石か、蛙か
無事に秋蘭達と合流し、助けた彼女は治療。
派遣されて来ていた隠密から華琳達の判断を聞き、此方等の状況と情報を伝えた上で指示を出した。
蜻蛉返りする事になるが、其処は精鋭中の精鋭。
愚痴る事無く、主城へと戻って行った。
まあ、俺が氣を補充して遣ったからなんだけど。
そうじゃなかったら、如何に隠密衆の者と言えども流石に休息無しでの往復は無理だからね。
俺だって鬼ではないのだから。
その辺りは優しくしてあげますとも。
「…昨夜は、私に対しては鬼畜でしたが?」
「嫌だったか?」
「…むぅ……それは狡い切り返しです…」
初志貫徹、ええ、昨夜は御愉しみでしたとも。
秋蘭も揶揄う様に言っているだけで抗議ではない。
寧ろ、昨夜は俺を独占出来ていた訳だし。
抑、Mっ気が強めの秋蘭はSっ気を出しているより攻められている時の方が激しく、悦ぶ傾向が有る。
だから昨夜もノリノリでしたよ、ええ。
まあ、野営ではなく、近くの砦に移動していたから存分に出来た訳ですが。
流石に野営の陣中では遣りませんからね。
…ええまあ、陣中では、ですけど。
それはさて置き、現状はどうなっているのか。
簡単に言えば、静かに睨み合っている感じかな。
ゆ~っくりとした進行速度で近付いてはいるけど、一気に郡境を越える気は無いらしい。
まあ、当然と言えば当然だけどね。
彼方等さんも馬鹿ではない。
(咲夜が居ないから俺の印象でしかないけど…
今回の件は“歪み”の影響とは考え難いな…)
こういった事は時代の節目節目に起き易い。
…まあ、俺達が啄郡を獲るに至った一因には歪みが関わっていた訳だが。
それは偶然でしかない。
咲夜にしても「影響が出るにしては随分と早いわ」という見解を見せていたからな。
多分、本当なら原作で言う所の“黄巾の乱”辺りが最初に影響が出る感じなんだろうな。
勿論、それは“原作でなら”の話で。
現実では違うというのは何も可笑しな事ではない。
──と考えている内に目的地に到着する。
秋蘭が部屋の扉をノックし、声を掛けてから中へ。
俺は秋蘭が呼ぶまでは部屋の外で待機する。
いきなり二人も入ると緊張するだろうからな。
3分程で扉が開き、秋蘭が顔を出した。
そして、部屋の中へと招き入れられる。
寝台に上体を起こした状態でいるのは助けた少女。
1時間程前に目覚め、簡単な話を秋蘭がしてから、食事と身支度を済ませ、俺との対面と為った。
尚、秋蘭には俺の事は話さない様に言ってある。
彼女は俺を見た瞬間、最後の記憶と結び付いた様で驚きを露にしていたが、直ぐに表情を引き締めて、深く頭を下げて感謝を示す。
「危ない所を助けて頂き、有難う御座います」
「助けられたのは偶々だが、生きていて何よりだ
大きな怪我は無かった様だが、体調の方は?」
「っ…はい、多少の筋肉痛は有りますが…
これと言った問題は有りません」
「そうか、まあ、野山を駆け回っているという様な印象は受けないから、筋肉痛は仕方が無いか…」
そう言いながら寝台の側に置かれた椅子に座って、秋蘭が差し出した茶杯を受け取る。
口を付ければ、温めの御茶は非常に飲み易い。
さっきまで色々と指示を出したりしていただけに、こういった然り気無い気遣いのポイントは高い。
ククッ…遣りおるわ、夏侯妙才め…。
──という脳内コントは無視して。
「…色々と聞かせて貰いたいのだが?」
「……はい、承知しております
先ず、この様な格好での御挨拶となります御無礼を御許し下さい、啄郡の太守・徐恕様
私は、現在漁陽郡は泉州県の県令を務めております鳳協の孫で鳳統と申します」
そう言って頭を下げるのは俺の知る鳳統。
服装は違うが、あの“あわわ軍師”様だ。
見た目には原作と大差無い──いや、原作よりかは年相応な感じではあるが。
それでも合法ロリな感じは拭えない。
まあ、可愛いのは確かだな、うん、可愛い。
それはそれとして、彼女は俺の正体を看破した。
当然、秋蘭が話した可能性は無いに等しいが。
俺と秋蘭の遣り取りから、そう思ったのだろう。
相手が相手だけに、状況が状況だけに。
俺自身、隙が有った事は否めないが…むぅ…。
さて、どうするか。
素直に認めるのは……うん、面白くないな。
「…俺が太守?、それは勘違いではないか?」
「いいえ、他の可能性は御座いません
もし仮に、貴男様が徐恕様でないのだとすれば…
啄郡太守の徐恕という人物は“傀儡”でしょう
そして、その傀儡を操るのが貴男様です」
「それは根拠に為ってはいないと思うが?」
「その様に冷静に遣り取りの出来る時点で貴男様が啄郡の最高権力者であるという証で御座います
普通の者であれば、多少なりとも慌てるものです」
「……成る程な、見事だ、鳳統
確かに、俺が啄郡太守・徐子瓏だ」
恐らくは、俺の戦闘は見てはいないだろう。
俺が助けた、という事は覚えているにしても。
だから、普通に考えれば単独行動とは思わない。
少数精鋭での偵察。
其処に太守が自ら参加していた、と。
そう結論付けたのだとは思う。
だが、それよりも特筆すべきは彼女の行動力。
理屈ではなく、頭抜けた観察力に起因する推察力。
それに加え、物怖じしない胆力を見せてくれた姿に「これ以上は引っ張っても無駄だな」と思った。
そして、身体能力は課題だとしても、頭脳と眼力は十分に即戦力、という事だな。
原作の鳳統を知っている身としては嬉しい誤算だ。
鳳統は改めて頭を下げ、感謝を俺に伝えた。
それで一旦仕切り直し、話を再開する。
「現在、漁陽郡は二分している状況に有ります
祖父・鳳協を始めとする穏健派と、鞏平県の県令・趙俊を始めとする宣戦派です
宣戦派は他郡へ侵攻し領土の拡大を目論んでおり、「孰れは幽州統一を」と目標を掲げています
既に御存知かとは思いますが…」
「あの統一感の無い一万ちょいの集団の事だな
あれは此方が先に手を出すのを誘ってるんだろ?
