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忘却の魔法使い  作者: 祥雲翠
第一部
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3.伊勢崎紘一 ③

 一つ前置きとして語っておくと、伊勢崎と穂高が仲良くなったきっかけは単純だ。


 同じ年で、家が近所だった。

 端的に言えばそれだけだ。いわゆる幼馴染である。

 そして、その関係性もよくあるもので、明るく活発で物怖じしない少年が、大人しくて人見知りの少年の手を引いて連れ回す、というものだった。


 その頃はまだ、伊勢崎を取り巻く状況は今のようなものではなかった。

 人はみんな生まれながらに魔法を使える、とは言っても、実際に“使える”というレベルになるまでには個人差がある。早い者だと赤ん坊の頃から使えるらしいが、そんなのはほんの一握りで、多くは四歳から七歳くらいの間に使えるようになることが多い。しかもその時点でもまだ、早くから使いこなせる者もいれば、取り敢えず使えるだけというレベルの者もいるように習熟度はバラバラだ。なので、就学前の子供たちにとっては、飛び抜けて魔法の才のある者でもいない限りは、体格や腕力や社交性がその関係性を決める要因となるし、優れた魔法の才があっても穂高のように前や上に立つことを苦手とする性格では、ヒエラルキーの下のほうに位置することになる。

 そういう意味では、伊勢崎にとってはその頃が全盛期だったとも言えるかもしれない。前述のような性格だった伊勢崎は穂高以外にも友人は大勢いたし、当時やや暴力的なリーダー格の少年を中心としたグループがいたのだが、そのリーダー格の少年とは考え方の違いからよく(つの)突き合わせていたこともあって、そのグループには入っていない子供たちの代表みたいなところもあったくらいだ。


 それが一気に崩れ去ったのは、小学校に上がったときだった。


 小学校に入って最初の健康診断では、通常の検査に加えて魔法の適性検査が行われる。前述のとおり、大体その頃にはほとんどの子供が魔法を使えるようになっているので、今後の成長方針の目安とするために、どの程度の魔力を持っているのか、どういった系統の魔法が得意なのか、あるいは苦手なのか、などを調べるのである。中にはこの時点でもまだ魔法を使えない子供もいるが、検査によってそういった傾向くらいは判明するので、そういう場合はむしろそれを指針として才能を開花させていくといった形になるわけだ。

 当然まだ魔法を使うことの出来なかった当時の伊勢崎は、自分は後者のルートを辿ることになるのだろうと、その日までは少しの不安を抱きつつもどこか楽観的に考えていた。


 しかし、検査を終えて告げられたのは、一切の魔法を使うことが出来ない、という非情な現実だった。

 そしてその宣告が、伊勢崎の世界を一変させた。


 その日は健康診断だけだったので、全員の検査が終われば下校だった。だから、いつものように友人たちと放課後に遊ぶなり一緒に下校するなりしようとしたのだが、声を掛けた相手には全員何かしらの理由で断られたし、声を掛ける前にそそくさと帰ってしまった相手もいた。

 とはいえ、その時点では言い様のない違和感を覚えはしたものの、そんな日もあるだろうくらいに考えていた。穂高を始めとして、何人か体調不良で自身の検査が終了次第、帰宅していたクラスメイトがいたこともそう考えた一因だろう。幼い頃はまだ魔法を扱うことに慣れずに、使った後に何らかの体調不良を訴える子供がいることも少なくなかった。


 だが、その翌日に登校したとき、違和感は現実となって突きつけられることになった。

 昨日までは確かに友人だったはずの者たちが一様に伊勢崎を避け、距離を取るようになっていたのだ。それどころか、中にははっきりと、自分たちはもう友達でも何でもない、二度と近づくなと直接言ってくる者もいた。そして、対立していたリーダー格の少年は、はっきりと伊勢崎の立場が降格したのを見て取り、積極的に攻撃し始めた。

 態度が変わったのは友人たちだけではなかった。教師の伊勢崎への対応も露骨によそよそしかったり悪かったりするものになり、又、学校の外でも、伊勢崎の事情を知る人間は冷たい態度を取るようになった。――ただ一人、変わらず愛情を注いでくれた母親を除いて。


