第十五話 また代役
制服を入れた箱を持ち、私の手を引っ張る桶川さん。そんなに急がせるなら、悠長に話なんてしないでほしいと思うのは贅沢でしょうか?ブレーキかけずにカーブを曲がるなんて、初めて経験しましたよ。
「さあ、行くわよ」
受付を通り、局内へ。桶川さん、名前も告げず顔パスで入って行きます。横に並ぶ私も同様に顔パスです。こういう所を見ると、業界人なんだなぁって実感します。
複雑な作りの通路を歩き、収録するスタジオへ。テレビ局は、テロリストの襲撃に備えてわざと複雑な作りになっています。目的のスタジオに着くまで、結構歩きました。
歩くのは構わないけど、すれ違う人たちが皆振り返るのは何故でしょう?桶川さんはクスクスと笑ってるし。
「桶川さん、なぜ笑ってるのですか?」
「いや、やっぱりなぁって思って」
「何がですか」
「いや、ユウリちゃんの魅力はさすがだなぁって」
私の魅力?魅力なんてあったかしら?確かに、桶川さんのお化粧で綺麗になったとは思います。しかし、美人揃いの芸能界では普通なのでは?
少しして、目的のスタジオに着きました。客席側ではなく、セットの方に出たので私達は注目を浴びてしまいます。
「桶川さん、ユウリちゃん、いらっしゃい!」
満面の笑みで朝霞さんが出迎えてくれました。スタジオの皆さんは、それで朝霞さんの関係者だと思ってくれるでしょう。
「今日は誘って戴いて、ありがとうございます!」
「そんなに畏まらないでよ。ゆっくりと楽しんでいってね」
有名な大先輩なのに、気さくでいい人です。人生の先達として尊敬してしまいます。
「朝霞君、ありがとう。何かあったら言ってね。力になるわ」
朝霞さんは、手を振ってスタッフらしき人達の所に歩いていきました。すぐに男性解答者の皆さんに囲まれてます。同性にも人望があるのですね。
「さて、観客席から見学しましょうか」
桶川さんに促され、観客席に移動しようとした時でした。朝霞さんがいる方から、ざわめきが聞こえてきました。私と桶川さんは、何事かと足を止めます。すると、朝霞さんが慌てた様子でこちらに走ってきました。
「桶川さん、今から都合つくタレント居ませんか?」
どうやら、出演予定の解答者が一人、交通事故に巻き込まれ出られなくなったらしいのです。
「今からって・・・いきなり言われても」
「・・・ですね」
考え込む二人。もうすぐ収録開始となるのに、都合がつくタレントさんなんて早々居ないでしょう。そこに、スタッフらしき人がやってきました。
「朝霞さん、心当たりって、その人?」
「はい。桶川プロの社長さんです。彼女に、都合つくタレントさん居ないか聞いたんですが・・・」
段々と声が小さくなっていきます。いくら芸能事務所の社長でも、こんな無茶ぶりクリアしろという方が無理だと自覚はあったのでしょう。それでも聞かずにはいられないほど余裕がないということですね。
「えっ?そこのカワイコちゃんを当てにしたんじゃないの?」
スタッフさんの質問に、二人が同時に私の顔を見ます。嫌な予感がするので逃げ出したいのですが、逃げられる雰囲気ではありません。
「そうだよ、ユウリちゃんが居るじゃないか」
「それはいいわね。番宣兼ねて出てもらいましょう!」
私が出ること前提で話を進める桶川さんと朝霞さん。私の意思という物は無視されています。無駄だとは思いますが、一応抵抗しておきましょう。
「あの・・・私、見学に来ただけなんですけど」
「大丈夫。クイズだから、特別な事はやらないわよ」
「そうそう。僕もフォローするしね。頼むよ、ロザリンド」
ロザリンド(私)が恋するディルク様(朝霞さん)に頼まれては否やはありません。もう、流れに任せるしかありません。
「解りました。愛しいディルク様の頼みです。きかないわけにはいきませんね」
「それじゃ、行こうか、ロザリンド」
ディルク様用の声を出す朝霞さんに付き合ってロザリンド用の声で返しました。朝霞さん、結構お茶目な一面もあるようです。
話が決まったので、朝霞さんに連れられてスタッフや他の出演者さんに引き合わされました。いつもテレビで見ていた番組の出演者に会えるなんて、思いもよりません。少し緊張してしまいました。
「ユウリちゃんは代役だし、無理しないでね。普通に答えていれば良いから」
「ガチで答えて大丈夫なんですか?」
時々、ネタを入れたりわざと間違えさせるクイズがあると聞きました。なので、一応確認します。
トラブルで入ったとはいえ、朝霞さんの引きで出演するのです。下手な事をしたら朝霞さんに迷惑をかけてしまいます。それだけは避けないといけません。
「うちはヤラセは一切ないから。優勝も純粋に実力で決まってるんだ。だから、気にしないで普通に回答してね」
そう言って司会者席に戻る朝霞さん。それなら頑張って優勝狙ってみますか。




