第百二十二話 着替えの服
一夜明けて翌朝。起きて一番に桶川さんにメールを出しました。いきなりの泊まりで着替えがない事、昨日着ていた服では由紀にバレるかもしれないので着替えを部屋に持ってきて欲しいとお願いしたのです。
部屋に来た桶川さんは、着替えの入った鞄を置くと私が昨日着ていた服を別の鞄に詰めて車に置きに行きました。この後車で会場に移動するので、その時に持っていけば二度手間にならないのではと思いつつ鞄を開けます。
中に入っている服を取り出し、桶川さんご態々鞄を持って車に行った理由を理解しました。
鞄に入っていたのは、空色のスカートにノースリーブの白いブラウス。ビスチェのような上着の前面は金色の飾り紐で結ばれ、首には赤い飾りがアクセントを加えています。
更には髪に付けると思われる白い花の飾りと、お腹の白い狼の縫いぐるみが入っています。目を閉じて舌を出している様は「お腹撫でて」と言っているようで、つい撫でてしまいました。
「あら、まだ着ていないの?もう時間がないわよ」
「桶川さん、もう少し大人しい服はありませんか?流石に肩を出す服は・・・」
撮影やイベントで着るならばまだしも、これを普通に着るのは恥ずかしいのです。こんなパーティーでハイソな方が着るような服は、平民の私には抵抗があります。
「その服で公録に出てもらうのよ、諦めなさい」
「これでですか?・・・あっ、2巻の表紙!」
どこかて見覚えがあると記憶を辿れば、原作の書籍版2巻の表紙絵で主人公が着ている服でした。声を担当しているロザリンドちゃんのコスプレという理由がある以上、正当な理由無しに拒否は出来ません。
「・・・わかりました。でも、せめてホテル内だけでも上着か何かを」
「ユウリちゃんがその姿を見せる事が宣伝にもなるのよ。早くしないと遅刻するわよ」
理に叶う反論が出来ない為、それを着てメイクを施しました。狼の縫いぐるみを抱けば準備完了です。
「準備は終わりました。桶川さん、何をやっているのですか?」
「その服を作ってもらう条件が、写メを送る事なのよ。さあ、行きましょう」
どうやらこの服は深谷さんによって作られ、この姿は深谷さんに送られたようです。諦観した私は、鞄を持った桶川さんの後について歩きました。
ホテルの駐車場は地下にあり、そこにエレベーターで直接行けば誰にもこの格好を見られません。幸いエレベーターに乗っている人はおらず、この姿を晒さずに済んだ事に安堵しました。
「あっ、チェックアウトし忘れたわ。ちょっとフロントに寄るわね」
地下ではなく一階で開いた扉をくぐる桶川さん。手を握られた私も続くようにエレベーターを降りました。
「え?ちょっ、待って!」
腕を引かれ、我にかえります。抵抗する間もなく、フロントに引っ張って行かれました。先程の私の声に気付き、こちらを見るフロントの従業員とお客さん。
「チェックアウトしたいんですけど」
「は、はひ!」
こちらを見て固まっていたフロント係りの女性は、返事はしたものの噛んでしまい顔を赤くしています。美人なお姉さんが顔を真っ赤にして、恥ずかしげにチェックアウトの手続きを続けています。
「あれって・・・」
「ユウリちゃんだよな。表紙絵を生で拝めるとは!」
「わが生涯に、一片の悔い無し!」
時がたち、ざわざわとざわめくフロントに居合わせた人達。宣伝効果という点では効果は抜群のようです。
「お、お待たせいたしました。またのご利用をお待ちしています」
手続きを終え、領収書を受け取った桶川さんに引かれエレベーターに乗り込みます。その頃ホテルのフロントでは、居合わせた人達が携帯を打ちまくっていました。
某巨大掲示板 1.41421356チャンネルでは…
『ユウリちゃんの2巻表紙絵姿を見た』
「ホテルのフロントにユウリちゃんがいた。しかもロザリンドちゃんのコスプレで!」
「俺も見た!もう、死んでも悔いはない!」
「なにぃ!俺も見たい!」
「今日、公録あったよな。もしかして、ワンチャンあり?!」
「俺、ちょっとコミケ行ってくる。」
「ハァハァ、ユウリタンの幼女姿・・・」
「おまわりさーん、こいつです!」
といった感じで盛り上がっていたのだが、当の本人には知る由もなかった。
フロントから脱出した私たちは、地下駐車場から車に乗りそのままコミケ会場に直行。何事もなく会場に到着しました。
会場裏にある関係者専用ゲートで関係者のパスを見せて入り、脇にあった駐車場に車を停めます。
「毎年毎年、よく集まるわねぇ」
会場内の人混みを見て、桶川さんが呟きました。それについては同感です。
「その観衆の前でコスプレ姿を披露させようとしてるのは誰かしら?」
「さっ、特設ステージに急ぐわよ!」
あからさまに話を逸らした桶川さんを睨みつつ、ステージ脇に設置されているという楽屋に歩きます。
「ユウリちゃん、今日も可愛いわ!」
「おはようございま・・・むっ、むぐうっ!」
楽屋に入るなり、待ち受けていた蓮田さんに抱きしめられました。
「いいなぁ、代わってほしい」
「蓮田さんと?ユウリちゃんと?」
「「「両方!」」」
・・・スタッフさん、指を咥えて見ていないで、私を助け出して下さい。




