第百三十八話 後処理
鞄を拾い、中からタイラップを取り出します。気絶した男達を起こし、両手を後ろに回して親指を繋ぎ止めました。これだけで身動きがとれなくなるという、お手軽な捕縛術です。
全員を一纏めにしておき、近くの公衆電話を探します。昔はあちこちにあったらしいのですが、今では探すのに一苦労するのが公衆電話です。
何故公衆電話を探すのかというと、携帯からかけたら番号がわかるので、向こうからかかってきてしまいます。この後仕事に行くので、携帯にかけられたら困ってしまいます。
たばこ屋さんの店先で見つけた公衆電話で警察に通報します。店番のお婆さんが信じられないといった感じの驚愕の表情で私を見ていますが、無視させてもらいます。
「数人の男に襲われたので、返り討ちにして転がしました。場所は○○駅のすぐ近くです。」
それだけ言って切りました。早く家に帰って着替えないと、遅刻してしまいそうです。早くに学校を出たから余裕のはずだったのに、とんだ事で時間を取られてしまいました。
「ただいま」
「おかえりなさい」
出迎えてくれたお母さんをリビングに呼びます。仕事のきりが良いのか、お父さんもついてきました。先程の出来事を話すと、お父さんとお母さんは深刻そうな顔で話し合います。
「それは、他にも脅されてる人がいるな」
「許せないわね」
静かに笑うお母さん。黒いオーラが立ち上ってるのが見えるようで、鳥肌が立つのを止められません。
「遊ちゃんはこの後仕事よね。遅れないように行ってらっしゃい」
「この件に関しては、俺とお母さんで手を打っておく。だが、仕事が終わったら警察に顔を出すんだぞ」
両親共に殺る気・・・もとい、やる気十分のようです。ここは任せて仕事に向かうのが最善でしょう。
「わかりました。仕事が終わったら、現場に最寄りの警察に寄ってきます」
そう答えて自室に上がります。ユウリの服に着替えて髪を整える。眼鏡を外し、軽く変装して出来上がり。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
両親に見送られ、仕事に向かいます。歩いていて通りかかったタクシーをつかまえて桶川プロヘ入りました。
桶川さんに事の次第を話しました。私が被害を受けたからか、同業者の所業だからかかなり深刻そうな顔です。
「胡散臭いプロデューサーだと思ってたけど・・・そこまでしていたのね。ユウリちゃん、お願いだから芸能関係者が皆あんな奴だと思わないでね」
「当たり前じゃないですか。あれが異常、そんな事言われなくても分かってますよ」
桶川さんや蓮田さん、悪なりのスタッフさんや脳力試験のスタッフの人達。私が今まで出会った芸能界の人達は、皆良い人達でした。ただ一人、あのプロデューサーを除いて。
「お母さんが対策しますから、膿は除かれると思います。やり過ぎなければ良いですが・・・」
一抹の不安を抱えながら仕事に向かいます。今日の仕事はバラエティーの収録が一件と、雑誌の取材が一件でした。双方順調に終わり、夕方には終了しました。
「今日は警察に寄るので、学校までお願いします」
帰りの車の中、遊に戻りながら桶川さんにお願いします。今日はユウリの服で家を出ましたが、ワゴン車の中にはユウリ用と遊用の服が複数常備してあるのです。
「心配だから私も行くわ、バイト先の雇い主って事で。それに、芸能関係者がいたら力になれるかもしれないし」
確かに、芸能界に詳しい桶川さんがいてくれたら助かるでしょう。芸能界には、外部から窺え知れない部分が確かにあるのです。
「お手数ですがお願いします。桶川さんがついていてくれれば心強いわ」
「いたいけな女子高生を襲うような男には、キチンと罰を喰らってもらわないとね」
それには同感です。私には実害は無いに等しかったですが、普通の女子高生だったらどうなっていたかと思うと怖くなります。警察署に向かう車の中、携帯の着信音が鳴りました。私用の携帯で、番号は由紀からです。
「お姉ちゃん、大丈夫!」
出ると同時に大音量で由紀の声が響きました。桶川さんにまで届いたみたいで、ハンドル操作を誤って車が蛇行しています。
「由紀、落ち着いて。危うく大惨事よ」
幸い事故になりませんでしたが、下手をすると私と桶川さんは三途の川をライン下りしていたかもしれません。
「お母さんから、お姉ちゃんが襲われたって聞いて。それで落ち着けるわけないじゃない!」
「ありがとね。でも、相手は返り討ちにしたし私はかすり傷すら負ってないわ」
電話の向こうから、安堵のため息が聞こえました。ともあれ、ここまで心配してくれる家族がいるというのは嬉しいものです。
「お母さんもそう言ってたけど、声を聞くまで不安だったの。お母さんの様子がおかしいし」
「え?お母さんが?」
「うん。『遊に手を出すなんて許せない許せない』とか、『即日死刑って出来ないかしら。総理脅すだけじゃダメかしら?』って呟いたり」
お母様、総理大臣を脅すって貴女は何者ですか。例えか比喩であって、現実には実現しないと信じたい。
「と、とりあえず私は無事だから。これから警察で事情を話してくる」
「うん。気を付けてね」
事件とは別の不安を抱えつつも、車は警察署へと進みます。この事件、ただの誘拐未遂では終わりそうにありません。




