷はまだまだ猛暑が続いています。
「ユウリちゃんが方向音痴だったら、沖縄にいるんじゃないの?と突っ込み入れる所よ」
「桶川さん、モノローグに突っ込まないで下さい。そして、一部のオタクにしかわからないネタは止めて下さい」
昔のアニメのキャラソンのネタなんて、知らない人の方が多いのです。私は親友様と妹の薫陶により、不本意ながら知る事となりました。
「漸く熊谷の駅が見えてきたわね」
「意地張って上熊谷を使わないから・・・」
帰る途中、秩父鉄道の上熊谷という駅から電車で帰るという選択肢もありました。しかし、距離が短く電車の時間を待つより歩く方が早いと判断し歩いたのです。
「ねえ、ユウリちゃん。たまには他の服も着てみない?これなんて涼しそうでお薦めよ」
「そんな布地の少ない衣装を着る気はありません。公道でそんな服を広げないで下さい」
友子印の鞄から丈の短いフリフリの衣装を取り出した桶川さんを嗜めます。因に、今日の私の衣装は他校のセーラー服です。母校の制服を着るなんて真似は絶対にしません。
「仕事中なら兎も角、行き帰りで派手な衣装を着るつもりはありません。常識というものを考えて下さい」
「アイドル声優だし、それっぽい衣装を普段から着ていても違和感ないわよ」
文句を垂れる桶川さんを無視して歩きます。いくらアイドルといっても、普段から歌う時のような衣装を着ている筈がありません。
お笑いの大御所さんが、変なおじさんの格好でコンビニに行くという動画がありましたが、あれは罰ゲームだからです。本人が言っていましたが、普段は普通の格好です。
「すいません、テレビさきたまですがインタビュー宜しいですか?」
考え事をしながら歩いていたので、マイクを持ったレポーターに気付くのが遅れました。私がユウリだとバレたのでしょうか。
「今、高校生の皆さんに将来就きたい職業を伺っています。あなたはどんな仕事に就きたいですか?」
どうやら、ユウリだと知ってインタビューした訳ではなさそうです。隣の桶川さん、笑うのを隠すのに必死なようで私がどうにかしないといけないようです。
「少し違うような気がしますが、強いて言うならば声優でしょうかね」
将来就きたい訳ではなく、既に現役で仕事をしています。なので厳密に言えば違うのですが、将来他の仕事をしている自分というものが想像出来ません。
「声優ですか。やはり朝霞さんとか蓮田さんに憧れてでしょうか。あっ、同年代のユウリさんかな?」
レポーターさんの最後の一言に堪えきれず、桶川さんから吹き出す声が聞こえました。レポーターさんもそれが聞こえたのか、不機嫌そうな顔となりました。
「隣はお母さんですか?一体何が可笑しいのですか、失礼だと思いませんか?」
「す、すまないわね。私はこの子の母親ではないわ。雇用主よ」
それだけ言った桶川さんは、限界を超えたのか笑い転げています。それを見て益々不機嫌になるレポーターさん。インタビューして私の事など眼中に無さそうです。
「雇用主?バイト先の人か何かですか。こんな人の下で働く人に同情を禁じないわ」
険悪になりつつある雰囲気をどうにかしようとも、桶川さんは笑い転げて使い物にならず。レポーターさんは殺気だち、それを撮影するカメラマンさんはオロオロするばかり。
「仕事を下に押し付けたりサプライズとこ言って仕事の通達をわざと遅らせたりするので、確かに苦労はしています。でも、悪い人ではないですよ」
変装のために纏めていた髪を解し、被っていた深めの帽子を取ります。レポーターさんは桶川さんに気を取られていて気付きませんでしたが、カメラマンさんは気付いて狼狽しています。
「ちょっ、お、大麻生さん・・・」
「何よ、収録中にカメラマンが発言してゃダメでしょう・・・へっ?」
振り向いた大麻生さんの視界には、営業スマイルを浮かべた私が写っている筈です。余程予想外だったのか、完全に固まっています。
「将来も何も、もう声優として仕事しているから他は無いのよ。だから可笑しくて笑ってしまったわ。御免なさいね」
謝罪するふりをして追撃する桶川さん。話が進まないので勘弁してください。
「えっ、ど、どうしよ、色紙持ってないわ。それに、うちみたいな弱小番組じゃユウリさんへの出演料払えないわよ!」
「お落ち着いて下さい。偶然インタビューに出会っただけなので、その心配は要りませんよ。そうですよね、桶川さん」
大麻生さんに落ち着いて貰おうと思ったのですが、それは真逆の効果を生み出してしまいました。
「も、もしかして業界大手の桶川プロの社長様!存じなかったとはいえ非礼の数々。どうか、どうかご容赦を!」
土下座しそうな勢いで謝罪する大麻生さん。地方テレビ局のレポーターさんには、桶川さんが雲の上の人に写るのでしょう。
「何だか、先の中納言様になった気分だわ。家紋入りの印籠でも作ろうかしら」
「笑えない冗談を言っていないで、この状況をどうにかして下さい」
その後、何とか正常に戻した大麻生さんからインタビューを受けて熊谷の地を後にしました。
そんなこんなで小さなトラブルが起きつつも、私は文化祭巡りのお仕事を終えたのです。
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