(あぁ……こんなにも簡単に、世界は変わってしまうんだ…………)


 たった一日。たった一つの事実。

 それで、全てが変わった。

 魔法が使えない、ただそれだけで。

 伊勢崎は世界から弾き出されてしまったのだ。


  ◇


 健康診断の日から数日。

 登校途中で見かけたかつての友人たちに、諦め切れずに思い切って声を掛けて、だけどやっぱり拒絶されて――それを何度か繰り返したときには、もう心が折れかけていた。拒絶されるだけでなく、遠巻きにしてひそひそと話されたり、奇異の目を向けられたりと、かつての友人の中にすらはっきりと敵に回ってしまった者がいたのも、より一層追い打ちを掛けていたかもしれない。

 そうして、学校に近づくたびにどんどんと足が重くなっていって――そんなとき、伊勢崎は前方に見慣れた後ろ姿を見つけた。健康診断当日は早々に下校し、その後数日は病欠していたため、あの日以来唯一顔を合わせていなかった穂高だった。

 いつもだったらこのまま近寄って、気安く肩でも叩きながら声を掛けるところだ。だが、伊勢崎は一瞬足を止めてしまった。躊躇いの理由は明白だ。


(……穂高にまで無視されたら、どうしよう…………)


 友人全てがそっぽを向いた中で、唯一保留となっていたのが穂高だった。逆に言えばそれがあったからこそ、この時点でも辛うじて、完全に心が折れていなかったとも言える。だが、その穂高だって伊勢崎のことは既に聞き及んでいるはずだ。その程度の話があっさり伝わる程度にはこの町は田舎で、そして近所に住んでいるのだから。そうでなくとも、此処までの道のりで、クラスメイトの誰かが話しているのを聞いているかもしれない。

 最後に残された友人、というのもあったが、それより何より、一番初めに出来た友人で、一番仲の良い友人だと思っていたからこそ、何とか無理矢理足を動かして歩みを再開しながらも、すぐには声を掛ける決心が付かなかった。一定の距離を保ったまま、どうしようかと考える。

 穂高は大人しい性格だが、あれで頑固というか、変なところで我が道を行くところがある。だからもしかしたら、穂高なら大丈夫かもしれない。そんな一縷(いちる)の望みを抱く一方で……いや、希望を抱いてしまうからこそ、それが裏切られたときを思うと怖かった。


 だが結局、辿り着く結論は一つしかなかった。

 確かなのは、このまま声を掛けなければ――拒絶されるのが怖くて伊勢崎のほうから距離を取れば、穂高との縁は切れるということだ。

 来る者は(本当に友好的な相手なら)拒まないが去る者はまず追わない。そして、基本的に自分からは積極的に他人と関わらない。

 それがこれまでの付き合いで分かっている、出水穂高という少年なのだから。


「…お、おはよう……っ、穂高」


 だから、伊勢崎は思い切って一歩を踏み出した。歩調を速めて友人の隣に追いついて、いつものように朝の挨拶をした。……さすがに緊張を隠し切れず、少しどもってしまったが。そして、ドキドキしながら友人の反応を窺った。

 そんな伊勢崎に対し、穂高はぼんやりした様子で視線を向けると、


「…あぁ、おはよう、こーちゃん」


 何の気負いも無く、あっさりとそう応えた。


「…………っ」


 それは、あまりにもこれまでどおりの反応で、伊勢崎は言葉を詰まらせると涙ぐみそうになってしまった。


「……? どうかしたの、こーちゃん?」


 そんな伊勢崎の反応に、当たり前のようにあだ名を呼びながら、小首を傾げて問いかけてくる。そんなちょっとしたことすら、今の伊勢崎にとってはたまらなく嬉しかった。


「……いや、何でもないよ」

「ふーん? なら、いいけど」


 涙を隠して笑顔を見せた伊勢崎に訝しげな様子を見せたもののすぐにそんなふうに流して、そしてそのまま、二人はこれまでどおり、適当に雑談をしながら登校した。


 そして、そんな穂高の反応は、教室に入って、あからさまに余所余所(よそよそ)しいクラスメイトを見ても何も変わらなかった。中にはそんな穂高を見て、いかにも親切心といった様子で声を掛け、「もしも知らないなら」と伊勢崎が魔法を使えないことを教え、関わらないほうがいいよと注意するクラスメイトもいたのだが、真顔で「何で?」と聞き返すのを目撃したくらいだった。

