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第百一話 芸は身を助ける

 連れて行かれたスタジオは、初めて入るスタジオでした。中に入ると、スタッフさんは揃っているようでした。


「おはようございます、本日お世話になるユウリです。遅れて申し訳ありません」


「約束の時間はまだだから大丈夫だよ。こちらこそよろしくな」


 初めてのスタジオなので、念入りに挨拶をしておきます。一通りの挨拶が終わると、収録に使うブースに案内されました。


「では、試しに通しで歌って貰いましょうか」


 作っていただいた曲が流れ、それに合わせて歌います。歌が進むにつれてスタッフさんの顔色が青くなるのは何故でしょう?


「ユウリちゃん、申し訳ないがもう一度お願いします」


 歌い終わると、リテイクされてしまいました。音程を外した覚えはありませんし、感情も込めて歌った筈なのですが。

 もしかして、歌い方が曲のイメージと合っていなかったのかもしれません。少し歌い方を変えて歌いましょう。


 歌いながらスタッフさんの方を見ると、先程に輪を加えて顔色が青くなっています。とりあえず歌を終わらせてから理由を聞きましょう。


 歌い終わりブースを出ると、スタッフさん達に囲まれました。顔色は悪いのですが、何やら興奮しているようにも見えます。


「ユウリちゃん、声優やる前に歌手を目指してなかった?」


「いえ、そんな事はありませんけど」


 声楽や浪曲、オペラは学びましたが歌手志望だった訳ではありません。何故そんな事を聞いてくるのでしょう?


「二度とも一音たりとも外していなかった。そんな芸当、プロのベテラン歌手だってそうそう出来る事ではない!」


 スタッフさんの叫びを聞いて納得しました。歌手の人は、聞いて心を動かす歌を歌うのが仕事です。機械のように正確に音程を守る歌い方はやりません。方向性が違うのです。


 私の場合、瞬間記憶能力で音程とリズムを覚え、絶対音感で再現も出来るので何度でも外さずに歌えます。感情を込めるのも、演劇の訓練を受けているので表現と共に自信があるのです。


「・・・声優辞めて歌手に転向する気はないか?」


「私の目の前でうちの声優を勧誘しないでもらえます?」


 簡略に事の次第を説明すると、スタッフさんの一人に勧誘されてしまいました。桶川さんが怒るのも無理ありません。


「これだけ歌えて、声優なんて勿体ないだろうがよ!歌手と名乗る癖にまともな音程で歌えない連中に、どれだけ苦労させられてると思ってるんだよ!」


 心の内を叫んだスタッフさんに、周囲のスタッフさん達が頷いて肯定しています。歌手の世界も大変なのですね。


「苦労しているのは分かったけれど、他人が発掘した才能を横取りして良い理由にはならないわ。ユウリちゃんは私が足を棒にして探しだした逸材よ。手放すなんて考えられないわ」


 正論で諭されて項垂れるスタッフさん達。デパートから有無を言わさずに拉致する事を発掘と言うようです。


「とりあえず、収録を終わらせましょう。歌い方、一度目と二度目はどちらが良いでしょう?」


 喧々諤々の論争を経て、一度目の歌い方が良いと結論されたので歌いました。一発でオッケーが出たので、収録のお仕事は終了です。


「ユウリちゃんは声優で、歌手にはしないと言ってるのにしつこいわ!」


 帰り際にも受けた勧誘を振り切って帰る電車の中、桶川さんのぼやきは止まりませんでした。


「そうそう桶川さん、次からは仕事の話はちゃんと知らせて下さいね。それと、他に言い忘れてる事は無いですよね?」


 確認をとっておかないと、他にもありそうです。桶川さんは腕を組み、手帳を取り出してめくっていきます。


「えっと、無いはずよ。悪なりの公録で夏コミに行く事と、そこで曲を披露するのは伝えたはずだし・・・」


 思わず頭を抱えて座り込んでしまいました。桶川さん、それ、本気で言っているのでしょうか。


「桶川さん、曲を出すの聞いたの、昨日ですよね」


「ええ。そうね」


「昨日曲を出すの聞いたばかりで、それの発表を夏コミとやらでやると何時伝えました?」


 桶川さんは暫く考える素振りをした後、ポンと手を打ちのたまいました。


「そう言えばそうね。ユウリちゃん、今伝えたわよ」


「わかりました。夏コミとやらに行けば良いのですね」


 抗議しても無駄そうですし、他の人の目もある電車の車内では大声を出すわけにもいきません。仕事のキャンセルや変更など出来る筈もありませんし、ため息をつきつつ受け入れます。


 この時、私は知らなかったのです。夏コミというイベントの恐ろしさを。

 友子や由紀が行ってるのは知っていましたが、私は行かなかったし興味も無かったのです。


「夏休みには仕事入れまくるわよ!覚悟してね!」


「お手柔らかにお願いします」


 今でさえ、週に二日は完全に。八割の確率で更に一日仕事が入っています。桶川さんには、労働基準法という法律の存在を忘れずにいて欲しいと思います。


「そうはいかないわ。売れる時に売る、それは商売の鉄則よ!」


 高校最初の夏休みは仕事浸けになりそうです。嬉々としている桶川さんと対照的に、私の心は沈んでいきます。

 遊としての私には、夏休みだからと言って特別な用事はありません。でも、ずっと仕事っていうのは勘弁してほしいのです。


 ・・・あっ、夏コミで発表ということは、由紀や友子の前で歌う羽目になるのでしょうか。

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