第百六話 試験と新人
翌日登校すると、抱き枕争奪戦は終わっていました。どのような決着となったのかは知りませんが、テスト前のこの時期に授業が潰れなくて安心しました。
仕事の方は、桶川さんが仕事量を減らしてくれました。あと、悪なりや脳力試験の声優さんやスタッフさんが何かと気を使ってくれます。
私的にはいつも通りで良いのですが、応援してくれたり飲み物を差し入れてくれたりしてくれます。
中には分からない所を教えると言ってくれる方も居ましたが殆どの人は教科書を見て後退り、気配を消してフェードアウトしていきました。
うちの学校は、とても信じられませんが進学校なのです。購買で声優グッズを販売し、授業そっちのけでグッズの争奪をしていようと進学校なのです。
そんなこんなで時は過ぎて、とうとう期末試験当日になりました。今日は日本史と地理、国語の三教科が実施されます。
「今回は、何がなんでも補習は避けないと!」
「友子の赤点は無いでしょう」
気合いを入れる友子に突っ込んでおきます。友子もかなり成績は良く、この学校でも上位に入っている筈です。
「だと思うけど一応ね。学年トップの遊は心配ないでしょうけど」
中間試験では学年で一位を取れました。しかし、前回は前回です。油断大敵という言葉もあります。
用紙が配られテストが始まりました。鉛筆の音だけが教室内に響きます。
え?鉛筆?
何で高校生になっても皆鉛筆使っているのでしょう。普通ならばシャープペンを使います。
そう言う私も鉛筆使っていました。不思議不思議。
しょうもない疑問を残しつつ、テスト初日は終了しました。
「はぁ、終わったわ」
死屍累々の生徒達の中、伸びをしながら微笑む友子。テストが全て終わったかのようです。
「友子、まだ初日が終わったばかりよ」
帰る用意をしながらたしなめます。まだ教科は残っているので、ここで気を抜くと痛い目に遭うかもしれません。
「固いこと言わないで、どこかで答え合わせしてから帰るわよ」
いつの間にか帰る準備を終わらせて、私の腕を引く友子。しかし、それに付き合う事は出来ません。
「ちょっ、今日はバイトの日だから!」
今日は脳力試験の収録日なのです。桶川さんが迎えに来てるはずなので、一緒には帰れません。
「それじゃ仕方ないわね。大人しく帰って、録画してある悪なりを見てるわ」
・・・あれだけ赤点を回避したがっていたのに、勉強するという発想は無いのでしょうか。
「勉強はしなくて良いの?」
「試験って、普段の力を出すものよ。付け焼き刃は意味ないわ」
言ってる事は間違えていません。しかし、言い訳に聞こえてしまうのは何故でしょう。
校門で友子と別れ、桶川さんとの待ち合わせ場所へ向かいました。いつものワゴン車に乗り込み、制服から着替えます。髪をほどいてユウリに変身完了。
今日は脳力試験の収録なので、テレビ局へ。受付を顔パスで通過し、いつものスタジオに向かいました。すっかり慣れてしまいましたが、テレビ局に顔パスで入るなんて芸能人みたいです。
あ、声優も一応芸能人になるのでしょうか。
なんて事を考えながら廊下を歩いていると、前から歩いてきた女性が桶川さんに話しかけてきました。
「桶川さん、ご無沙汰しています」
「あら、土呂さん。今日は挨拶周り?」
女性は私と同じくらいの男の人を連れていました。線が細く中性的で、いかにも女性受けしそうな人でした。
「ユウリさん、私は土呂芸能事務所の土呂秀美と申します。こちらはうちの新人のKUKIです」
「土呂芸能事務所からデビューします、KUKIです。宜しくお願いします」
頭を下げるKUKIさんに、私も挨拶を返します。
「新人声優のユウリです。よろしくお願いします」
「桶川さんの所は、相変わらず絶好調ですね。ベテランから超大型新人まで抱えて羨ましいですよ」
「土呂さんも、順調に人を増やしてるじゃないですか。KUKI君、カッコいいし有望株ね!」
女社長の二人は自分達の話に夢中で、私達の事を忘れています。水を差すのは無粋ですが、そろそろスタジオ入りする時間が来てしまいます。
「桶川さん、スタジオに入らないと・・・」
「あ、御免なさいね。それではまた」
土呂さんとKUKIさんと別れ、スタジオに向かって歩きます。
「格好良い人でしたね」
「あら、気になるの?」
冷やかす気満々なのが分かりやすい位に分かる表情で聞いてくる桶川さん。気になると言えば気になるのですが、そのベクトルが桶川さんの言う方向とはまるで違います。
「ん~、何だか違和感が・・・」
言葉では上手く言えないのですが、何だか変な感じを受けました。整った顔立ちで、細い体つき。いわゆる草食系男子という印象でしたが、何か違うのです。
「分からないなら、気にしていても仕方ないわよ。仕事に集中しなさい」
「そうですね。仕事、仕事!」
意識を仕事に切り替えます。それっきり、新人アイドルの事は記憶のタンスの奥の更に奥に仕舞いこまれてしまいました。
収録はいつものように、何事もなく終了。司会にも慣れて、余り気負わずにやれるようになっています。夏休みには特番を撮るらしく、その知らせに新人アイドルの記憶は埋もれてしまいました。




