第十四話 見学のお誘い
眠気と戦った一日が終わり放課後。携帯が鳴り桶川さんに呼び出されました。学校の近くで迎えに来てくれた桶川さんと落ち合います。
「これからテレビ局に行くわよ」
車に乗るなり切り出す桶川さん。いきなりテレビ局ですか。今日は仕事は無かった筈です。と言うよりも、私の声優の仕事は「悪なり」以外に無いのです。
「いきなりですね。どうしたんですか?」
「主役の朝霞さんが、自分が司会する番組を見学しないかって誘ってくれたのよ。見るだけでも勉強になると思うわよ」
昨夜、由紀から聞いたばかりのクイズ番組ですね。タイムリーすぎます。断る理由などなく、二つ返事で見学に連れていって貰う事となりました。
家には帰りが遅くなると電話したので、問題ないでしょう。私は親からの信頼を得ているので、いきなり寄り道して帰ると言っても平気なのです。
「じゃあ、制服じゃまずいですね」
今の私は、中学の制服姿です。流石にこの格好でテレビ局に行くのはまずいでしょう。かと言って、着替えなんか持っていません。
「大丈夫。知り合いのブティックに寄るから」
流石は大手芸能事務所の社長さんです。そんな所まで手配が済んでいるようです。
「先に髪をほぐしますね」
声優のユウリとして朝霞さんに呼ばれたので、一般人の遊の格好では行けません。私は三つ編みを解いてユウリになります。
丁度髪をほぐし櫛を通し終わったタイミングで、車はブティックの駐車場に止まりました。
「ここよ。着いてきて」
桶川さんの後をついて店内に入ります。広い店内には、品の良い服が整然と並べられていました。
「いらっしゃいませ・・・って、京子か」
「私で悪かったわね。この子の服を見立ててくれる?この後番組収録の見学なのよ」
店員さんがじっと私を見ます。とりあえず、自己紹介をしておきましょう。
「初めまして。ユウリといいます。よろ・・・」
「可愛い!」
挨拶が終わらないうちに店員さんに抱きしめられました。立派な胸部装甲をお持ちの店員さんに抱き締められ、顔が柔らかな装甲に埋まる形となりました。
「京子、この子もらっていい?いいわよね!」
すっぽりと柔らかな装甲に埋もれた為、口と鼻が塞がれています。肺活量に自信はありますが、このままでは遠からず酸欠で意識を失うでしょう。
「町子、そろそろ離さないとユウリちゃんが落ちるわよ」
町子と呼ばれた店員さんは、慌てて私を放します。どうやら危機を脱する事が出来たようです。
「ごめんなさいね。ユウリちゃんていうの?私は店長の深谷町子よ、よろしくね」
「ユウリです。よろしくお願いします」
改めて自己紹介します。同じ相手に二度続けて自己紹介するなんて、何だか間が抜けてます。
「で・・・時間が無いんだけど?」
「あっ、ゴメンね」
桶川さんに急かされた深谷さんは、店の奥に引っ込みました。
少しして戻った深谷さんは、服が入っているらしい箱を幾つか抱えています。
「はい、これ。試着室はそこよ」
促されるまま試着室に入り、持ってきてもらった服に着替えます。白の、レースの付いたゴスロリっぽい服。かと言って目立つほどではなく、普通に着て歩いても違和感は無いでしょう。
「体のサイズ、言ってなかったのにピッタリ・・・」
「抱きしめた時に把握したわ」
ただ抱きしめただけじゃ無かったんですね。プロフェッショナルの技というところでしょうか。
「そのために抱きついたんですね!」
「あ、それはユウリちゃんが可愛いから我慢出来なかっただけよ」
「しかし、いつもながら町子の見立ては凄いわ。ユウリちゃんの魅力を完全に引き出してるわね」
まじまじと私を見る桶川さん。感心しながらも手早く化粧を施す辺り、プロなんだなぁと感心してしまいます。
「ユウリちゃんが可愛いから、やりがいがあったわ。今回は時間が無かったから出来合いだけど、ユウリちゃん用の服を作っておくわ」
もうすぐ高校生とはいえ、中学生にオーダーの服なんて贅沢だと思ってしまいました。それを忘れるように視線を壁に向けると、壁の時計が目に入りました。店内に入ってから結構な時間が経っていました。
「桶川さん、時間大丈夫ですか?」
「あっ!ヤバいわ。町子、また来るわ!」
「待ってるわよ!」
制服を入れた箱を持ち、私の手を引っ張る桶川さん。そんなに急がせるなら、悠長に話なんてしないでほしいと思うのは贅沢でしょうか?