 ……というか、魔法を使えない人間と関わることのデメリットを力説するそのクラスメイトに対して、その一つ一つを心底不思議そうに論破し、おそらく受け売りで鵜呑みにしていただけだろうそいつが最終的に言葉を失くし、すごすごと引き下がった姿を見て、穂高が友人のままでいてくれたことを心強く思うと同時に、生半(なまなか)なことでは穂高と言い争うことはやめようと肝に銘じたものだった。……もっとも、だからといってそれが叶うかどうかは別の話だったが。


  ◇


 そんな感じで、以降はそれまで以上に二人で行動することが多くなった。

 それは伊勢崎にとってはとても心強いことだったが、同時に罪悪感を覚えることでもあった。みんなから爪弾きにされている伊勢崎と行動を共にするということは、穂高もまたみんなから孤立してしまうということなのだから。


 そしてその状態を、伊勢崎とは別の意味で()しとしなかった人物がいた。例の対立していたリーダー格の少年である。彼は余程伊勢崎のことが気に喰わないのか、たびたび挑発的な言動を繰り返していたが、あるとき、はっきりと伊勢崎と穂高を引き離しに出たのだ。

 それは、遠足の班決めをしていたときのことだった。


「おい、穂高。ウチの班、あと一人足りないんだ。せっかくだから、おまえを入れてやるよ」


 そんなことを、実に高圧的に言ってきたのである。


「いや、僕はこーちゃんと一緒の班になるって約束しているから」


 そんな言い方で心を動かされるわけもなく、穂高はあっさりと断った。即答だった。

 まさか即行で断られるとは思っていなかったのか、リーダー格の少年は鼻白んだ。しかし、すぐに気を取り直したように哀れむような笑みを浮かべると、


「まあまあ、そう言うなよ。カワイソーな幼なじみを持って、同情する気持ちは分かるけどさぁ。このままだと、おまえまでお先真っ暗だぜ? まあ、うん、あれだ。これまでのオレとおまえは、あんまり仲良くなかったかもしれない。ひょっとしたらおまえのほうからしたら、いじめられていたとか思っているかもしれねぇ。けど、オレにはそんなつもりはないんだ。おまえと仲良くしたいと思っているんだよ。むしろ、おまえをいじめようとするような奴がいたら、これからはオレが守ってやるよ。な、だから、一緒の班になろうぜ?」


 そんなふうに並べ立てた。伊勢崎が彼と対立していたのは、互いの()りが合わなかったのは勿論だが、最初のきっかけはちょっかいを掛けてきた少年から穂高を(かば)ったことだったから、それを意識しての発言でもあったかもしれない。そういう意味では、このまま伊勢崎に付くなら容赦はしないという脅しも裏には含まれていたのだろう。そのときはもう、少年が攻撃の意志を固めたのなら、誰も二人に味方する者はなく、又、腕力勝負だったこれまでとは違い、魔法を使われたら伊勢崎にはどうしようもないのだから。

 それでも、結論を言えば、穂高が首を縦に振ることは最後まで無かったのだが。



 しかし、その一件の後、伊勢崎はさすがに心配になって問いかけた。


「……本当に良かったのか?」

「…………何が?」


 学校からの帰り道。器用にも本を読みながら歩いていた幼馴染は、きょとんとして問い返してきた。若干タイムラグがあったのは、本の世界から戻ってくるのに時間が掛かったのと、何を指しての問いか把握しかねたからだろう。


「その……あいつの誘い、断っちまってさ」

「あー…………え、断らないほうが良かったのか?」


 数秒考えた後、びっくりした様子で更に聞き返された。十年後に比べればまだ表情豊かだった頃とは言っても、基本的には無表情で、感情表現をあまり表に出さない相手である。その様子に、逆に伊勢崎のほうがちょっと驚いた。


