影重なる掌
見た目には人間だ。
しかし、少なくとも今の韓宮は異常だと言える。
有り体な譬をするなら、アンデット系。
しかも、再生能力付きのね。
──なんて言ってる場合じゃないな。
これ、どう見たって第一段階の“汚染”じゃない。
物理的な変化を伴う第二段階の汚染だ。
そして、その対処方法には“浄化”が必要だ。
………うん、まだ教わってないんですけどーっ!!。
──さてと…マジで、どうするかな。
責任転嫁、無い物強請りしていても仕方無いが。
咲夜が居ない分、出来る事は限られる。
だが、それでも抗い、勝たなくては未来は無い。
──とは言え、その前に重要な問題が有る。
それは月が一緒だという事だ。
単独でなら、幾らでも遣り様が有るんだけど。
月に気付かれない様に、というのは難しい。
──かと言って、月を気絶させても、気絶した月を彼奴が狙わないという保証が無い以上、悪手。
離れた場所で見ているにしても動ける事が前提。
──となると、俺の取れる選択肢は僅か。
その中で、最善となる方法はというと……うん。
まあ、それが一番無難だろうな。
…後々の面倒事は避けられないだろうし。
「…月、正直に言ってくれ
アレが韓宮だとして、お前の知る韓宮か?」
「…っ……いいえ、私には別人にしか思えません
“人は変わる”ものですが…経緯が有ります
ですが、あの者は韓宮さんの姿をした何者かです
到底、韓宮さんからは繋がらない存在です」
韓宮だろう相手を見ながら月に訊ねれば、少しだけ逡巡した後、月は自分の考えを口にする。
然り気無く、過去に自分が話した価値観や考え方を月が大事にしてくれていると知り、胸が高鳴る。
華琳にしろ、月にしろ、どうしてこうも背負う女は美しく、気高く、愛しいのだろうか。
その気が無くても、惚れさせられるだろう。
だから、その気が有る場合、独占欲が昂る。
「月、お前を俺は誰にも渡す気は無いからな
だから、その人生は俺と共に在ると、諦めてくれ」
「──へぅっ!?…~~~っ…ズルいです、忍さん…でも、私の居場所は貴男の隣しか有りません…」
場違いな事を言いながら月を抱き締める。
月も吃驚しながらも、しっかりと抱き付き、了承。
まあ、暫くは事後処理で忙しくはなるだろうけど。
祖母・両親公認で、本人も了承していますしね。
男として“据え膳”は綺麗に平らげます。
ええ、それはもう皿を舐める位にね。
──と、それはそれとして。
今は脱線した思考を元に戻さないとな。
このままだと、何も解決しないんだから。
「月、この部屋は氣によって閉じられている
恐らく、外からは一切干渉出来無いだろう
だから脱出する為には元凶である彼奴を倒す以外に方法は無いと言ってもいい
その上で、彼奴を倒す為に月には離れていて貰う
正直、月を抱えたままで、或いは庇いながらだと、時間が掛かり過ぎるし、ジリ貧だからな」
「判りました、私も忍さんの足手纏いにはなりたく有りませんから、戦いに集中して下さい」
「有難うな、月、必ず守るから信じてくれ
それと氣で月の身体を強化しておく
普段よりも高い身体能力を一時的に得られるけど、不慣れな分、戸惑うと思う
だから、出来る限り余裕を持って動いてくれ」
「はい──御武運を」
そう言って月は俺の頬に軽くキスをする。