そうすれば、侵攻する大義名分が出来るからな
だから、お前は連中に狙われていた訳だ
それを知っていて、伝える可能性が高いから」
「はい、趙俊達の狙いに気付いた私は我が家に長く仕える数名と共に密使として此方等に………っ…」
そう言って小さな手を強く握り締めた。
鳳統を助けた近辺には遺体は無かった。
恐らくは途中で待ち伏せに気付き、鳳統を一人だけ逃がす為に囮となって…という所だろうな。
俺達からすれば「その覚悟に敬意を表する」という言葉で片付いてしまう事なんだけど。
当の鳳統にとっては辛くて、悔しくて、哀しくて、寂しくて、憎くて、情けなくて、惨めで。
それでも、進まなくてはならなくて。
進む事しか出来無くて。
その小さな拳には、様々な思いが握られている。
「…託された意志、命を懸けて貫いた信頼
それを、お前は此処に確かに繋いだ
その事実は誰にも覆せはしない
決して、その思いを忘れるな
決して、その経験を無駄にするな
その拳が、その掌が、未来を紡ぎ、未来に繋ぐ
だから──今だけは、我慢しなくてもいい」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ…」
静かに抱き締め、顔が見えない様に包み隠す。
小さな拳が解け、俺の胸元で服を掴み、握られる。
空は腹が立つ位に穏やかに晴れているが。
此処だけは土砂降りで。
暴風を裂いて響く雷鳴。
暫くは、雨宿りが必要だろう。
ただ、それでも。
その先には見た事の無い晴れ間が訪れる。
弱った大地でも雨が潤し、肥沃に変えてゆく。
だから、きっと、大丈夫。
その大地は、強く、優しく、種を育む事だろう。
「……寝てしまいましたか」
「ああ…まあ、仕方が無いだろうしな
秋蘭だって鳳統の気持ちは理解出来るだろう?」
「…ええ…そうですね
今でこそ、私達も笑えていますが…」
それ以上は言わず、秋蘭は鳳統を寝台へ寝かせる。
…ん?、俺?、俺は鳳統を起こさない様に気を付けながら掴まれたままの服を脱いでますから。
ええ、秋蘭と二人掛かりでの後始末ですよ。
上半身素っ裸で泣き疲れて眠った少女の側に居る。
客観的に見て、此処だけ切り取れば犯罪者です。
咲夜が居なくて良かったな、マジで。
取り敢えず、上着を取りに部屋に帰りますか。
勿論、誰にも見られない様にね。
フッフッフッ…さあ、ミッションスタートだ!。
今日の俺は一味違うぜ!。
インポッシブルなBGMを脳内再生しながら部屋に無事に辿り着き、着替えを済ませる。
ちょっぴり火照った肌に冷ための服が心地好い。
其処に秋蘭が遣って来る。
「少しは彼女が前進する手助けになったかな…」
「前進所か、猛進する事になるでしょうね」
「其処まで効果的だったか?」
「ええ、それはもう、効果は絶大でしょう
私自身、よく理解していますから
これで彼女も忍様に驀地です」
「……………」
いやいや……え?、もしかしなくてもさ、そういう意味で効果絶大なの?。
それは………うん、まあ、確かに…うん。
効果は絶大かもしれない…かな…。
秋蘭自身が、というのは俺も理解はしているし。
………そっか……効果は絶大だったか…。
いやまあ、確かにね。
俺が鳳統の立場で、ああいう風にされたら…うん。
そらぁ、惚れてまうわな。
……いいや、まだだ!。
まだ、そうだと決まった訳ではない!。
鳳統が俺に好印象を懐いた可能性は高いだろう。
だが、それが恋愛感情に結び付くかは判らない。
そう!、まだ試合は終わってはいないんだ!。
「亞莎には期待していますが、将来的にはです
それに対して彼女は即戦力でしょう
武や氣に関しては戦力外ですが、構いません
彼女の様な“軍師”としての才能は稀有ですから
そういう訳ですので、忍様、頑張って下さい」
「………ぁぃ…」
「俺に何を頑張れと?」なんて訊きません。
「ナニに決まっています」と言われるだけです。
下手をすれば、余計な指摘を受けるだけ。
だから、俺に出来るのは項垂れながら「Yes」を口ずさむだけなんです。
──と言うか、これはアレかな?。