「……だって、悪い話じゃないだろう? あいつの班に入れてもらえば、みんなに避けられることも無くなるだろうし、あいつが突っかかってくることもないだろうし」

「えー……」


 おずおずとメリットを挙げてみせる伊勢崎に、穂高はあからさまに不満そうな顔をした。


「ヤだよ。どう考えても、あいつの子分になってパシらされる未来しか浮かばないじゃん」

「う……まあ、それはそうだけど。でも、いじめられるよりマシじゃないか?」

「どっちがマシって話をするなら、嫌いな奴の子分になってへいこらしているより、気心の知れているこーちゃんと一緒にいるほうがいいよ。少なくともこーちゃんは、自分がイライラしているからって僕を殴ったりしないだろう?」

「おまえの中のあいつはどんだけ凶暴なんだよ…………いや、分かるけど……」


 ただでさえ体格も良く腕力も強かったのに、魔法という新たな武器まで得てしまった少年は、その短い気性もあって、追従(ついしょう)していようが距離を取っていようが、どちらにしても同年代の子供たちにとっては逆らい難く恐ろしい存在だろう。


「でもさ……このまま俺と一緒にいたら、おまえまで孤立するっていうか……」


 どうやらリーダー格の少年の下に付く気はカケラも無いらしい。それは分かったので、言葉を探しながら今度は別方向からそう言うと、「何言ってんだ、こいつ?」という顔をされた。


「こーちゃんと友達じゃ無くなったら、どっちにしても僕は孤立するんだけど。こーちゃん以外に友達いないんだから」

「さらっと悲しいこと言うなよ……っ。いや待て。いないこともないだろう? 今はちょっと避けられているけど、少し前まではよく一緒に遊んでいた奴らがいるじゃないか」

「んー……僕にとっては、あいつらはあくまでこーちゃんの友達でしかなかったからなぁ……」

「相変わらず、おまえの人間不信は深刻だな……っ。そう言わずに、まずはあいつらからでも仲良くすればいいじゃないか。そうすれば……」

「え、無理」

「即答!? いやいや、おまえが思うほど、あいつらは怖くも無ければ悪い奴でもないぞ? 最初は難しいかもしれないけど、付き合ってみれば……」

「だってあいつら信用出来ないもん」


 きっぱりとした否定に、伊勢崎は目を瞬かせて穂高を見た。昔から、人見知りの激しい穂高は他人に対する警戒心が強い。だけど、今の言葉はそれだけではないように感じたからだ。


「友達に限らずさぁ、人付き合いって互いに相応の信頼関係が無いと成り立たないと僕は思うんだよ。そこに損得勘定が絡むとしてもね――個人的には全く損得勘定の絡まない関係は無いと思うけど、それはさておき。……まあ、相手を一方的に利用するだけなら最低限の信用でもいいだろうけど、友達ってそうじゃないじゃん? 少なくとも、僕はそういう相手を友達と呼ぶ気はないし、だからこそ、友達になるのならそれなりに信じられる奴じゃないと」

「えー……と、難しくてよく分からないんだけど……」


 何となく言いたいことは分かるような気はするが、昔から本をよく読んでいるせいか、この幼馴染は時に難しい言い回しを使うせいで理解が追いつかないことがある。


「……つまり、そんな無駄なことに僕の人生を一片だって使いたくないってこと」

「分かりやすいけど、ぶっちゃけ過ぎだろ!? というか、友達作るのを無駄とか言うなよ」

「そりゃ、大人になったらそういうのも必要なのかもしれないけどさぁ……何で子供のうちから、信頼出来るほうの友達との縁を切って、全く信用出来ない奴らとつるまないといけないのさ。僕にしてみれば、そっちのほうが意味分かんないよ」