此処で唇ではない辺りが、月の奥ゆかしさだな。
華琳だったら、ガッツリと唇にするだろう。
他者に対し、「この男は私のものよ」と示す様に。
俺とは違うが、華琳も独占欲は強い方だしな。
あと、負けず嫌いだから。
……ああ、そうか、うん、そうだったな。
何だかんだで月も負けず嫌いだしな。
純粋なだけでなく、強かさも有るって訳だ。
強化を施し、左腕を離すと月は迷う事無く俺の背後──唯一の出入口である扉の前に移動した。
この異常な状況下でも、外部と接触出来る可能性が有る唯一の場所である扉の前に位置取った。
その冷静さには感心すると共に──苦笑。
咲夜が見ていたら「無償の愛ならぬ無償の信頼ね」なんて言いそうな程の月からの信頼。
これで僅かな掠り傷でも負わせようものなら、俺は一生悔やみ続ける事だろう。
例え、全く傷痕など残りはしないとしてもだ。
だから自然と俺も遣る気が増す。
月が離れたと同時に、俺と韓宮擬きは動く。
別に韓宮擬きは待っていた訳ではない。
ずっと俺が牽制していたから動かなかっただけ。
それが解かれたから、こうして始まった。
まあ、牽制出来ていた事から考えても、韓宮擬きの実力自体は俺より下なのは確かだろう。
油断・慢心・過信しなければ、俺も月も問題無い。
咲夜が来るのを待つ事も十分に可能だろう。
だが、それは韓宮擬きが現状のままであればの話。
この手の御約束展開としては、戦闘中に学習したり自己進化をして強くなる、というのが有る。
その点を踏まえて、戦わなければならない。
直剣を振り抜き、再び左腕を断つ。
先程は月を優先していた為、確認が疎かになったが今回は斬った瞬間から観察する事が出来る。
切断された二の腕から先は勢いのまま飛び、離れた床に落ちて転がった。
切断した断面は、何方等も血を流してはいない。
それ所か、その肉には赤味が無かった。
(冗談じゃなくて、マジで死体系なのか…
──と言うか、世界観が違う気がするんだけどな
まあ、原作自体、複合的な二次が遣り易いけど…
現実となると、ちょっと勘弁して欲しいな…)
痛みは全く感じないのだろう。
韓宮擬きは片腕に為った事を気にせず、右腕に持つ柳葉刀を振るってくる。
身体能力自体は低くはない。
華琳達は勿論、宅の中堅所の実力の兵士程度だ。
だが、それだけでしかない。
韓宮擬き自体の戦闘技術が低いのか、或いは元々の韓宮自身が典型的な分官型だった為か。
剣技も、体捌きも、駆け引きも、素人並み。
それも才能の有る素人ではなく、平凡な素人のだ。
はっきり言って、楽勝ムード。
(…左腕は再生しないか
だったら、くっ付けさせなきゃ…いけるか?)
バラバラに斬り刻んで置けば、滅せなくても十分に無力化出来るのであれば、月を守りながら脱出する為の作業を遣れない事も無い。
──と思っていたら、案の定だった。
右腕と両脚を断ち斬ってから首を刎ね様としたら、シャーペンの芯が出て来るみたいに手足が生えた。
体液や粘液混じりのグヂュッ!って感じじゃない分だけ増しなのかもしれないけど。
やっぱり、面倒臭い事には変わりはない。
──で、斬り飛ばした手足はというと…無かった。
綺麗さっぱり、灰塵さえなく、消えている。
(………もしかして、再生じゃなくて復元か?
