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[3] ネプチューン

 ──偉大なる海の神ネプチューン様! どうかわたしの願いを叶えてください! 偉大なる海の神ネプチューン様!!  どうかわたしの願いを叶えてください!! 偉大なる……──




 翌朝。シルフィはルモエラが出勤するや否や、西に在る『結界』を目指し、その境界を目と鼻の先にして、一心不乱に祈りを捧げていた。


 この時代の人魚は地中海を自由自在に泳ぎ、結界と呼ばれた領域は海神ネプチューンの地であった。唯一中へ招かれるのは、対話の許されたシレーネ、現在はルモエラのみである。


「あーっ、もう! どうかどうかどうかどうか……お願いしますっ!!」


 胸の前で両手の指を絡め、ひたすら繰り返していた心の言葉は、いつの間にか声になっていた。


 近隣の海はもう十二分に探し尽くしたのだ。シルフィに残された探索の地は、もはや人間界と遠い海。けれど成人に満たない彼女には、人間に変化するための魔法も与えられてはいないし、決められた海域以外へ泳ぎ入る許可もそのための力もなかった。


「お願いします! お願いします!! ……ネプチューン様~っ!」


 そうともなれば残すはまさしく神頼みではあるのだが、シルフィ自身もこんな祈りに、我等の神が応えてくれるとは思っていなかった。唯やみくもに『今出来ること』をひたすらやってみようと考えてみただけのことであったのだ、が──。


 ──騒がしいぞ、お前。


「えっ!?」


 何処からか聞こえてきた美しい低音の声が、胸の内に反響した。


「だっ、誰?」


 (ふさ)いでいた瞼を開いて、辺りをキョロキョロと見回すが、遠くに小さな魚の群れが視界を(かす)めていくだけであった。


 気のせいだったかと再度瞳を閉じ、祈りの詠唱を続ける。やがて再び、しかし今度は耳の中へ、


「騒がしいと、言った筈だが?」


 先程の深く澄み透る声が響いて、シルフィは奏でられてきた先であろう左へと振り返った。


「あ……」


 近いような遠いような……不思議な距離感に『その人』は(たたず)んでいた。美しい闇のように長く流れる髪は、光沢を敢えて落とした紺青のマントを包み込み、その長身を()に見せぬよう緩やかに漂っていた。彼女を見下ろす伏し目がちな視線は、(つや)やかな(まつげ)に彩られながらも、男らしい涼やかさを保っている。


「えっと……」


 海面からそっと垣間見た人間の男性誰もが、この目の前の人物の完璧さには(かな)うまい、とシルフィは思った。


「……ネプチューン……様……?」


 (ほう)けたように半開きの口元が何とか答えを導いたが、それでも自分自身信じることは出来なかった。海の神──人魚でもなく、更にこんな深海に人がいる訳もないのだから、残された選択肢はそれくらいしか有り得ないのだが。


「あんな祈りで、現れるなどと思ったか?」


 『その人』は彼女に応答しながらも、微かに判別出来る淡い結界の膜を正面に向きを変え、横目を流して立ち止まった。


「でも……現れたわ」


 やっと現実に舞い戻ってきたシルフィは、瞳に輝きを帯びながら、その横顔に呟いた。


 滑らかなちょうど良い高さを描く鼻筋と、薄めで男性らしい唇、こちらに向けられた力のある瑠璃色の瞳……この精緻な美麗振りは神ならではの筈だ。


「ふん……気まぐれ、だ」


 そう一言、鼻で(わら)うように吐き出した言葉と共に前進し、境界に溶け込むように身体前半分が海水の色に消えた。


「まっ、待って、神様! お姉様を見つけたいのっ!!」

「姉……?」


 境界を半ば越えたところで、こちらを向いた『その人』は、身体右半分のみの実体で焦るシルフィに問うた。


「名は?」

「え? あ、アリア! アリア=ブランシェ!!」

「ブランシェ……シレーネの娘、か」


 まさか反応してもらえるとは思わず、とにかくコクコクと首を縦に振り続ける。


「……良いだろう」

「え?」


 一度右へ戻り、全身を(あら)わにした『その人』は、シルフィを一瞥(いちべつ)して薄い笑みを浮かべた。


「ついて来なさい」




 そうして『神』は、境界に消え入った──。




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