第百四十話 横暴な刑事
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「おい、何をやっている!」
「あっ、神保原警部。この方は例の件の被害者です。試したい事があるという事なのですが・・・」
見知らぬ刑事さんの言葉を信用するならば、高圧的な態度のオッサンは警部らしいです。
「お前ら、部外者に署の備品を触らせるなど正気か?おい、すぐに止めるんだ」
「悪徳プロデューサーの悪行の証拠を掴めるかもしれません。でも、止めろと言われるのならばここのパソコンからはやりませんよ」
作業の手を止め、警部(仮)さんの方を見て答えます。無礼な相手ですが、一応最低限の礼は尽くします。土呂さんから作業の許可を得ていますが、強行することで彼女の立場を悪くする事は本意ではありません。
「引っ掛かる物言いだな。人のプライバシーを侵害するような行為は見過ごせん。お前、本当に被害者か?詳しく話を聞かせて貰おうか」
「お断りです。被害者として事件の供述をするならば吝かではありませんが、被疑者にされる覚えはありませんから。桶川さん、帰りましょうか」
椅子から立ち上がり、桶川さんを促して帰ろうとすると背後から肩を掴まれました。
「何を勝手に帰ろうとしている?益々怪しいな。おい、こんな小娘信用出来ない。あの件はプロデューサーの供述をそのまま真相として上げておけ」
あまりにも一方的で偏見に満ちた判断に、怒りを通り越して呆れてしまいました。ともあれ、こんな偏見刑事を放置は出来ないので退場してもらいましょう。
「警部さん、あなた柔道や剣道、空手等の武術の心得はありまして?」
「当然だろう。俺は柔道三段の腕前だ。抵抗しても無駄だぞ」
得意気に語る警部(仮)さん。警官は定期的に訓練を受けている筈なので、武道の心得があるであろう事は予測していました。しかし、この場合きちんと確認する事が重要なのです。
「それは重畳。土呂さん、この人を暴行罪で起訴させて貰います。逮捕してもらえませんか?」
「何を訳の分からん事を!もういい、逮捕する!」
肩に置かれた手に力が入った事を感じたので、手首を掴んで力を前に流します。引かれて崩れた上体のスーツの襟を掴んで、背中越しに前へ投げれば綺麗に宙を飛びました。
「くっ、警官にこんな真似をして只で済むと思っているのか!」
「それ以前に、貴方本当に警官ですか?私は警察手帳を提示されていません。それに貴方が警官だと思える要素は皆無で、それを否定する要素は大量にあります」
刑事が警部と呼んでいましたが、詐称するのは簡単です。身分を保証する手帳も提示されていませんし、言動は警官というよりもチンピラのそれに近いと感じました。
「暴行罪は相手に害意を示した段階で成立します。大声で威嚇する、威圧する口調で話す、腕を振り上げる等です。肩を掴むという行為も、それに抵触します。警察署内で犯罪行為を平気で行う人間を警官だと言われても・・・」
そこまで説明して周囲を見ると、刑事さん達が目を剃らしています。まさかそこまで知らなかったのでしょうか?誰も動いてくれなさそうなので、警部(仮)の両腕を押さえて立てないように拘束します。
「不法行為を取り締まる職業の警官が、不法行為の定義を知らないというのはどうなのでしょうね?」
「遊ちゃん、返答に困る質問をしないで頂戴」
「そ、それよりも北本さん、警部に武道の心得を聞いていたのは何故?」
土呂刑事があからさまに話題の転換をしてきましたが、事態が進まないので乗ってあげる事にしましょう。
「武道の有段者は、素手でも凶器持ちと同等と見なされて傷害になるからですよ。過剰防衛で有罪になんてなりたくないですからね」
例えなぐり掛かられて反撃したとしても、された方が武道経験者の場合過剰防衛となります。以前に元レスラーの方がひたすら殴られて反撃しなかったという例もあります。
「えっ、じゃあそんな細い体で何かしらの有段者なの?」
「こうやって、この人を押さえ込んでいるのがその証明だと思いますが?」
警官の誰もこいつを拘束してくれないので、仕方なしに私が拘束しています。民間人の私には逮捕権はありませんが、犯罪の現行犯に対しては例外なのて問題ありません。
いえ、これだけ警官か居るにも関わらず現行犯の犯罪者を拘束しないというのは問題ですね。後でお母さんに報告しておきましょう。
「お前ら、早くこいつを逮捕して俺を助けろ!」
「警察が明らかな犯罪者を身内だからと庇うのであれば、私は社長として社員に警告を発する必要がありますね。あ、私はこういう者です」
名刺入れを取りだし、周囲の警官に名刺を配る桶川さん。それを見た警官の頬がひきつり、実は事態が深刻なのだと気付いた事を告げます。
「桶川プロって、あの大手芸能事務所ですよね?」
「そこの芸能人にこの事を言い触らされたら・・・」
これを知ったテレビ局は、喜んで取材を進め報道してくれるでしょう。そうなれば当事者の将来は閉ざされると誰でも想像出来ます。
「因みに、示談等には一切応じるつもりはありませんので」
ニッコリと笑顔で追撃しておきました。それか効いたのか、警部(仮)は手錠をかけられ別室へと連行されて行きました。
・・・私、プロデューサーの件で来た筈なのに何をやっているのでしょう?