それなら此処が隔離されてるのも納得出来るしな)
再生の場合、生え続ける為の源が有る限り可能だ。
だが、それは間違い無く有限である。
対して、復元の場合は制限・条件は有るが、それが満たされている限り、無限に等しい。
つまり、韓宮擬きは、隔離領域内でなければ簡単に倒せる程度、という事だ。
韓宮擬きの腹を右足で蹴り付け、弾く様に飛ばし、俺の方から一旦距離を取る。
疲れてはいないし、劣勢な訳でもない。
ただ、少しだけ観察をしたかっただけ。
体勢を立て直した韓宮擬きは俺に向かってくる。
それに応える様に俺も前に出て大きく振り抜かれた柳葉刀を直剣で受け流し、韓宮擬きの体勢を崩す。
そして、がら空きとなった胴体──胸部に向かって左手を伸ばし、しっかりと触れた瞬間、解放する。
「“死灼掌”」
ジュッ!、という音と共に韓宮擬きの胸部が高温を伴って赤く輝き始める。
それは宛ら熱した鉄が熔解するかの様に。
韓宮擬きの身体が白煙を上げ、灰化してゆく。
火葬された亡骸の遺灰の様に。
身に付けた衣服や防具までも焼き溶かし。
韓宮擬きは復元する事無く、灰塵の小山となる。
(……っと、上手く行ったみたいだな…)
部屋全体を覆っていた奇妙な感覚が消えた。
恐らくは隔離結界みたいな物が解けたんだろう。
それはつまり、韓宮擬きの死を意味する。
勿論、まだ油断はしないが。
──とは言え、まさかこんな形で、あの“禁技”が役立つとは思わなかったな。
曾て、実験的に試して自爆仕掛けただけに威力には自信は有ったんだけど。
賊徒相手でも生きたままで使うのは躊躇われる。
その為、自主的に禁技にしていた程だしね。
ただまあ、遣ってる事は単純でね。
氣で身体強化を行う要領で、細胞を活性化させて、異常過熱し、自己体温で細胞レベルで灰化する。
だから、DNAも検出不可能なんですよ。
「これなら復元も出来無いかな?」っていう感じで試してみた手だったんだけど。
意外と上手く行ったんで俺自身も驚いてます。
「──御兄様っ!、月っ!」
「華琳ちゃん!」
──と、一息吐いた所にタイミング良く、扉を弾き飛ばす様に開けて入ってきた華琳が月と抱き合う。
その後ろから咲夜が少し息を乱しながら登場。
…あー…これは華琳が少し暴走し掛けたかな。
まあ、後で労って置くとして。
俺は咲夜に視線で韓宮擬きに意識を向けさせる。
此方に歩み寄りながら、俺にだけ見える形で咲夜は顔を強張らせ、「…信じられないわ」と言いた気な呆れ混じりの視線を俺に向ける。
そんなに誉めるなって、照れるだろ。
「…誉めてないわよ、この非常識っ…」
「…──で?、第二段階っぽかったが?…」
「…現状では判断出来無いわ…
…だから後で詳しく聞かせて…」
それだけ小声で話し、外の様子を確認する様に俺は普通の声色と口調で咲夜と話す。
そのまま華琳達を連れ、部屋を後にした。
念の為、誰も近付けさせはしなかったが。
まあ、それは杞憂に終わったので良かった。
流石に、彼処まですれば復元は不可能な様だ。
以前に咲夜の言っていた第二段階の対処方法の浄化ではなかった為、不安だったが。
いや~、良かった良かった。
「……はぁ~…呆れるしかないわね、本当に…
でも、ある意味では今回は運が良かったわね…」
「──と言うと?」
「その韓宮擬きは完全には第二段階に至っていない途中の段階だったから、対処出来たのよ
完全に第二段階に至ってたら、不可能だもの」
「………マジで?」
「マジよ、けど、問題は其処じゃないわ
確かに私達にも“歪み”が、どういった形で出るか明確な事は言えないけど…
それでも、これは異常なのは確かよ
過去の事例でも最初の第一段階が確認されてから、最初の第二段階が確認されるまでは最低でも三年は掛かるというのが統計として出ているの」
「…ちょっと待て、どう遣って統計を取ったんだ?
