第百十八話 仮装騒動
まず目に入ったのは、西洋の鎧に身を包んだ人達でした。恐らくクリスタニア騎士団のコスプレでしょう。ケモミミを付けた人は主人公の想い人、ディルク様ですね。
鹿鳴館から抜け出してきたかのような衣装に身を包んだ男女がいました。女性はピンクのドレスを着た女の子を連れています。
「あれ、バートン夫妻とロザリンドちゃんね」
「ルー君がいないのが悔やまれるわ」
私達の近くにいた女性二人組の会話が聞こえたようで、ドレスの幼女がこちらに向いて手を振りました。笑顔で手を振る幼女に、思わず頬が弛みます。
「お姉ちゃん、コスプレも悪くないでしょう?」
「そうね。あれを見ると・・・」
悪くないかもと続けようとしたその時でした。少し離れた場所から叫び声が聞こえたのです。
「すげえ、あれをここまて再現するか!」
「俺には・・・とても真似できねぇ。勇者だ、勇者がおる!」
騒ぎに連れて視線を向けた私は、即座に後悔しました。そこには主人公が暮らす国の隣国、ウルファネアの国王様のコスプレをしたオジサンが居たのです。
何故その国の国王様のコスプレと断定したのか。何故見たことを後悔したのか。それは物語で国王様が国宝を持ち出した時の格好だったからです。
そう、姿と言動が魔法少女になってしまうというステッキを持った国王様の格好なのです。ぶっちゃけ、魔法少女のコスプレをしたオッサンです。
「・・・お姉ちゃん、本当に、心の底からご免なさい」
「由紀、お姉ちゃん瞬間記憶能力を今ほどいらないと思った事はなかったわ」
汚れた眼を浄化するため、私と由紀はロザリンドのコスプレをした幼女を鑑賞しています。
大分浄化か進んだ頃、またもやざわめきがおきました。しかし、先程の例があるためすぐにそちらを見ようとは思いません。
「あの鎧、まるて本物だぜ!」
「それにあの剣、本当に光が伸びてたよな!」
周囲の声を聞くと、今度はまともなコスプレのようです。なので安心してそちらを見ると、真っ黒な鎧を着こんだコスプレイヤーが居ました。その手には光が棒状に延びた剣が握られています。
「星間戦争の名を借りた親子喧嘩のお父さんね。見事な出来だけど、あの長さの棒は規約違反になるからまずいわね。多分通報されて運営が飛んでくるわ」
由紀によると、コスプレ会場には一定の長さ以上の棒状の物は持ち込めないのだそうです。なので、槍とか剣とかは模造品てあろうとも使えないのだそうです。
なのに、あの人は規約違反となる長さの物を持ち込んでいます。由紀の言った通り、腕章をした人が二人駆けてきました。
「そこの人、その長さの棒は持ち込み禁止だ。没収するので渡しなさい」
「規約に違反なんかしてないわよ。ほら、この長さだもの」
コスプレイヤーは女性のようです。彼女が剣の柄のボタンを押すと、光で出来た剣身の部分が消失し、残ったのは柄だけとなりました。
「確かにあの長さなら違反しないけど、あの声は・・・」
「由紀、世の中には知らない方が幸せな事もあるのよ」
私は知りません。今も運営の人と言い合いをしているコスプレイヤーの声が聞き覚えがありまくる親友の声と同一だなんて気付いていません。
「だから、日本の法律では物理干渉出来る程にアルゴンガスを凝縮した物を刀剣とは認めていないのよ。だから銃刀法にも凶器準備集合罪にも抵触しないの。法にもコミケ規約にも違反してない私を、何の権限で拘束するのよ!」
正真正銘のレーザーブレードを持ち込んだら危ないとか、何処からそんな物を持ってきたのかとか、突っ込みどころが満載ですが突っ込みません。
君子危うきに近寄らずと言います。ここはそっと離脱するのが賢い選択といえるでしょう。
由紀を促し、コスプレ会場から離れて一息つきました。自販機のジュースは売り切れか温いかだったので、由紀かキャンピングカーから冷たい飲料を持ってきてくれました。
羨望の眼差しを受けながらそれを飲んでいると、仕事用の携帯が鳴りました。画面を見ると、桶川さんからです。
「ちょっと御免ね」
少し離れた場所に移動し、携帯に出ます。仕事の話を由紀の近くでする訳にはいきません。
「ユウリちゃん、今何処にいるの?」
「妹に付き合って、コミケの会場にいます」
今日は仕事はないはずです。何故だろうと思いつつも素直に答えました。
「それは丁度良かったわ。明日移動は大変だから、今日は会場近くのホテルに泊まって欲しいのよ。ユウリちゃんの名前で予約してあるから宜しくね。ホテルの名前と場所はメールしたから」
一方的に言うだけ言うと、電話を切られてしまいました。いきなり前泊と言われても、準備も何もしていません。でも、由紀と来ている以上ユウリの服などを持って来れないので同じだったかもしれません。
「明日の仕事の都合で、夜から用事が出来たのよ。一緒に帰れなくなったわ」
「え、じゃあ、もう行っちゃうの?折角お姉ちゃんとコミケに来れたのに・・・」
近くのホテルに泊まるので、由紀と家に帰る事が出来ません。それを告げると、残念そうに抗議されました。
「この近くで人に会うから、夕方までは大丈夫よ」
実際にはホテルに泊まるのですが、そんな事はとても言えません。
「じゃあ、終了まで一緒にいられるわね!」
「ちょ、落ち着いて!」
その後、夕方まで人混みを引っ張り回されて精も根も尽き果てたのでした。




