第百九話 変わった喫茶店
背中に哀愁漂わすお父さんはスルーし家を出ました。最寄り駅から電車に乗り、一路東京へと向かいます。
「あ、あの広告欲しい!手に入らないかなぁ」
中吊り広告を指差して呟く由紀。つられて見ると、アニメ雑誌の広告が貼られていました。
私は絶句し、硬直してしまいます。表紙の写真が大きく掲載されていたのですが、それが私だったのです。
「ユウリちゃん、着実に売れてるわね」
「また生で拝見したいわ」
広告を見ながら話す2人。私は硬直が解けても話に加われません。ただひたすら窓の外を見て、目的の駅に早く着かないかと願うばかり。
私にとっては長い時間が過ぎ、新宿駅に到着しました。XYZと書かれた伝言板の脇を抜け、人混みの中を歩いて目的の喫茶店へ向かいます。
お目当てのお店は目抜通りから一本外れた細い道に面してひっそりと看板を出していました。
「いらっしゃいませ、お煙草はお吸いですか?」
「いえ、吸わないです」
ウェイトレスさんに先導され、禁煙席につきます。メニューとお冷やを残してウェイトレスさんは去り、私はメニューを見ました。
「あれ、メニュー見ないの?」
由紀と友子はメニューに手もかけません。来店は始めてだと聞いていたので、メニューの内容までは二人とも知らない筈です。
「遊、私たちの注文は決まってるわよ」
そうでした。二人の注文は例のパフェなのです。決めなければいけないのは私だけでした。
パラパラとメニューを見ます。朝ご飯を食べていなかったのて、軽食を頼む事にしました。
「ミックスサンドとコーヒーにするわ。」
「つまらないわね、これにしたら?」
友子が指差した先に書いてあったのは、少し頼むのに勇気が必要なメニューでした。
「ピザ風お好み焼き味?それはちょっと・・・」
日本食のメニューに海外の料理技法を応用する事があるのは知っています。実際、某有名タコ焼きチェーンはタコ焼きに北京ダックの技法を応用したそうです。
「人生、挑戦を忘れてはいけないわ」
「そうよ、人生に刺激は必要よお姉ちゃん!」
食事に刺激はいらないわよ。無難が一番です。食事だけではなく、私は刺激のない平穏な人生を望んでいるのです。
「ミックスサンドで決定。ウェイトレスさん呼ぶわよ」
テーブルの上の呼び出しボタンを押しました。しかし、呼び出し音が鳴りません。もう一度押そうとすると、スイッチから煙が立ち上がりました。
「うわっ、故障?」
「お姉ちゃん、どれだけ強く押したのよ!」
私は習い事とそれに付随するトレーニングで高めの筋力かあります。しかし、そのコントロールは完全に出来ているのでスイッチを壊すほど力は入れていませんでした。
どうしようかと思っていたら、先程のウェイトレスさんが来てくれました。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
煙を出し続けるスイッチを完全に無視し、平然とオーダーをとるウェイトレスさん。
「それよりもこれ・・・」
「これは呼び出しボタンの『しんげんくん』でございます」
煙を吐くスイッチを指差す由紀。ウェイトレスさんは、煙を吹くボタンの脇にあった小さなボタンを押しました。すると、モクモクと出ていた煙はピタリと止んだのです。
「しんげんくん・・・なるほどね。そういうスイッチなの」
「え?え?」
「お姉ちゃん、一人で納得してないで説明してよ!」
狼狽する友子に、説明を求める由紀。私は考えついた推測を話します。
「これは音じゃなく、煙で呼ぶスイッチなのよ。武田信玄は国境に狼煙台を設置して、異変を素早く知ったって話があるわ。そこから名前もとってるのではないかしら?」
何故そんなスイッチを導入したかは謎ですが。
「お客様の仰る通りです。音で呼ぶスイッチだとびっくりするお客様もいらっしゃるので、音の出ないこのスイッチが採用されました」
「普通、音より煙の方がびっくりすると思うんだけど?」
友子のツッコミには激しく同感です。由紀も何度も首肯して同意しています。
「・・・まぁ、それはそれ、これはこれということで。ご注文はお決まりでしょうか?」
あからさまに話題を反らされました。あれは絶対に「面白そうだから」と採用して、後付けで理由を考えたわね。でも、追及しても意味がありませんし、時間が勿体ないので注文を済ませるとしましょう。
「コーヒーとミックスサンドを」
「私はウルトラ・ダイナミック・グレートパフェ」
「私もウルトラ・ダイナミック・グレートパフェを。確か、三十分で完食したら無料になるのよね?」
友子の確認の言葉にひきつるウェイトレスさん。周囲に座っていたお客さんもざわめきます。
「あ、あれに挑戦するのですか?」
「私も挑戦するっ!」
手を上げながら宣言する由紀。店内は更に騒がしくなりました。ネットでは完食するのも難しいと言われているらしく、それを三十分で行うなど無謀としか言えないからでしょう。
「挑戦者が出たわよ!」
「あのパフェって、一人で完食した奴いないんだろ?」
「勇者だ!勇者がおる!」
ウェイトレスさんはひきつった笑顔で説明を始めました。
「確かに、三十分以内に完食すれば無料となります。しかし、失敗しますと倍の料金になりますが宜しいですか?」
「もちろん!」
「問題ないわ」
間髪入れず、自信たっぷりに了承する二人。それを見たウェイトレスさんは覚悟を決めたようです。
「かしこまりました。オーダーを確認いたします。コーヒーとミックスサンドがおひとつ、ウルトラ・ダイナミック・グレートパフェをチャレンジモードでおふたつで宜しいですね?」
一斉に頷く私達。これで二人が巨大パフェ三十分て完食という超難題に立ち向かう事が確定しました。




