第百三話 理解不能
お待たせしました。
「ユウリちゃんのオフィシャルグッズ売ってるの、知らなかったの?」
そう言えば、秋葉原の時に作ると桶川さんか言っていました。すっかり忘れていましたが、それを高校の購買で売るとは予想外にも程があります。
「あれ、出来が良いよなぁ」
「ドラゴンのヌイグルミを抱いた奴が可愛いわ」
「いやいや、ドレス姿のポスターが・・・」
周囲のクラスメートが口々にお薦め商品を主張しだしました。種類の多さに驚きを隠せません。桶川さん、何種類作ったのでしょうか。
「授業始めるぞ!席につけ!」
お薦め論争は、先生が来たことで終わりを告げました。話に夢中になっている間に、結構時間が経っていたようです。
「一番はメイド姿の等身大抱き枕に決まってるだろ!解りきった論争なんてするな!」
・・・ちょっと、等身大抱き枕?桶川さんとは念入りに話し合いをする必要があるようです。
「先生、何よそれ!」
「購買で見たこと無いわよ!」
「先生、購買に行くので早退します!」
ざわつく教室。呆気にとられていると、先生は得意気に話し出しました。
「販売初日のみの限定商品だったからな。確保には血の滲む苦労が必要だったよ」
それを聞いて飛び出しかけていた生徒が止まります。もう売っていないと聞かされた生徒達は、先生に羨望・嫉妬・恨みといった負の感情が籠った視線を向けます。
「惜しくもゲット出来なかったのよねぇ」
友子が悔しそうに呟きました。そんな彼女に呆れながらも問います。
「友子・・・あなた買いに行ったの?」
本人と毎日のように会ってるのに、何故抱き枕など欲しがるのでしょう。私には想像も出来ません。
「それはそうよ。ファンとしては当たり前の事だと思うわよ?ほら、ああいう風にね。」
友子が指差す先には、抱き枕を譲って貰おうと先生に詰め寄る生徒と、それを片端から断る先生の攻防が繰り広げられていました。
そんな中、私達以外にもそれに参加しない男子が1人います。見た目オタクの生徒は席に座ったまま、騒動をニヤニヤしながら眺めていました。
「あなたは参加しないの?」
友子が問いかけると、男子は私達の席に来て小声で答えました。
「既に三個入手済みだ。おっと、皆には内緒にしてくれよな」
彼は淡々と答えると、微かに優越感を浮かべた顔で騒動を眺めています。
「彼、何で同じものを三個も買ったのかしら。転売して儲けるのかしらね」
生徒が先生に提示している金額が、既に万を越えています。元値がいくらか知りませんが、オークションにかけたら儲けが出るのは確実でしょう。
「遊、あなたはそんな基本も知らないの?」
可哀想な子を見るような目で私を見る友子。しかし、私はオタクではないのでオタクの常識は知りません。
「あのね、私達は手にいれたお宝を転売なんてしないわよ」
ため息をつきながら説明する友子。そんな常識知らずみたいな扱い方しないで欲しい。
「一個は使うため、一個は保存するために買うの。そして、もう一個は自慢するために買うのよ」
保存用?軍用艦や軍用機みたいに、モスボールにでもしてるのでしょうか。
「友子、私にはあなたたちの世界が理解出来ないわ」
遠い目でどこかを見つめながら呟きました。彼らは、私とは違う価値観と思考により行動しているようです。
「何を言ってるの?その私達を相手にするんでしょ?手取り足取り教えてあげるわよ!」
・・・確かに友子の言う通り、声優はオタクな人達が主なお客様です。それは間違いないのですが世の中には知らない方が幸せな事柄が確実に存在し、これはそれに当てはまる事項だと私の本能が警鐘を鳴らしているのです。
友子のその目付きが、わきわきと動くその指が恐怖を呼び起こします。何とかこの場を乗りきらなければなりめせん。
「・・・時間があるときにね。それはそうと、授業しないのかしら、とっくに始業時間は過ぎているのだけど」
教壇では、いつ終わるとも知れぬ先生と生徒の攻防が繰り広げられています。腕時計を見ると、もうすぐ午前中の授業が終わる時間でした。
「えっ、もうお昼?二時間目と三時間目の先生は?」
一時間目の先生は教壇にいますが、次以降の授業の先生は来なかったのでしょうか。来ていたのであれば、この状況を止めさせようとしていた筈です。
「遊、何を言ってるのよ。ほら、あそこを見て」
友子の指差す先には、生徒に混ざり交渉する二人の教師の姿がありました。
「来て、騒ぎの事情を聞いてすぐに参加したわよ」
ダメだわこの学校、早く何とかしないと。こういう教師がいるからこういう生徒が集まるのか。はたまた、こういう生徒が来るからこういう教師がいるのか。
「私、他の高校を選択すべきだったわ」
こんな、オタクの集団みたいな高校はここだけでしょう。というか、他の高校はまともよね?
「遊がこの学校に来たのは運命よ。ピッタリの環境じゃない」
楽しそうに言う友子。内心を読まれた私は、驚きを表情に出さないように努めます。
「あなた、いつの間に読心術をマスターしたの?」
私は読唇術はマスターしてるけど、読心術は出来ません。友子はどこで習得したのでしょう。
「あら、ユー○ャンの通信講座で習えるわよ?」
「えっ?ユー○ャン、私も使ったけど読心術は知らなかったわ」
私が使っていた時は読心術はありませんでした。後から追加されたのでしょうか。
「なんて嘘で、しっかり口に出てたわよ。読心術なんて出来るはずないでしょ?」
笑いながら種明かしする友子。何もかも投げ出して家に帰りたくなりました。




