第百三十五話 人気番組
翌朝。いつもの通り、友子と合流し高校に向かいます。自然と道を歩く生徒の声が耳に入りました。
「新人のこの子、可愛いよね」
「歌もうまいし、今イチオシね!」
近くを歩いている上級生が、アイドル雑誌を読みながら歩いています。道は学生で埋められて車は来そうにありませんが、危ないと思わないのでしょうか。
「歌は遊が最高よ。満点を連発出来るのだから」
「別に100点なんか私じゃなくても出せるわよ」
リズムと音程を間違いなく歌えば、あとは何とかなると思います。要は、基本が大事ということです。
「出せたら苦労しないわよ。これだから天才は・・・」
これみよがしに友子はため息をつきました。あまり触れたくない話題なので、少々強引に変えましょう。
「そんな事より、数学の宿題やった?」
「・・・写させて下さい!」
哀願する友子に、笑顔でNOと答えます。NOと言える日本人を目指さなくてはいけません。
絶望し、足取りの重い友子を引きずって学校へ。教室に入ると、あまり聞きたくない噂話でもちきりでした。
「友子、おはよう。聞いた?ユウリちゃんの曲で100点出した人が居るって!」
友子の友人が走りよってきて話題をふります。今一番されたくない話題を振られるとはついていません。
「おはよう。凄いわねぇ!」
「なんでも、近くの駅前のカラオケ店らしいわよ。この辺の人かしら!」
どうやら、最近のカラオケの機械は高得点を出した機械のある店舗まで分かるようになっているようです。メーカーさん、そんな機能は削って下さい。
「そんな上手い人の歌、一度聴いてみたいわよねぇ。遊、例の件お願いね?」
例の件とは、数学の宿題でしょう。ここで100点を出したのが私だなんて暴露されても困るので、ここは応じておきましょう。
「はいはい、急いでね。」
ノートを渡すと、友子はダッシュで席につき写し始めました。数学は一時間目なので、あまり時間的余裕がありません。
無事に数学の授業も終わり、他の授業もつつがなく終了しました。今日は仕事も無いので、友子とのんびり帰ります。
「遊、KUKIって新人のアイドルが『ユウリさんの大ファンです』なんてブログに書いてるらしいけど、アタックされた?」
「局の廊下で挨拶されるくらいよ。他には無いわね」
以前局の廊下で挨拶されてから、何度かすれ違ったり同じ番組に出たりしました。しかし、定型的な挨拶をかわす以外に接触はありません。
「すいません、ちょっと良いですか?」
紺のスーツにサングラスのオジサンが私達の進路を塞ぎます。それを無視して、友子は左、私は右からすり抜けました。
「ちょっ、何無視してんですか!」
振り向き様私の肩をつかむオジサン。それを避けて足を止めました。このまま無視して帰りたかったのですが、それは叶わないようです。
「見も知らぬ人に付き合う義理も義務もありませんから」
知らない人について行っちゃいけませんって、幼稚園から教育されましたから。桶川さんの時?あれはついて行ったのではなくて、強制的に拉致されたのです。
「話だけでも聞いてくださいよ。いい話なんですから!」
普通、勧誘にしても何にしても「悪い話です」なんて言いません。そんな事も気づかないのでしょうか。
「お断りします」
「私はこういう者で・・・」
断ったにも関わらず、空いた方の手で名刺を出すオジサン。私が受け取らないので、差し出された名刺を持つ手が行き場を失いました。
「フグテレビのプロデューサーさん?」
名刺を横から見た友子が、すっとんきょうな声をあげました。ユウリならわかりますが、何の変鉄もない女子高生の遊に何の用があるというのでしょう。
「あなた、カラオケで100点取った人ですよね。テレビに出ませんか?」
「「え・・・ええ~っ!」」
友子とハモってしまいました。まさかもう満点を誰が出したかを特定されるとは思ってもみませんでした。
「テレビなんか興味ないので、お断りします」
私は一応芸能人な訳で、所属事務所にお伺いをたてずにOKなんて出せませんし、出るつもりもありません。私は友子の背を押して歩き出しました。
「あの人気番組、『カラオケの達人』に出られるんだよ?人気声優のユウリちゃんと勝負したくない?」
背を向けた私達に叫ぶプロデューサー。その勝負、絶対に実現しないと断言出来ます。
「興味ないですから」
カラオケの達人は、歌の上手い素人と本職の歌手がカラオケの採点で勝負する番組です。基本的に歌ってる本人との勝負になります。
本人だからって高得点が取れるとは限らないので、負けてしまう人もいます。素人に負けるなんて歌手としてマズイと思うのですが、有名所も出演するので中々の人気番組となっています。
「ユウリちゃんと遊が勝負したら、どっちが勝つかしらね」
「引き分けよ。勝負なんかつかないわ」
クスクスと笑いながら問う友子に、素っ気なく答えました。同一人物なのですから、勝負になんてなりません。
「しかし、遊にあんなお誘いが来るなんてねぇ。出れば有名になれるわよ?」
「これ以上有名になりたくないわ。友子が代わりに出たら?」
遊ではありませんが、ユウリとして十分以上に有名になりました。これ以上は必要ありません。
その場ではプロデューサーも引き下がり、事は済みました。しかし、周囲には下校途中の生徒が沢山居てプロデューサーの叫びを聞いていたのでした。




