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第十話 帰宅

「今日はお疲れ様。次は来週の水曜日ね」


「桶川さん、次って何ですか?私、ずっとやるとは一言も言ってませんよ?」


「これって、連続物よ?一話だけやって、二話目から別の人なんて出来ないわよ」


 言われてみればその通りです。私は一度だけと思い込んでいましたが、長編小説をアニメ化したのですから一度だけで済む筈がありません。


「はぁ、分かりました。少なくとも、このアニメはやり遂げます。でも、その後もやるかはわかりませんよ」


 他の人に迷惑かける訳にはいかないので、このアニメはやり通します。だけど、その後続けるかは断言しません。


「じゃあ、これお土産。読んでおいてね」


 大きな紙袋を渡され、中を見ると台本と原作本が入っていました。用意周到です。私がこの役を続けると確信していたのでしょうか。


「初めてのアフレコはどうだった?」


 走り出した車を運転しながら、桶川さんが楽しそうに聞いてきます。質問していながらも、答えは予想ついてますって顔でした。


「面白かった、ですよ」


「それだけ?まぁ、今はそれで良いわ。でもね、これだけは覚えておいて。遊ちゃんには声優の才能があるわ。あなたなら、声優のトップになれる。多くのタレントを見てきた私が保証するわ」


 家に到着し、止まった車の中で私と桶川さんは見つめ合いました。その表情は真剣そのもので、心からそう思っているとわかります。

 けれど、数多の習い事やスポーツで熱中出来なかった私には、声優業に打ち込める自信がありません。


「ありがとうございました。今は家族には内緒にしたいので、よろしくお願いします」


 なので、曖昧な返事を返しました。家族に内緒にするのは必要事項です。両親は兎も角、妹の由紀に知られたら辞めるに辞められません。


「分かったわ。本当はご両親の承諾が必要だけど、後にするわ。

じゃあ、おやすみなさい」


 走り去る車を見送り、渡された紙袋の中身を見て途方に暮れてしまいます。


「はぁ・・・こんなの見付かったら、またアニメ漬けにされるわ。見付からないように隠さないと」


 そう呟いてから、重大な事に気が付きました。桶川さんに髪をとかされた後、戻していなかったのです。急いで三編みを編んで、外していた伊達眼鏡をかけます。

 桶川さんに施された化粧は落とせなかったけれど、落とすには洗面所に行かなければなりません。それくらいなら大丈夫だと自分に言い聞かせて家に入ります。


「ただいま・・・」


「お帰り!遅かったね」


 小さい声で帰宅の挨拶をし、足音を忍ばせて歩きます。返ってきた返事にリビングを覗くと、ソファーに由紀が座っていました。


「ちょっとね」


 それだけ言うと、自分の部屋に逃げ帰ります。手に下げた紙袋の中身を彼女に知られる訳にはいきません。テレビに興味がいっている由紀の意識が私に来ないよう、足早に歩きます。


 由紀は深夜アニメを見るために、いつも夜更かししています。録画してるのに、見ないと気がすまないそうです。それがファンと言うものだと言われましたが、私にはさっぱり理解出来ませんでした。


 部屋に戻った私は、台本の隠し場所を探します。これを由紀の目から守り通さねばなりません。


 本棚の最上段・・・ベタだわ。額縁の裏・・・ヘソクリかっ!

 ベッドの下・・・エロ本かっ!


 ダメだわ。疲れてまともに頭が働きません。緊急避難的措置で通学鞄に台本を押し込んだ私は、着替えを持ってお風呂に向かいました。


 入浴シーンはカットです。男性の皆さん、御愁傷様。

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