第百四十八話 はしゃぐ親友
時は流れ文化祭当日。私は髪をほどき眼鏡を外した状態で体育館のステージ裏に立っています。
「うわっ、一杯集まってるわね」
「当たり前でしょう?」
楽屋裏から観客席を見て漏らした一言に、桶川さんが呆れながら返します。チラリと覗いた体育館のステージには、全校生徒かと思う程の人が集まっています。
「今までに収録やイベントで沢山の観客を相手にしてきたじゃない。驚く事はないでしょう?」
「それは見ず知らずの人達ですから。今回は顔見知りが多いので、勝手が違います」
全く知らない人達を相手にするのと、知っている人達を相手にするのでは訳が違います。向こうは私とは知りませんが、私から見れば毎日のように顔を合わせるクラスメートもいるのです。
「これもお仕事よ。覚悟を決めて行ってきなさい!」
「分かってるわよ。今の私は新人声優のユウリですから」
大きく息を吸い、気持ちを切り替えます。ピンマイクを装着しスイッチを入れたら、営業用の笑顔を作り舞台へと歩きます。
「こんにちは!今日は呼んでくれてありがとう!」
観客席からは声援と拍手が来ました。少しのトークの後、持ち歌を披露します。と言っても、私には一曲しかありません。その後更にトークをして、無事に舞台は終了しました。
同じ高校の生徒相手なので少し緊張しましたが、ボロも出さなかったので一安心です。
「お疲れ様。この後は仕事は無いからゆっくりしてね」
控え室として借りた応接室で着替えます。お仕事はこれで終了ですが、今日は今までのように学園祭を見物とはいきません。
「もう少し目立たない衣装が良かったのだけど。他の衣装ではダメなの?」
「先方からのリクエストよ。どうせユウリちゃんが歩いていれば目立つわ。観念しなさい」
本日用意されていたのは、ノースリーブの白いブラウスにジャケットのような紫の上着。胸の部分は開いていて、黄色い紐で繋がれています。
空色のロンググローブが上腕部から手首までを覆い、同色のスカートにはジャケットと同じ紫のリボンがあしらわれています。
「髪が薄紫で、縦ロールならば完璧ね」
「一巻の表紙ですか。演じてるキャラだから断れないわねぇ」
この格好は、私が声をあてているアニメ「悪役令嬢になんかなりません」の小説版の一巻で悪役令嬢のロザリアが表紙になっている時の服装です。ただのコスプレではなく、お仕事に関わりのある物なので断ろうにも断れません。
応接室を出ると、二人の女生徒が立っていました。二人とも私を見るなり目を輝かせています。
「ユ、ユウリさん。初めまして。鴻巣里美と言います。クラスまでご案内します」
「ユウリさん、今日はよろしくお願いいたします」
緊張でガチガチに固まっている里美と、笑いを押し殺している友子。この後クラスに行くことになっていますが、ユウリはクラスの場所を知らないという設定です。そのため、案内として二人が派遣されてきました。
「ユウリです。案内よろしくお願いします」
二人に案内され教室へと歩きます。途中出会った生徒や来場者からの視線が集中しました。
「おい、あれ!」
「ユウリちゃんだ!ロザリアバージョンを生で見れるなんて!」
すれ違う生徒が私を見て騒ぎました。中には寄ってくる生徒もいましたが里美と友子によりガードされ、少し離れて着いてきています。
徐々にその長さは増していき、某医療ドラマの院長回診を思い出してしまいました。
「ユウリちゃんを独占出来るこの優越感、堪らないわ!」
「この子、いつもこうなの?」
今日の友子は、いつもの友子と違って見えます。私以外と一緒の時はこうなのでしょうか。疑問に思い里美に聞いてみました。
「いえ、いつもはオタクだけど良い子なんですよ。ユウリさんを招く事が出来て壊れてるのだと思います」
学校ではいつも私は友子としか話しませんし、私を独占してると言っても過言ではありません。なので、今だけ独占による優越感を感じているというのには違和感を感じます。
・・・あれ、もしかして私は友子以外に友達が居ないのではないでしょうか。お仕事の都合上、隠し事をしているのが悪いのです。そうに決まっています。
「あ、ユウリさん。ここが私達の教室です」
教室の入り口には「喫茶猫目石」と書かれた看板が立て掛けてありました。店名は宝石から取ったのでしょうか。
「本業泥棒の美人三姉妹は居ませんけどね。マスターかハゲの大男でもありませんよ」
友子の言から察するに、何かのアニメか漫画のネタのようです。一体何の事やら解らないので、ここはスルーさせてもらいましょう。
「ユウリさん、喫茶猫目石にようこそ。クラスメート一同が歓迎致します」
ネタをスルーされて不機嫌そうな友子を尻目に、里美が開いた扉をくぐって教室に入るのでした。
ハゲのマスターの通り名は海坊主




