第百四十四話 騒動の後
塀を乗り越えた犯人の追跡を断念したところで追いかけてきた桶川さんが合流しました。
「ユウリちゃん、犯人は?」
「すいません、逃げられました」
着ていた上着を脱いで犯人が投げたヘルメットをくるみます。そこに騒ぎに気付いた家人が顔をだし、見知らぬ人間である私達が敷地内に居る事に気付きました。
「ちょっと、どちら様ですか?」
「ああ、すいません。実はひったくり犯を追跡してまして。無断で侵入してしまい、すいませんでした」
私達を警戒するおばさんに軽く説明し、車に戻ります。 現場は数台の車が止まり、騒然としていました。
「人が集まってるわね」
「一方通行逆走した上、バイクはねたんですよ?目立たない訳がないじゃないですか!」
バイクを止める前に走ってきていた車の運転手さんの、驚愕した顔は忘れられそうにありません。一方通行を逆走してきたワゴン車がスクーターをはねたのですから、驚くのが当たり前です。
「まあまあ、それよりユウリちゃん、この場所を警察に知らせてちょうだい」
「・・・あっ、携帯車に放置してました」
通報した後しまう前に犯人が逃走を始めたので、座席に携帯を放り投げて追ったのでした。
車に戻り、携帯を取り出します。桶川さんは集まった人達に事情を説明しています。
「先程ひったくりの通報をした者です。犯人は逃がしましたが、遺留品のバイク等を確保しました。場所は・・・」
初めて来た場所なので、住所なんてわかりません。目印はないかと左右を見ると、すく近くに図書館がありました。
「図書館の脇です。はい、待ってます」
警察官がすぐに来るので、その場に居てほしいとのことでした。言われなくても動くつもりはありません。
車とバイクが止まっている場所の脇がガス店だったので、店主さんに訳を話して駐車場を借りました。その見返りといってはなんですが、サイン色紙を一枚贈呈しました。
そして警察と被害者さんが到着。被害者さんは、私達が追跡していた事を知らなかったようです。警察の人に言われてビックリしたと話していました。
警察の人に犯人が残した遺留品を渡します。ヘルメットは指紋が付かないように自分の服にくるんで持ってた事を言ったら感心されました。
「ヘルメットをくるむから、何かと思ったら・・・」
「指紋を消さないようにというのは、推理ものの基本よ」
などと桶川さんとやり取りしながら警察官さんに状況を話します。
「ご協力ありがとうございます。ついては、署の方にご同行願います。調書の作成と謝礼金の授与がありますので」
警察に協力すると、謝礼金というものがもらえるそうです。前回は貰えませんでしたが、あの時は被害者だったからでしょうか。とりあえず、断る理由も無いので警察署に向かいます。
「今建て替え中で、仮なんですよ」
パトカーの先導で到着した警察署は、プレハブ二階建ての仮設警察署でした。
注目されながらも署内を歩き、会議室のような場所に通されました。出されたお茶をいただきながら状況を再度説明し、その内容が書かれた調書にサインしました。
「協力していただけるのは嬉しいですが、無理はなさらないで下さい」
警察への協力行為という事で一方通行の逆走やバイクを転倒させと事は不問になるそうです。しかし、一歩間違えれば大きな事故になった可能性もあるので、もうやらないようにと釘を刺されてしまいました。
また、犯人が刃物等を所持していた場合追った私も危害を加えられたかもしれないので、そちらも自重するように言われてしまいました。
被害者のお婆さんには何度もお礼を言われ、バイクへの体当たりで傷がついたワゴン車の修理代を払うと申し出られましたがそれは固辞しました。
お婆さんは防災無線等で広報されるひったくりへの警戒は耳にしていたものの、まさか自分が被害者になるとは夢にも思わず聞き流していたそうです。
被害にあった時は呆然として私達の追跡には気付かず、警察から奪われた紙袋を取り返したと聞かされて大層驚いたとか。
因みに紙袋の中身は結婚式の引き出物で、金額は問題ではなく物自体が戻った事が嬉しかったと両手を握られて力説されました。
「ユウリちゃんと居ると、本当に刺激には事欠かないわねぇ」
「桶川さん、裏道を行く選択をしたのは貴女ですよ。何を私のせいに、しようとしているのですか?」
反論はしましたが、桶川さんの判断を責めるつもりはありません。私達があの場に居合わせなかったら、奪われた紙袋は戻らなかった可能性が高かったのですから。
全ての事後処理を終えた私と桶川さんは、予定していた観光を全て止めてホテルへと向かうのでした。




