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忘却の魔法使い  作者: 祥雲翠
第一部
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2.伊勢崎紘一 ②

 生徒会長にはいきなり派手にやられた場面を見られたが、伊勢崎紘一を取り巻く状況はそこまでキナ臭いものばかりではない。むしろ、あそこまで直接的に手を出してくるような相手は限られていて、大半は距離を置いての侮蔑や嘲笑――つまりは、()れ物扱いだ。


「今日の授業は射出(しゃしゅつ)魔法の基礎訓練を行う」


 例えばそう、出欠確認を終えた後、担当教師が告げる本日の授業内容を聞きながら、くすくすと忍び笑いや含みを持った視線が向けられている、今のように。


 ちなみに、今は体育の授業中だ。

 高校における体育の授業内容は、大きく二つに分かれる。魔法の基礎訓練と、魔法の応用訓練だ。基礎訓練は基本的に専用の練習場で指定された魔法を教師の指示通り行うものであり、応用訓練のほうは主に球技を始めとした競技になる。魔法が一般的なものになる前は、競技(スポーツ)は各々の身体能力や技術を競うものだったが、今となってはルールで魔法の使用が認められている……というか、決められた範囲での魔法の使用が前提になっている。なので、状況に応じて最適な魔法を選び使いこなす必要のある競技は応用訓練としては最適というわけだ。

 そして、授業内容がそういうものである以上、魔法の使えない伊勢崎に出来ることは何もない。故に、


「……最後に、伊勢崎は外周マラソンを行うように」


 こういうことになる。それを告げる教師が、口調だけは真面目なものの口許が嫌な感じに歪んでいるのも、それを聞いた生徒たちが嘲笑を浮かべるのも、最早この時間の恒例だ。魔法の使えない能無しは、授業時間中ずっと走っていろ、というわけである。


 最初にこれを思いついたのは、小学生の頃の担任だ。

 低学年の頃はまだ身体づくりがメインとなるので魔法が使えなくても問題無かったが、学年が上がると魔法が取り入れられ始め、そんなとき、意地悪のつもりでクラスメイトの一人が(わら)いながら聞いたのだ、「魔法の使えない伊勢崎君はどうするんですかー?」と。そのとき、当時の担任教師が苦し紛れに思いついたのが、「えーと……あ、じゃあ、伊勢崎君には学校の周りを走って来てもらおうかな」ということであり、それが当時の生徒にウケたからか、それとも伊勢崎一人のために別メニューを考えるのが面倒臭かったからか、以降の教師も全てそれに倣うことになったのである。


 ともあれ、そんな感じでこれまでずっと伊勢崎にとっての体育といえばマラソンなので、今更それにどうこう思うことはない。素直に了承の意を告げると他の生徒たちから離れ、準備運動を済ませると、校門に向かって走り出した。

 そもそも、今となってはこのマラソンも悪くないと伊勢崎は思っている。下手に他の生徒に混ざると、先生の目を盗んで……というか、そういう(てい)を取ってさえいれば黙認されるのを良いことに、魔法を使ってちょっとした嫌がらせをしてくる生徒が少なくとも一人二人は出てくるのだ。そういう生徒を相手にするのは面倒臭いし、何より基本的に自分一人が痛い思いをすることになる。それならば、最初から一人で走っているほうが余程マシというものである。

 加えて、こうして走っているだけでも、鍛錬(たんれん)と考えれば案外悪くないのだ。実際、もう何年も体育の時間のたびに走り続けてきたおかげで、大抵の同年代の少年よりも体力や筋力は確実についている。又、走り慣れていることで、逃げ足が速くなったのも地味にありがたいところだ。相手にまともに魔法を使われると自分にはまず勝ち目がないため、基本的に伊勢崎は不穏な空気を感じたら逃げの一手を選択する。昨日だって、逃げ場のない場所に多勢に無勢で追い込まれなければ、生徒会長の手を(わずら)わせるような事態になることもなく、見事逃げおおせて事なきを得ていたはずなのだ。

 ……まあ、お互いにそういう手の内が大体分かってきてしまっているから、いかにどっちが相手の裏を()くかの勝負になっている部分もあり、その読み合いに負けるとああいうことになるわけだが。


 そんなわけで、嘲笑するクラスメイトや先生の期待とは裏腹に、伊勢崎にとってこの時間は苦痛でも何でもなくなっていたのだった。無論、そんなことを彼らに悟らせることはしないが。

 とはいえ、彼らもあの僅かな時間に軽く屈辱を与えられればそれでいいくらいには思っているだろう。何故なら、彼らにとっては取り敢えずそれで十分なイベントが控えているからだ。


