第百二十八話 制作サイドの思惑
仕事に追われ、夏休みは終了しました。遊ぶことは殆ど出来ませんでしたが、私は概ね満足しています。
新しいアニメのアフレコはまだ始まっていないし、私が主役をやることも発表されていません。主役をやる声優が決まった事はインターネットの掲示板から流れていましたが、誰かまでは流れていないようです。
話題作りのために、誰が主役かを発表していないそうです。誰がやるかは内緒にして話題を長続きさせる目論見です。
由紀がそれを知らないはずもなく、食事の時とか顔を合わせるとその話題になります。誰がやるか、というより、私がやる事を知っている両親共々苦笑いをしてしまいます。
そんな由紀と同類の友子がその話題に触れない訳はありません。いつもの待ち合わせ場所で顔を合わせ、駅に向かう間の話題はそれ一色となりました。
「遊、業界の噂話とか聞こえてくるんでしょ、教えてよ」
「私みたいな新人に、業界でも内緒になってる情報が分かるわけ無いでしょ?交友関係だってまだそんなに無いんだから」
そう言ってはぐらかします。こればかりは親友相手といえども言う事は出来ません。
追及する友子にはぐらかす私。教室に着いても、クラスではその話題でもちきりでした。
始業式は、これと言って何もありませんでした。いつもの通り、校長のスピーチがアニメ談義となりオラクルワールドの主役に関する情報提供を求めていました。
教室に戻り、HRが終わって帰ろうとしたら携帯が鳴りました。今日は仕事が無いはずなのですが、鳴っているのは仕事用の携帯です。
着信表示は桶川さんです。出ない訳にはいかないので、とりあえず出ました。
「本日の営業は終了しました。またのご来店をお待ちしています」
「ボケてないで、事務所に来てちょうだい。例の仕事の件で話があるのよ」
桶川さんがボケに乗ってきません。真面目な話があるようです。
「わかりました。着替えてから行きます」
「校門の前で待ってるわ」
窓の外を見ると、いつものワゴン車が停まっていました。急ぎの仕事でも入ったのでしょうか。
「友子、仕事があるから今日はこれでね。じゃあ、明後日に!」
「え?ちょっと!」
呼び止めようとする友子を無視して走ります。明日は朝から仕事があるので学校には来ません。
「桶川さん、お待たせしました」
ワゴン車に乗り込むと同時に走り出します。車に常備してある服に着替え、髪を解いてユーリになりました。
「オラクルワールドの監督さんが呼んでるのよ」
「配役を伏せる件でですか?」
「そうなんだけど、そうじゃないのよ」
何だか歯に物が挟まったような言い方をしています。当たらずとも遠からずといったところでしょうか。
「主役のキャストを、外部には秘密にしようって話があるの」
「え、今は秘密になってるんじゃないですか」
「違うわよ。可能な限り伏せようという話になったのよ」
つまり、アニメが始まっても誰が主役をやっているかを公表しないという事でしょうか。しかしアフレコに行く以上、共演の声優さんやスタッフさんにはバレてしまいます。
「それで、配役を誤魔化す為に・・・着いたわ。ここよ」
話の途中で目的地に到着したようです。そこは、郊外にあるカラオケボックスでした。何かの本で密談には丁度良いと読んだ気がしますが、本当に密談に使うと思いませんでした。
桶川さんについて店内へ入ります。髪を上着に入れてサングラスをかけ、軽く変装済みです。
「お待たせしました」
「お呼びだてして申し訳ない。さ、お座り下さい」
監督さんと相対するように座ります。桶川さんはすぐに扉に施錠して店員さんが入ってこないようにしました。
「ユウリさん、朝霞さんのように全く違う声を連続して出すことは出来ますか?」
「それは、一人二役をやれと言うことですか?」
「はい。出来れば少年と少女の声で」
出来る事を証明するために、前にお遊びでやった歌を披露することにしました。由紀が聞いていたCDのキャラがやっていた奥義です。カラオケマシンに曲名を入れ、マイクを握りす。
「では挑戦します。『一人デュエット』」
要はデュエット曲を一人で歌うだけです。そのキャラクターは水を被ると女の子になってしまいお湯を被ると男の子に戻るので、女性パートで水を被り、男性パートでお湯を被るという設定で歌っていました。
歌っている間、監督さんと桶川さんは無反応です。上手く声の切り替えが出来ていないのでしょうか。自分ではよくわかりません。
「はっ、予想以上だったのでビックリしたわ」
「目を閉じていたら、ユウリさんだとは分からないですよ!」
歌が終わり、我にかえった2人からは合格と思われる感想をいただきました。
「これなら大丈夫ですね。ユウリさんにはオリジナルキャラの『ナビィ』役もお願いします」
私、二作目にして主役なうえに二役やることになりそうです。幸運・・・なのでしょうか?




