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閑話 イブに来る者 後編

「友子、貴女のお手伝いをしたいのは山々だけど、違法行為に手を貸すつもりはないわ。私に何をさせようと言うの?」


「遊、貴女にやって欲しいのは、孤児院の子供たちにプレゼントを配るという仕事よ」


 真っ直ぐに遊を見据えた友子の回答に、遊は一瞬思考が停止する。航空自衛隊の追跡を振り切り入国した不審なサンタの目的が、孤児にプレゼントを配るなど斜め上の答えにも程がある。


「サンタさん、トンムテランドの御出身で?そのお仕事は外交チャンネルでの了承を受けていたりするのかしら?」


 このサンタがサンタの故郷トンムテランドの者で、飛行機での飛来も政府筋には話が通っていたが自衛隊サイドに通達がされていなかったというのらば話の筋は通る。


「トンムテランドの者ではないが、日本政府には組織を通じて話は通っている。だから違法性はないから安心してほしい」


 安心しろと言われても、サンタの組織の素性もわからず本当に政府に話が通っているのかも確認出来ない現状では安心出来ない。


「サンタ、乗り物は何処に置いたの?変な所に置いてないわよね」


「そんなへまはしないさ。ちゃんとコインパーキングに停めておいたよ」


 外国から飛来出来る航空機を、コインパーキングに停車させて来たと言うサンタ。遊には最初から最後まで冗談だとしか思えなかった。


「件数が多いから、もう支度しないと。サンタ、私の衣装に予備はある?」


「袋に入っている。念のため二着持ってきておいた」


 丸く膨れた白い袋に手を突っ込む友子。手を引き出すと、綺麗に畳まれたサンタの衣装が握られていた。それを脇に奥と、再度手を入れる。引き出した手には、一度目と同様サンタの衣装が握られていた。


「上から着込むタイプで大きめだから、遊にも問題なく着られるわね。私の部屋で着替えましょう」


 二着の衣装を持った友子は、遊の手を引いて自分の部屋へと移動した。協力すると明言していない遊であったが、しない訳にはいかないようである。


 少しして衣装を着こんだ二人は客間に戻った。しかし二人を見たサンタは何も言わず遊を凝視するのであった。


「サンタも・・・と言うより、研究所のほぼ全員ユウリのファンなのよねぇ」


 苦笑いする友子を睨む遊。友子は遊の眼鏡を外し、髪も解かせた上で化粧まて施したのであった。つまり、そこに居たのはサンタのコスプレをした遊ではなくサンタのコスプレをした声優ユウリだったのだ。


「呆けたサンタは無視しましょう。遊、これが今日中に回る孤児院のリストよ。プレゼントはその袋に入っているから、手を入れれば取り出せるわ」


 リストには結構な数の孤児院が並んでいた。それだけの孤児院に配るプレゼントが入っているにしては、袋の大きさは小さすぎた。しかし、友子の鞄の異常さを知っている遊は突っ込まない。


「もう行かないと回りきれないわ。サンタ、終わったら迎えに来るから休んでなさい」


「ちょっ、ユウリさん、握手を、サインをっ!」


 手を伸ばすサンタを無視して、友子は遊の手を掴み部屋を出た。白い袋を持った遊は、先導する友子に従い乗り物があるコインパーキングへと歩く。


「これは、異様な風景ね」


「クリスマスだし、有りと言えば有りじゃない」


 目的地のコインパーキングには、普通車や軽自動車に紛れて異常な乗り物が停められていた。サンタの乗り物のお約束、トナカイに繋がれた橇である。

 自動精算機で橇の番号を精算した友子は、徐に橇の馭者席に腰を下ろす。遊にはその隣に座る以外の選択肢は取れなかった。


「補機、相転移炉の出力上昇。主機への接続問題なし。縮退開始、イナーシャルキャンセラー全開!」


 トナカイの目が一瞬光り、トナカイと橇が僅かに宙へと浮いた。その高さは段々と高くなり建物を見下ろす程にまで上がるがエレベーターに乗った時に感じる浮遊感のようなものは一切感じなかった。


「院長先生、サンタさんもう来るかな?早く会いたい!」


「サンタさんが来るのは、皆が寝た後ですよ」


 年老いた院長先生は、子供たちを宥めながら自分の無力さに嘆いていた。景気が悪化する昨今、政府や自治体からの援助も民間からの支援も小さくなる一方だった。

 そのため倹約せざるを得ず、クリスマスだというのにプレゼントはおろかチキンやケーキを買ってあげる事も出来ないという状況だった。

 ならば安くあげるため手作りでとも思ったが、人手もない孤児院では日常生活の維持が精一杯であり、健気な子供たちが積極的に手伝ってもその余裕は生まれなかった。


「あっ、鈴の音だ。サンタさん、来てくれたのかな」


 どこからか聞こえてきた鈴の音は、孤児院の近くで止まった。数人の子供がささやかなお菓子が並べられた広間から玄関へと走る。

 そして響く、ノッカーを叩く音。来訪者の訪れを示しているが、来客の予定がないので院長は警戒した。ここには財産らしき物など何もないが、子供を連れ去る不届き者が居ないとも限らない。


「うわぁ、サンタさんだ!院長先生、サンタのお姉ちゃんが来てくれたよ!」


 玄関に向かった子供の嬉しそうな叫び声が聞こえる。どうやら女性のようだが、善人だという保証は何処にもない。

 確認のために部屋を出た院長先生は、子供に手を引かれて来たサンタを見て目を丸くした。サンタの衣装を着た女性の顔に見覚えがあったのだ。


「えっ、まさかユウリさん?!何でこんな所に?」


 訪れたサンタの正体は、子供たちと見ているアニメの主役をしている声優であった。悪人ではないという事に安堵した院長先生だったが、人気声優が何故こんな孤児院に来たのかわからず混乱する羽目になった。


「サンタさんに頼まれて、代わりにプレゼントを運んできましたよ」


 演じる役の声で説明し、プレゼントの箱をテーブルの脇に置いていく。この孤児院の分を出し終えると、テーブルの上に二つの箱を置き院長先生の前に立つユウリサンタ。


「テーブルの上の箱は、チキンとケーキです。では、良いクリスマスを」


 子供たちは引き留めようとするが、まだプレゼントを配るからと手を振って離脱するユウリサンタ。

 後を追って玄関から出た子供たちが見たのは、鈴を鳴らしながら宙を走るトナカイと橇であった。


 そしてこういった光景は、南は九州から北は北海道まで日本各地で繰り返された。

 どう考えても不可能な移動時間に、掲示板ではユウリちゃんクローン説やユウリちゃん五つ子説、ユウリちゃん量産型アンドロイド説が真面目に検討されたという。


 後日、マスコミから取材攻勢を受けたユウリ本人は笑顔で全否定し、知らぬ存ぜぬを通したという。


「友子、謎の容量の鞄の出所って・・・」


「遊、世の中には、知らない方が良い事もあるのよ?」


 一般に公開されている最先端技術は、本当の最先端のほんの一角だという。それを信じるか否かはあなた次第。

 



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