「いや、だからさぁ……俺のことをそういうふうに言ってくれるのは嬉しいけど、最初から他の奴らを信用出来ないって決めつけるのは……」

「信用出来ないよ」


 言葉途中で、ぴしゃりとはね付けるように改めて断言された。そして、盛大にため息を()かれる。


「あのさぁ……ただ“魔法が使えない”ってだけで、それまで仲良くしていた相手をあっさり切り捨てたような奴らを、どうやって信用しろって言うのさ」

「…………っ」


 そうして続けられた言葉に、伊勢崎は息を呑む。


「………………あ、えっと……いや、でも……その、今回の場合は、特別っていうか…………あいつらもさ、魔法のことじゃなかったら、きっと……」

「変わらないよ」


 それでも何とか絞り出すように抗弁を試みる伊勢崎を、穂高はやはりバッサリと切り捨てる。


「この際、きっかけが魔法についてだったことは、大した問題じゃないんだよ。たった一つ毛色の変わった事実が出てきただけで……その程度で友人を見捨てる奴は、遅かれ早かれ他の理由でもあっさり見捨てる。僕は、そんな奴らを信用出来ない。少なくとも、それ以上に信じられる相手がいるのに、そいつらを優先する理由はカケラも無い」

「…………“魔法”は、その程度で片付けられる問題じゃないだろ?」

「才能の有無で語るなら、“その程度”で語れる程度には他の才能と同列だよ。聞くけど、勉強が出来ない奴は駄目なのか? 走るのが遅い奴は? ピアノが弾けない奴は? 泳げない奴は? そいつらも、それが出来ないだけで、その才能を持ち合わせていないだけで、それまで築いてきた関係や人格ごと否定されるほど、何もかもが駄目なのか? あるいは、生まれつき身体の一部が欠けている奴は? 重篤(じゅうとく)な病を抱えている奴は? そいつらも、それだけで欠陥品なのか? そいつのことを何にも知らずに全てを否定するほど? ……違うだろう?」

「それは…………でも……」

「今の風潮が魔法を神聖視し過ぎていることは僕も認めるよ。その才能を持たないからこそ、こーちゃんが過剰に気にしてしまうことも。逆に言えば僕があまり重視しないのも、僕がそれについては才能を持ち合わせているからだろう。でも、それでも敢えて言わせてもらえれば、僕にとっては誰とも物怖じせずに話せて、他の誰かのために動くことの出来る、こーちゃんのそんなところは羨ましいと思うよ」


 それだって本来なら魔法に劣らぬ才能のはずなんだから、と。

 そして、だからこそと、穂高がまっすぐに伊勢崎を見つめて断言する。これだけは覚えておけ、と言うように。


「“魔法が使えない”というただそれだけで、伊勢崎紘一という人間の全てが否定されるということは、無い」


 そこまで言うと、言うべきことは全て言い切ったと判断したのか、穂高は開いたままだった本に視線を戻した。そんな幼馴染を、伊勢崎は何も言えないまま、見つめていた。

 正直、複雑な気持ちだった。これまでの人生の大半を共に過ごしてきたのだから、穂高の語った言葉が、同情や義憤からではなく、一歩引いたところから見た彼の価値観に基づく判断なのだろう、ということは何となく分かる。だからこそ、他の人間の伊勢崎に対する態度のほうこそがおかしいのだと断罪してくれたことも、自分がそうすべきだと思ったからこそ伊勢崎と友人でい続けていてくれることも、嬉しく思う。

 だけど、同時に考えてしまう。本人も言っていたとおり、穂高がそんなふうに言えるのは、彼が魔法の才能に秀でているからではないかと。……それが己の不安や(ひが)みから出てくる考えなのだということも、分かってはいたけれど。

 だから、迷った末に、その点については何も言わなかった。穂高を言い負かす自信が無かった、というのもあるが、それ以上に、何となくだが、それを口にしてしまったら、せっかく残された幼馴染との絆すら、失ってしまうような気がしたからだ。



 後から思えば、それが後に感情を爆発させる原因になったのかもしれないが、同時に、やはりあのときの判断は間違っていなかったのだろうと思う。

 それらの結果として、今もまだ穂高は伊勢崎の隣にいてくれるのだから。





 ……一つ余談。

 数年後に、「そういやあのとき、損得の話もしていたけど、俺たちの間でもあるのか?」と聞いたら、真顔で当たり前だろうと返された。その辺が全くブレない穂高に感心しつつも、どこかで損得抜きの友情に夢を見ている部分はあったのか少し(へこ)んだが、よくよく考えてみれば、あの劣悪な状況でもその上で自分のほうを取ってくれたのだから、むしろ喜ぶべきなのかもしれない、と思い直したものだった。

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