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第百十五話 初体験

 そんな感じで仕事をこなしつつ日々は過ぎていました。そして明日は、由紀とコミカルマーケットを初体験です。

 コミカルマーケット、通称コミケ。日本・・・いえ、世界最大規模の即売会にして、オタク達の祭典です。


 去年までも由紀や友子に誘われていましたが、理由を付けて断ってきました。しかし、今年は参加せざるを得ない理由があります。


 その用事は二日目なので今日行かなくとも良いのですが、雰囲気に慣れた方が良いのと一度だけでも由紀に付き合えば次から断りやすいので行くことにしました。


「お姉ちゃん起きて、準備しないと!」


 心地よい微睡みから強制的に覚醒させられました。目を覚ますと、由紀が私の体を揺り起こしています。


「う・・・今何時よ?」


 窓からカーテン越しに入る日は薄く、夏場で夜明けが早い事を考えるとかなり早い筈です。目覚ましを見ると、短針は四を指していました。


「まだ四時?イベントは十時からでしょ?」


 イベント会場の東京ビッグサイトは、電車を乗り継いで一時間半もあれば到着します。こんなに早く起きる理由がわかりません。


「始発で行くのよ。早く準備して!」


 由紀に促され、準備をします。寝起きで思考がまともに働かず、半ば由紀の言いなり状態です。顔を洗い目が覚めて思考は正常になりましたが、由紀の剣幕に逆らう意思は削がれています。


 お父さんとお母さんはまだ夢の中なので、朝食は途中のコンビニでおにぎりやサンドイッチを買いました。駅に向かって歩いてる途中、由紀の携帯が鳴ります。


「おはよう、今向かってるわ。そちらの準備はオッケー?うん。キャンピングカーも大丈夫ね。それじゃ会場で」


 上機嫌で携帯をきり、ポーチにしまう由紀。友達からでしょうか。


「今の、サークルの人から。準備万端だって連絡だったわ」


「ねえ、何で漫画のイベントにキャンピングカーなの?」


 泊まりがけという訳ではありませんし、そんな物を持ち込む理由が想像できません。


「お姉ちゃんは初参加だからね。一度でも体験すればわかるわ」


 常連の由紀が言うのだから、そうなのでしょう。駅に到着し、入ってきた電車に乗ります。休日の始発なんてガラガラだと思っていましたが、ちらほらと座っている人がいました。


「お姉ちゃん、皆お目当ては同じだよ」


 よく見ると、数人は分厚い本のような物を見ていました。あれには見覚えがあります。由紀も同じ物を持っていて、熱心に見ていた事があったのです。


「あれはイベントのパンフレットよ。参加するサークルの紹介や、配置が載ってるの」


 そう言って同じ物を荷物から取り出しました。結構な数の付箋が挟まっています。それを受け取り、パラパラとめくってみました。


「これ、全部参加する人の紹介なんだ・・・」


 普通の週刊誌サイズの紙面に、切手程の大きさの紹介がビッシリと並んでいます。一体、どれだけの数の団体が参加しているのでしょう。想像もつきません。


「世界で最大って言っても良い祭典だもん。これに出店するの、凄い倍率なのよ!」


 げんなりし、パンフレットを由紀に返します。その情熱を、他に向ければと思うのは私だけでしょうか。


 その後、何度か電車を乗り継ぎました。その度に混雑が酷くなっていきます。そして最寄り駅に到着する頃には、通勤ラッシュを越える程になっていました。


「何よ、これ・・・」


 会場の周囲を埋め尽くす人の列。かなり広い駐車場も人で埋め尽くされていました。


「確か、始発で来たわよね。何でこんなに人が多いの?」


「うちは埼玉だから時間がかかるから。皆東京でホテルに泊まったりして早く来てるのよ」


 澄ました顔で列の最後尾に並ぶ由紀。私もそれに続きます。由紀は辺りを見回し、おもむろに携帯を取りだして誰かにメールしました。


「あ~、やっと来たぁ!」


 由紀と同い年位の女の子が手を振り走ってきました。


「お姉ちゃん、サークル仲間の指扇由佳ちゃん」


「由紀ちゃんのお姉さんですね、同じサークルの指扇です。宜しくお願いします」


「いつも由紀がお世話になっています。由紀の姉の北本遊です」


 初対面の挨拶を済ませ、お互いペコリと頭を下げました。


「キャンピングカーはいつもの場所よ。飲み物も確保済み」


 由佳ちゃんの言葉に親指を立てて答える由紀。これだけの会場なのですから自販機も豊富に置いてあるでしょう。飲み物なんてどうするのでしょう。ここで売っていない物を持ち込んだのでしょうか。


「ねえ、飲み物なんて自販機で買えるんじゃないの?」


 思わず聞いた私に、クスクスと笑う二人。


「お姉ちゃん、これだけ人がいたら物凄い数が売れると思わない?」


「すぐに売れるから、補充されて飲料が冷える前に売れてしまいます。なので生ぬるいのです」


 由紀・由佳コンビが説明してくれました。自販機で買う飲料は、温かいかよく冷えているという先入観がありました。普通、補充する側から売れるなんて事は無いので、不可抗力だと思います。


「確かに、これだけの人が居ればすぐに売り切れるわね」


 周りを見渡せば、どれだけいるのか数える気もおきない程の人の群れがいます。この暑いのに、よく集まるものだと感心させられます。


「でしょ。それと、毎年問題になるのが・・・」


「お手洗いね」


 キャンピングカーなんて物を用意した意味が、やっと理解出来ました。


「仮設トイレも設置してるんですけどね。全然足りないんです。常に長蛇の列なので、早めに行かないと大変な事態に!」


 理由は納得出来ましたが、そのためにいくら掛けているのでしょう。キャンピングカーの購入費と維持費、駐車場を借りる費用もかかります。。


「便利とはいえ、そこまでお金かけるんだ」


「年に二回あるし、サークルの利益で賄える範囲だから大丈夫なのよ。この便利さはお金には代えられないわ」


 それを聞いて、更に呆れてしまいました。キャンピングカーは、飲料水や排泄物の処理に結構な手間とお金がかかる筈なのです。


「まぁ、自分達の稼いだお金をどう使おうと勝手だけどね」


 その後はしばらく雑談に興じました。とはいっても、話していたのは殆ど由紀と由佳ちゃんです。私は口を挟まずに二人の話を聞いていました。

 何故ならば、二人の会話の内容がユウリの話がメインだったからです。

 いたたまれない私は、ひたすら早く会場が開く事を祈っていました。

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