第百四十九話 効きすぎました
「「「「ようこそ、喫茶猫目石へ!」」」」
教室に入ると、そこにはクラスメートが全員並んでいました。誰もがいつもと違い、キラキラした目で私を見ています。
「お店の開店は三十分後になります。それまでここでお寛ぎ下さい」
窓際の陽当たりの良い席が一セットだけ、高級な椅子とテーブルになっていました。執事の格好をした男子生徒が恭しく椅子を引いて、私を席に誘います。
「あ、ありがとうございます」
戸惑いながらも着席すると、友子がメニューを持ってきてくれました。
「ユウリさん、何になさいますか?」
「ではレモンティーをお願いします」
注文すると同時に二人の女子が厨房スペースに駆け込んでいきました。女子は全員メイド服を着用しています。
「で、私は何をすれば良いのですか?」
クラスに来てほしいとは言われていましたが、そこで何をやるかは聞いていません。
「ユウリさんには、こちらで休憩していただければと思っています」
「当店のコンセプトは、貴族のアフタヌーンティーです。ユウリさんの注文は無料となりますので、遠慮などせずにご注文下さい」
寛いでと言われましたが、クラスメートに注目されてリラックス出来る程私の神経は図太くありません。しかし、ここに居るのが条件で文化祭の義務を免除されたので断る事も出来ません。
「ユウリさん、レモンティーです」
メイド姿の女子がティーカップと砂糖壺をテーブルに置きました。私は諦めてお茶を楽しむ事にしました。
「さあ、そろそろ開店の時間よ!」
紅茶を味わい、追加で出してくれたクッキーを食べていると開店の時間となりました。クラスメート達は慌ただしく動き、廊下からはざわめきが聞こえます。
「お客さん、もう並んでいるのね」
「そりゃそうよ。ユウリさんが来店って看板出したもの」
専属メイドよろしく側に控えている友子が教えてくれました。廊下には「ユウリさん御来店!」と大きく書かれ、下には「時間制限十分です」「撮影禁止」「声かけ・接触禁止」等の注意事項が書かれているそうです。
禁止事項を破ると強制退場となり、出入りを禁止され並び直しての入店も出来なくなります。
「では、開店です!」
走らず焦らず、お客さんは並んだ順番に席に着いていきます。どこでも列を作って待ち、秩序を乱さないのは日本人が誇る美点よね。
「とりあえず、ここに座っていれば何をしていても良いのね?」
「ええ。飲み物や軽食は注文してもらえれば無料で出すわよ」
せめて料金は払うと申し出たのですが、私が飲食すれぱ宣伝となり売上額が増えると固辞されました。
ただお茶をしながら時間が過ぎるのを待つのは辛いので、持参した本を読むことにしました。悪役令嬢になんかなりません。の原作本の三巻です。
少しして顔を上げると、友子がじっとこちらを見ていました。声を出さずに唇が動いています。
読唇術で読み取ると、何故に三巻なの?と聞いています。
以後、読唇術での無言の会話です。
「そろそろアフレコがこの範囲に入るのよ」
「小説家になろうで連載しているのに、小説家になろうで発売告知し忘れた三巻ね」
五月発売予定を四月に繰り上げた為、多忙になった原作者さんかうっかりしたと巷では言われています。
そんな感じで読書をしながら友子と雑談しながら過ごしました。ユウリの格好なので友子と馴れ馴れしく話す訳にはいかないのが面倒です。
「ユウリさん、そろそろ閉店になります。ありがとうございました」
メイド姿の良子が業務の終了を告げに来ました。反射的に壁に掛かった時計を見ましたが、まだ閉店の時間にはなっていません。どうしたのでしょう。
「あら?まだ時間はあるはずでは?」
「売り切れです。用意した飲食物全て売り切りました。昨日の倍を用意したのですが・・・」
まだ時間があろうとも、売り物が無くなったのであれぱ店を閉めざるを得ません。
「それならば、予定より早いですけど失礼します。応接室まで案内をお願い出来ますか?」
友子を道案内に応接室に戻ります。道は知っていますが、まだ夏風高校に来たのが二度目のユウリがスイスイ歩いたら不自然だなので案内を頼みました。
応接室に着き、ドレスから普通の服に着替えます。荷物を纏めて帰り仕度を始めました。
「せっかく早めに終わったのに、文化祭見て回らないの?」
「ユウリで回れないでしょ。遊で回る訳にもいかないし」
見て回りたいのは山々ですが、ユウリでは人集りか出来て見て回れず、遊は桶川プロの手伝いをしている事になっています。
「ホント、有名人って大変よねぇ」
「全くよ。三月までは一般人だったのに」
だからと言って、声優稼業を辞めようとは思いません。幸い遊の姿なら普通に生活出来るのです。
「明日も仕事だから帰るわ。また月曜日にね」
荷物を入れた鞄を手に応接室を出ます。待ち構えていた生徒に遠巻きに包囲されましたが、友子の協力により脱出に成功しました。
その際、習得していた忍術や工作員の基本技術が役に立ちました。今度教えてくれたお母さんの知り合いにお礼の品を贈っておきましょう。