 校門を出て暫く走った頃、それは伊勢崎の耳に届いてきた。自分に近づいてくる足音だ。


「よっ」

「ん」


 短い挨拶と共に隣――というかやや斜め後ろに並んだのは、出水穂高である。物好きなこの親友は、いつの頃からか自主的に伊勢崎と同じメニューを選ぶようになり、今となっては体育の時間に二人で走るのが恒例になってしまっていた。合流するまでにタイムラグがあるのは、伊勢崎が先に追い出され、穂高は一応担当教師に許可を取ってからこちらに来るというポーズのためだ。といっても、伊勢崎たちが特に気を遣ってそうしているわけでもなく、最初がそうだったから、それがそのまま慣例になってしまっている感じだ。

 そんな感じで共に走っている二人だったが、最初の短い挨拶以外は特に何かを喋ることもなく、無言で走り続けていく。何か話したいことでもない限り、わざわざ余計な体力を使う理由もないからだ。そもそも、二人にとって互いは沈黙が苦な相手でもない。


 ただ、昨日あんなことがあったからだろうか。いつしか当たり前になってしまったそのことに、伊勢崎は少し可笑(おか)しくなって胸の内だけで笑った。

 というのも、それは本当に“今となっては”の話で、最初に穂高がマラソンに参加して来たときは、反発のほうが強かったからだ。

 ……より正確に言うならば、恥ずかしさと惨めさ、かもしれないが。


 端から見れば、こうして二人で走っている様子は、魔法が使えないことを理由に不遇な扱いを受けている友人に同情して穂高が付き合ってあげている、という構図だ。最初は穂高に論破される形で渋々認めざるを得なかったらしい教師が何だかんだで穂高のこの行動を許すことになったのも、それを他の生徒が何を言うでもなく見送るのも、その点が大きいだろうと伊勢崎は思っている。まずは仲間外れにすることで嘲笑し、友人の同情という追い打ちを掛ける。彼らにとっては二段構えの嫌がらせになっているのだろうと。


(まあ、あながち外れてもいなかったしなぁ……あの頃は)


 しかも、まずは冷静さを装って何で自分に付き合うような真似をするのかと聞いたら、授業なんかで魔法を使いたくないから、と魔法の使えない身からすれば腹立たしいことこの上ない理由を平然と答えられたから尚更だ。無能の烙印(らくいん)を押された自分と違って、親友は優れた魔法の才能を持っている。それこそ、こうして魔法訓練をサボタージュして身体能力の向上に努めたところで、真面目に授業を受けているクラスメイトの上を行けるくらいには。

 今となってはそうした穂高の態度を理由も含めて理解しているが、当時はとにかく悔しかったし妬ましかったし惨めで仕方なかった。だから、恥ずかしい話だが、あるとき我慢出来なくなってその憤りを直接ぶつけてしまったことがある。唯一の信じられる友人だと思っていたからこそ許せなくて、「同情なんてするなよ!」と面と向かって(ののし)った。


 ……本当に、今となっては穴に入りたくなるような話だ。いや、若かったと言うべきなのだろうか。何故なら、そんな憤りをぶつけた穂高にはきょとんとされた後、思い切り「何言ってんだ、こいつ?」という顔をされたからだ。その顔には同情なんて感情はカケラも見当たらず、その後のやりとりで本当にそんなものは全く無かったことを思い知らされて、顔から火が出るような思いをしたものである。よくよく考えてみれば、それまでの付き合いで、穂高がそういう奴だということは分かっていたはずなのに。

 ちらりと横目で斜め後ろを走る友人を見遣ると、彼もまたこのマラソンには慣れっこなので、表情一つ変えずに走っている。涼しい顔で、と言うには(いささ)か表情が抜け落ちすぎているが。思えばあの頃は、今に比べればまだ表情豊かだったんだよなぁ、としみじみ思う。当時の人間にそんな話をするようなことがあったら、そんなことを思うのは伊勢崎だけだ、とつっこまれるかもしれないが。


(昔は泣きべそ()いていたこともあったとか、今となっては誰も信じないような話だよなぁ)


 ふとそんなことまで思い出して、つい口許が緩む。


「……? どうかしたのか?」


 どうやら笑った声も洩れていたらしい。不思議そうに――なんてことを読み取れるのは、今となっては伊勢崎だけだろうが――穂高が尋ねてくる。


「……いや、何でもない」


 さすがに正直に答える気にはなれなかったので、そう誤魔化しておく。穂高は僅かに首を傾げたが、それ以上は何も言わず、再び沈黙が戻ってくる。

 互いの息遣いと地面を蹴る音だけが響く中、何でもないとは言いつつも、伊勢崎は昔のことを――取り分け世界が変わった日のことを思い出していた。

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