第百三十六話 勝手な人達
帰宅後、夕食時にカラオケの達人のプロデューサーに会った事を話しました。
「お姉ちゃんとユウリさんの対決・・・無理よねぇ」
「いや、遊で歌って、セット裏に駆け込んで早着替えでユウリになれば可能だ」
「そんな事しても意味ないわよ。それにしても、そのプロデューサーには気を付けた方が良いわね」
真剣な顔で私を見るお母さん。私もあれで引き下がるとは思えません。
「人気番組のプロデューサーだから評価は高いのだけど、黒い噂もチラホラあるのよ」
どうやら、一筋縄ではいかない人のようです。間違いなく何らかのアプローチを仕掛けて来るでしょう。
「明日は午後から仕事だから、桶川さんにも相談するわ」
「それが良いわね」
目には目を。歯には歯を。プロデューサーには芸術プロの社長をということで意見が纏まりました。芸能界関連のトラブルは、芸能界の人に対処を頼むのが一番良いと思います。
翌朝。登校していると、チラホラと私達を見る生徒が居ました。こちらを見た後、何やらヒソヒソと話しています。
「ちょっと友子、また何かやったの?」
「ちょっ、私は遊と違ってごく普通の一般人よ?」
「私だってそうよ」
声優のユウリは一般人とは言えませんが、今の私は極普通の女子高生である北本遊です。噂話をされるような事は無い筈なのです。
「ほら、あの子よ!」
「えっ?『カラオケの達人』の出場依頼を断ったっていう?私が代わりに出たいわ!」
「ほんと。歌が上手ければねぇ」
漏れ聞こえる話し声を聞くに、私が原因のようでした。友子が私を責める目付きで睨んでいます。
「昨日の件、広まってるみたいね」
「周りに高校の生徒が居たから。プロデューサー叫んでたし」
あのプロデューサー、余計な事をしてくれました。高校に近付くにつれ、視線とひそひそ話は加速度的に増えていきます。教室に入ると、私と友子はすぐに囲まれてしまいました。
「北本さん、カラオケの達人に出るの?」
「いいなぁ、ユウリさんのサイン貰ってよ!」
「歌を聴かせて!」
完全に囲まれ、席につけません。そろそろ先生が来る時間なのですが、このままでは先生に怒られてまいます。
「テレビ局に未成年だけで行くのは感心しないな。俺が付いていこう!」
ちゃっかりと人垣に先生が混ざっていました。先生ならば先生らしく、この騒動を静めて欲しいものです。
「とりあえず話を聞いて、私はカラオケの達人に出るつもりは無いの!」
遊としても、ユウリとしても出るつもりはありません。あんな自分の都合を押し付けるプロデューサーの番組なんて、幾ら出演料を積まれてもお断りです。
「ええっ、勿体ない!」
「有名人になるチャンスよ?」
「有名人になってどうするの?面倒なだけじゃない。常に一挙手一投足を注視されるの。並の精神じゃ保たないわよ」
そう反論したのですが、皆は不満そうで納得してくれません。
「遊が言うと実感籠ってるわね」
友子が頷きながら同意してくれましたが、先生や他の生徒は不満を露にしています。
「友子、北本さんは有名人じゃないでしょ?」
「なんで実感篭るのよ?」
里見と良子が首を傾げて問いました。それに対して、友子がしたり顔で答えます。
「北本由紀って名前、聞き覚えがない?」
「北本由紀・・・中学テニスの?」
テニス部の女子が答えました。由紀はかなり強いので、関係者や同世代のプレイヤーには名前が知られています。
「そう。それに、北本洋二と北本良子は?」
「大人気小説家と、イラストレーターじゃない。私、大ファンなのよ!」
良子が叫びました。今気がつきましたが、良子はお母さんと同じ名前です。
「三人とも有名人だよな。でも、それがどうしたんだ?」
ここまでヒントを出されても、先生もクラスメートも私との関連に気付く様子がありません。
「あ・・・名字が北本!」
「遊の家族よ。身内が有名人故の苦労をしてるのを彼女は見てるのよ。だから有名人になることに固執しないの」
「なるほどね」
友子の説明に納得の様子の一同。漸く理解して貰えました。そうなると、次に来るのはおねだりです。
「それはそうとして、洋二先生のサイン貰えない?」
「あ、俺は良子先生のサイン欲しい!」
「由紀ちゃんと練習試合出来ないかな?」
皆はワイワイと自分勝手に要望を言い出しました。自分勝手な言いぐさに、私の堪忍袋の緒は切れてしまいました。
強力な肺活量に物を言わせ、大きく息を吸い込みます。声楽や演劇で鍛えた喉を活かし、思い切り叫びました。
「シャラーーーーップ!いい加減にしなさい!」
遊の叫び声
先生はマヒした
生徒Aはマヒした
生徒Bは以下同文
「いい加減にしてもらえません?これだから有名人なんてなるものじゃないって言ったのよ。あなたたち、どれだけ自分勝手な要求してるかって自覚あります?相手の都合も聞かずに一方的にお願いばかり。それで頼みを聞いてもらえるなんて思ってるの?」
怒りを込めて周囲を睨むと、呆気にとられていた生徒たちは怯んで視線を反らしました。全員多少なりとも自覚はあるようです。
「で、でも、大した手間じゃないだろ?サインを貰うくらい」
「そうだよ、ちょこっと書いて貰うだけじゃないか!」
一人の男子が反論すると、周囲がそれに追従しました。もう、手加減無しで完膚なき迄に叩き潰して構わないわよね。