お前達は各世界に干渉は出来無いんだろ?」
「ええ、だから“修世者”を送り込む時に対象者の魂に記録機能を付与するのよ
そして、その人が亡くなったら魂から切り離されて私達の元に情報を送ってくれる様にね」
「…じゃあ、俺も?」
「貴男の場合、私が知らずに送っちゃったから…
だから此処での情報は私が記録して持ち帰るの
あと、記録は飽く迄も歪み関連の情報だけだから
その人の人生とか個人情報は記録されないわ」
「それは当然だろうけど…知りたくはない話だな」
「まあ、貴男は例外中の例外だから…
それより、事後処理が一段落したら遣るわよ
第二段階に備えて浄化を修得して貰うわ」
「判った、何か手伝う事は有るか?」
「大丈夫よ、私一人で十分だから
──ああでも、何時でも大丈夫な様にしておいて
面倒だけど、儀式だから条件が有るのよ」
「お前が面倒って言うのか…」と言いたくなるが、其処は空気を読んで飲み込む。
取り敢えず、今回の騒動は片付いた訳だしな。
しかし、月ってば人質になり易い宿命でも背負って生まれてきたんだろうか?。
昔も、今回も、原作でも……ああ、成る程な。
つまり、囚われの姫な訳だ。
本人は勿論、華琳達にも言えないけど、納得だな。
とある義妹の
義兄観察日記
Vol.19
曹操side──
△○月◆日。
物事というものは。
流れというものは。
まるで砂山の一粒が欠けて崩れ落ちるかの様に。
連鎖し、立て続けに大きな動きが起きるもの。
その一粒が重要で有れば有る程に。
連鎖する影響力も大きくなるもの。
御兄様が啄郡の太守と成ってから、漁陽郡に続いて広陽郡までもが御兄様の統治下に。
嗚呼、御兄様…何と素晴らしいのですか。
まあ、広陽郡の件に関しては私の中では既定の事。
御二方も御兄様より先に私に密書を出し、水面下で色々と調整していましたから。
それ故に今回の騒動には正直、肝が冷えました。
勿論、御兄様であれば解決は可能ですが。
月が無事か否かは、確信が持てなかったので。
だから、仕方が無いんです。
月を抱き締めた瞬間、その温もりに安堵して思わず泣いてしまったというのは不可抗力なんです。
ええ、そう、一時の気の迷いなんですからね。
それは兎も角、これで御兄様は三郡の太守です。
これから色々と面倒事も増える事でしょう。
だから私も頑張って御兄様を御支えしなくては。
取り敢えず、専念する為にも一人目が欲しいです。
韓宮により起きた広陽郡の騒動は御兄様によって、無事に月達を救出し、解決しました。
主犯である韓宮は死亡し、手勢としていた賊徒達は半分近くが戦死、捕縛された者達は奴隷囚に。
被害らしい被害は無く、領内を掃除出来た。
そう言えば、そうなのだけれど。
無視出来無い疑問は残る。
「…そう、やはり韓宮は可笑しかったのね」
「うん、私も直接話した事が有った訳じゃないけど砦の中で会った韓宮さんは…“人が変わった”って言えない位に別人にしか見えなかったよ…
それに……ぅ、ううん、何でも無いよ」
「…はぁ~…御兄様に口止めされているのね」
「…ぇぅ~…」
凛としている時の月は頼もしく、格好良いわ。
だけど、今の様に身内しかいない場合には天然で、かなり緩いのよね。
だから、こんな風に直ぐに察しが付いてしまう。
「月、一つだけ答えて頂戴
その前に御兄様は咲夜と何か話していたかしら?」
「咲夜さんと?………ぁ、そう言えば…
でも、特に可笑しな話はしてなかったよ?」
「内緒にしないといけない話を堂々とはしないわよ
だから貴女だって私には話さないのでしょう?」
「ぁぅっ…」
少し呆れながら、揶揄う様に月に“デコピン”。
氣を込めている訳でもないから、大して痛くはない──事も無いわね、ええ。
私も御兄様にデコピンされると痛いもの。
勿論、手加減はされているし、私もしたけれど。
ふと、自分の右の掌を見詰める。
同年代の娘達と比べても私は小柄。
恋にも追い抜かれたし。
まあ、雛里には勝っているし、歳上の月にも。
だから、それは大して気にはしていないわ。
ただ、今になって改めて思ったのよ。
私達は御兄様の指導で強く成っている。
勿論、まだまだ途上だし、満足もしていないわ。
だけど──御兄様は何の為に強く成るのか。
後悔しない為、大切な物を守る為等々。
それらしい理由は幾つも思い浮かぶのだけれど。
御兄様の真意は……私にも解らない。
(………御兄様…貴男は何を見ているのですか?)
ずっと傍に居て、誰よりも知っている筈なのに。
私は初めて、御兄様を遠くに感じてしまいました。
──side out