第十三話 由紀の声優講義
「ただいま」
玄関で靴を脱いでいると、由紀が走ってきました。お帰りの挨拶も無しに私の腕を掴みます。どうしよう、凄く逃げ出したいです。
「お姉ちゃん、新作のアニメ買ったから一緒に見よう!」
「ちょ・・・待ってよ!」
返事をする暇はありませんでした。そのまま腕を引っ張られて、由紀の部屋に連行されました。
丁度良いと言えば丁度良いので、いそいそとアニメのDVDを準備する由紀に雑誌の事を聞いてみましょう。
「ねぇ・・・」
「なに?お姉ちゃん?」
「声優さんてさ、声が売りなんじゃないの?」
由紀はなぜそんな事を聞くの?と言いたげに首をかしげます。本当の理由を話す訳にはいかないので、それらしい理由をでっち上げて納得してもらいましょう。
「帰る途中、本屋で声優さんの雑誌が目についたのよ。で、中を見たら写真が沢山載っていたから」
「目についたにしても、お姉ちゃんが声優雑誌を見るなんて珍しいわね」
準備の手を止めて私を見る由紀。その目が獲物を見つけた猛禽類のように思えるのは、私の気のせいでしょうか。
「確かに声優は声が売りだけど、写真集とかバンバン出してるわよ?テレビに出てる人もいるし。レギュラーでバラエティーの司会してる声優さんもいるわ。今の声優さんは、声だけじゃないわよ」
「へぇ、司会まで・・・」
「それくらい常識よ?」
由紀は呆れたように言うけれど、それはそういうのが好きな人の中での常識ではないかしら。まあ、それを言うと彼女にとっての常識を延々と語られるので言いません。
「興味ないから知らなかったのよ」
「じゃあ、何で興味持ったのかしら?」
やぶ蛇だったかしら?何とか誤魔化して、真相を知られる事だけは防がないといけません。
「前にも言ったけど、知り合った女性がそっち方面に詳しいのよ」
冷や汗をダラダラ流しながら答えます。どうか、これで誤魔化されてくれますように。
「まぁ・・・これからこういう話出来そうだし、いいわ」
先送りできたけど、諦めてはくれないのね。誤魔化せた訳ではないようだけれど、今は追求を免れそうなので良しとしましょう。
準備が終わり、アニメが始まります。今流行りの異世界もので、異世界に現れた主人公が幼くなり、召還された筈の少女を探しに来た獣人の騎士団長になつくというお話でした。
「この朝霞光一さんて人が凄い声優さんで、『千の声帯を持つ声優』と呼ばれているの」
二度目の再生が始まり、由紀の解説も始まりました。仮にも声優デビューした身なので、先輩方の事を教えて貰えるのは有難いです。
「一人何役もこなせてね、『困った時の朝霞頼み』って業界で言われてるわ。声だけ聞いたら、同一人物が演じてると分からないわよ」
そんなに凄い人だったんですね。でも、どこかで聞いたことがあるような声です。気にはなりますが、由紀の相手もしないと不審がられてしまいます。
「よくそんな業界情報仕入れられるわね」
「結構有名な話よ。クイズ番組の司会もやってるし」
私がイメージする声優さんは、アニメや洋画に声をあてる人というものです。テレビのクイズ番組で司会するなんて、声優というよりもタレントの方が近いような気がします。
「何だか、声優と言うよりタレントね」
「最近はタレントやアイドルがアニメに声を宛てたりしてるから、垣根はないかも。アイドル声優って言葉もあるのよ」
桶川さんが言ったアイドルにならないかというのは、由紀の言うアイドル声優の事だったのかもしれません。
「そっか。声優って、マルチタレントなんだ」
「そうよ、他にも朝霞さんは今話題の新アニメにも主役級の役で出るわ。ディルク様っていう格好良い獣人さん役よ。楽しみだわ」
聞いたことがある筈です。私が演じる主役、ロザリンドちゃんが恋する相手なのです。
その後由紀の声優講座は夜を徹して続き、明け方になってようやく解放されました。その為、寝不足で眠い目を無理矢理開いて授業を受ける羽目になりました。
まあ、私は推薦入学が決まっているので極端な話眠っていても問題無いのですけどね。




