第百二十九話 内緒の主人公
「主人公をやってもらうユウリさんには、毎回アフレコに来てもらいます。
しかし、役がないのに来てもらっていては、すぐにユウリさんが主人公をやっているとバレるでしょう。そこで、説明役でナレーションもしてもらうナビィも兼務してもらいます。そうすれば、ユウリさんが毎回来ても不自然じゃありません」
一気に説明した監督さんは、さすがに喉が渇いたのかアイスコーヒーを一気飲みしました。勝手に受ける訳にはいかないので桶川さんをチラリと見ると、目で好きにしなさいと促されました。
「わかりました。この話、お受けします」
「おおっ、やってもらえますか!」
喜色満面で立ち上がり、両手を差し出す監督さん。私も立ち上がり、両手を握ります。こうして私は、声優二作品目で一人二役をやることとなりました。
ちなみにギャラは、二人分とまではいきませんが割り増しで出るそうです。
朝霞さんは「何役やってもギャラは同じ」と言っていましたが、今はそんな事は無いのでしょうか。
その後は、時間が来るまで飲めや歌えやのドンチャン騒ぎで大人2人は絶叫系の歌を歌いまくっていました。余程ストレス溜まっていたのでしょう。私は一曲も歌わずに、ただ二人がストレス発散するのを眺めていました。
「はぁ、気持ちよかったわぁ!」
帰りの車の中で桶川さんが染々と呟きました。普段は好き勝手してるようですが、見えない苦労があるようです。
「新しい役も確定したし、順風満帆ね。握手会も成功間違いなしだわ」
「握手会って、何ですか?」
私の握手会・・・ではないわよね。そんなイベントやるなんて話、一言も聞いておりません。
「CDも出したし、ここいらで握手会でもやろうかって話になったのよ。オラクルワールドの制作発表に合わせて発表する予定で、ファンクラブの会員限定でチケットを発売するの」
桶川さん、またそんな大事な事を黙ってたんですか。と文句を言おうとしたタイミングで理由を話されました。
「今日の会議で決まった事だから、これも誰にも言っちゃダメよ」
「わかりました」
今日決まったばかりなら仕方ありません。トントン拍子で一人二役と握手会が決定し数日たったある日、とあるホテルの広間でオラクルワールドの制作発表をやりました。
監督さんや主だった登場人物の声優さんが出席し、取材陣の質問を受けました。まず聞かれたのが、主役が誰かというものでした。
この時点では、それを知っているのは私と監督さんのみです。監督さんは上手くはぐらかし、他の人は知らないので答えようがありません。私も当然知らないふりをしました。
会場には録音しておいた主役からのコメントが流れましたが、誰も私だと気付きませんでした。これなら暫くは秘密に出来そうです。
制作スタッフの目論見通り、発表以降その話題が世間を賑わしました。そして、内緒にされれば知りたがると言うのが人の性というものです。身近では由紀はいつも主役が誰かを推理し、友子も私と顔を合わせる度に聞いてきます。
「共演者にも発表されてなくて、まだアフレコ始まってないから知らない」と毎回答えています。
ついでながら、握手会の方もかなり話題になっているようです。トークと歌の後握手会になるらしく、参加できるのはファンクラブの会員限定です。申し込みは始まっていますが、抽選と当選発表は一週間後とのことです。
由紀も友子も申し込みしたようです。由紀はともかく、友子は直に会っているので高いお金出してまでって思ったのですが。それを言うと凄い剣幕で詰め寄られました。
「それはそれ、これはこれよ。イベントには欠かさず参加するのがファンってものよ!」
そう言った後延々とユウリについて語る友子に、引いてしまったのは仕方ない事だと思います。
でも、彼女たちには感謝しないといけません。こういうファンの人達が居るからこそ、私や桶川さんの仕事が成り立つ訳ですから。
二人共当選すれば良いなぁと願いつつ日々は過ぎ、いよいよ抽選当日になりました。その日は水曜日だったので悪なりの収録に来ています。
「どうか当たりますように!」
今日の蓮田さんは、いつにも増してソワソワして落ち着きかありません。
「富くじでも買ったんですか?」
「富くじって、江戸時代じゃ無いんだから。握手会に決まってるでしょ!」
今日抽選される握手会・・・まさかとは思いますが、念のため確認をしてみます。
「まさか、私の握手会ですか?」
「もちろん。それ以外になにがあるのよ?」
先輩声優さんが新人声優のファンクラブに入っているなんていう例は、寡聞にして存じません。
「朝霞さん、声優さんが他の声優さんのファンクラブに入るってあるんですか?」
「普通はないんじゃない?でも、蓮田さんの気持ちも分かるけどね」
うんうんと頷くスタッフさんや先輩方。こんな時、私はどんな反応をすれば良いのでしょうか。現役女子高生にして疑似社会人一年目の私にはわかりません。
「あ、もう抽選結果出た頃ね」
携帯を胸の谷間から取りだし操作する蓮田さん。何故にそんな場所に?
「はぁ、落ちてたわ」
深いため息を吐き項垂れる蓮田さん。意気消沈する蓮田さんをどうしようかと思案していると、その隙をついて抱きつかれました。
「ならば今のうちにユウリちゃん成分を補充するわ!」
「蓮田さん、またユウリちゃんに抱きついてるよ」
「羨ましいなぁ」
そこの男性スタッフさん、暢気に見ていないで蓮田さんを止めて下さい。
「羨ましいってどちらにでしょうね、桶川さん」
「両方でしょうね、朝霞さん」
二人とも、冷静に観察していないで助けて下さい。切実にお願いします。




