第百十七話 コミケ見学
表に比べれば格段に狭いゲートでは、腕章を付けた男女が椅子に座っていました。彼等の一人に由紀が何かを見せると、そのまま素通りさせてもらえました。
二人の後ろについて会場内に入ると、目に入るのは競争をする人の列が見えます。
「お姉ちゃん、あれに近付いちゃダメよ」
「頼まれても近付かないわよ」
走ってる男女共に必死な形相で目を血ばらせおり、頼まれても近寄りたくはありません。
「じゃあ、近くから回ろ」
二人に促され、手近な建物に入りました。高校の体育館より遥かに広い建物に、整然と机の列が作られています。その机には色とりどりのイラストが貼られていたり、プラ板を切って作られたバッジが展示されたりしていました。
「適当に見て回るけど、はぐれないでね?」
この広い会場内ではぐれたら、合流出来るかどうかもわかりません。そう思った私は、無言で頷きました。
「新刊出てま~す、ご覧になってくださ~い!」
「こちら、ファンタジーものの創作で~す!」
売り子さんの元気な声を聞きながら、ブースを見て歩きます。完全創作や二次創作。色んな本が所狭しと並んでいました。
一直線に歩き、端まで来たとき。端の一角に人が居ない場所があることに気付きました。
「あそこ、誰も居ないのね」
机には何やら紙が貼ってありましたか、ここからでは何が書いてあるか読むことは出来ません。少し近付くと、張り紙の文字が読めました。
「え?『完売しました』?」
会場が開いてから、まだ一時間も経っていないのです。それだけの時間で売り切れる物なのでしょうか?
「あ~、あそこは大手さんのブースね」
「大手さん?」
由紀の呟きに、反射的に疑問を投げ掛けました。岡山銘菓、大手饅頭と関係があるのでしょうか。
「列の人達が殺気だって走って行ったでしょ?そういう人達が行った先がああいうブースなのよ。すぐに売り切れるからあんなに走っていってたって訳」
売り子の声が響き、熱気が溢れる中にポツンと存在する空虚な空間。私は、その空間から目を離せませんでした。
夢中になれる物に没頭する両親と妹。そんな家族の中、1人やりたい事を見つけられずに醒めていた私。そんな少し前の私と、何もない机が重なったからからかもしれません。
「お姉ちゃん、ボーッとしてないで、次に逝くわよ!」
私の心情など、お構いなしに私の腕を引く由紀。
「ちょ、引っ張らないで!それに、微妙に字が違う!」
そんな抗議は完全に無視をされ、次の建物へと強制連行されるのでした。
そして二時間後。
「もうヤダ、二度と来たくないわ…」
私はベンチに座り、ガックリとうなだれていました。どこの建物内も、人・人・人で埋め尽くされています。某大佐が見たら、間違いなくあの名台詞を言うでしょう。
しまいには、私の同人誌なんて物まで売られていて、由紀が嬉々として売り物を物色するのです。私はどんな反応をするべきかわからず硬直していました。
「お姉ちゃ~ん、これ、良さそうだよ!」
と、買った本を見せてくれたのですか、私と蓮田さんが表紙に書かれた本でした。絵が上手くて、つい中を見てしまったのですが・・・
見なけれぱ良かったと、激しく後悔しました。ちょっと、いえ、かなり危ない本だったのです。
「由紀、こんな本を中学生に売って良いの?」
私はここの常識を知らないので、常連の由紀に聞きます。餅は餅屋というやつです。
「・・・細かい事を気にしちゃダメよ?」
本当はダメなようです。桶川さんに報告して、取り締まってもらおうかしら。
注 遊にはコミケの知識が無いため、運営に知らせるという発想はありません。
「お姉ちゃん、ちょっとキャンピングカーに行ってくる」
そう言い残し、由紀が席を立ちます。由紀達がキャンピングカーなんて代物を近くに持ち込む気持ちも理解出来ました。
見て回った時にトイレの脇を通ったのですが、凄い行列でした。用を足すのに、どれだけ待たされるのやらわかりません。
「お姉ちゃん、お待たせ。次に行こ!」
考えに耽っていると由紀が帰ってきました。テニスで鍛えているだけあって、底無しのスタミナです。
「次は、コスプレ見物よ!」
手を引っ張られ、少し離れた建物へ行きました。中に入ると、奇抜な格好をした人達が沢山いてポーズを決めたりしています。
中には小さい子供を連れたグループもありました。衣装の出来はまちまちで、いかにも手作りみたいな物もあれば市販の服と変わらない出来映えの物もあります。
「いろんな人達がいるけど、私にも分かるのはあの人達位ね」
私が指差した先に居るのは、駅員の制服をきた人達。漫画やアニメの登場人物は分かりませんが、あれなら私にも分かります。
「ああ、鉄の人達ね。私鉄や地下鉄も揃ってるわね」
由紀は鉄道関係にまで手を伸ばしたのでしょうか。私には使った事のある鉄道の制服しかわかりません。
「面子はいつもと変わらなさそう。あ、新しい人が1人いるわ」
・・・皆さん顔見知りのようです。由紀の顔の広さは、どれだけなのでしょう。と呆れていると、由紀に手を引っ張られました。
「あそこに悪なりの一団がいるわ」
由紀が指差した方を見ると、頭にケモミミを乗せた人や鎧を着た人、ドレス姿の人もいました。