軍師が欲しいとか考えていたのが、フラグに?。
いや、確かに鳳統は優秀だから嬉しいですよ?。
諸葛亮の影響を受けていない鳳統は無垢な筈です。
原作での、恐る恐るでも好奇心に負けていた彼女の姿には穢してゆく背徳的な興奮が有りましたし。
………いやいや、そうではない、そうだけど。
まさか、秋蘭から華琳みたいな激励が来るとは。
…まあ、何だかんだで華琳の影響力は強いけどさ。
そういう所は影響されなくても結構ですよ?。
寧ろ、愛する夫に妻を増やさせようとする妻って。
ねぇ、それって可笑しくない?。
「いいえ、全く可笑しくは有りません
忍様が普通の太守なら、そうなのでしょうが…
生憎と、今の忍様の御立場では少ない位です
華琳様では有りませんが、最低でも今の倍は…
それから最低でも一人が三人は産むのが望ましい、というのが家臣としての意見です」
「………最低でも一人が三人?…」
「はい、まあ、男女問わず、ですので
その辺りは御安心下さい
要は忍様の直系の子供達により各地を治める為には人数が必要不可欠、という話ですので」
此処で「いや、俺の直系でなくても…」なんて事を口走る程、俺は暗愚ではない。
勿論、そう言いたくなる気持ちは有るけど!。
一応、理屈や必要性は理解してはいますから。
啄郡の統一と平定、新しい統治体制への移行。
これらは俺が関わり、成立した事だ。
俺が主軸となり、動いた結果だ。
だから、それに伴う責任を、啄郡の民達の未来を、俺は負わなくてはならない。
………分不相応に重いですけどね。
「その為の私達です
私達が貴男を支えますから、安心して下さい」
そう言って微笑み、抱き締めてくる秋蘭。
その言葉は素直に有難い──んですけど。
自然に思考を読んでるよね?。
それは……「愛故に」ですか、そうですか。
鳳統side──
屡々、雨に譬られる事が有るのが、悲哀と涙。
人々だけでなく、天までもが死を悼み、嘆く。
そんな古代の政治的な印象操作に始まり、時を経て一つの比喩表現として定着した事。
それ自体に善悪など有りませんし、全ては扱う人の人格や言動、或いは成果次第でしょう。
そういった表現の有る物語を読むのは好きです。
…でも、自分が同じ様に感じるとは思えません。
──いえ、思ってはいませんでした。
何故なら、人の感情が一つの比喩で表現出来るとは思っていませんでしたし、必ずしも私自身が同様に感じるとは限らないと考えていましたから。
ですが、その考えは今日、覆されました。
「………徐…子瓏様…」
そっと口にした、あの御方の姓と字。
たったそれだけの事なのに。
胸の奥が暖かく、熱く為ってゆく。
私を行かせる為に犠牲と為った皆の事。
それを思えば、今でも胸が苦しくなります。
「もっと良い方法が有ったのでは…」と。
そう考えずには居られません。
しかし、そんな皆の思いに応える為にも。
「私は相応しい御方を夫とし、子を成さなくては」という使命感が湧いてきます。
………それが都合の良い言い訳だとしても。
自分が女として生まれた事を。
こんなにも嬉しく思うのは初めてです。
だから、あの比喩は間違いでは有りません。
親い人達の死に涙雨は降り、私を濡らしました。
けれど、それは確かに止み、空は晴れてゆきます。
そして、陽光が濡れた大地を優しく照らし。
新しい芽吹きを促す様に種を育みます。
次代へ、未来へ、その命と意志を繋ぐ為に。
「──その様子だと、必要は無さそうね」
「────っ!?」
唐突に聞こえた声に身体は大きく跳ねます。
妄想という名の未来に浸っていた意識が、現実へと一気に引き戻されます。
恐る恐る声がした方に振り向けば──天女様が。
あ、いえ、とても可愛らしくも綺麗な女性が。
…同性の私でも思わず見惚れてしまう位です。
きっと、子瓏様に近い御方なのでしょう。
「初めまして、私は曹孟徳、御兄様──徐子瓏様の義妹であり、妻の一人よ」
「…ほ、鳳統と申します、あの、御無礼を…」
「ああ、気にしなくていいわ
何度扉を叩いても、声を掛けても返事が無いから、こうして入ってきたのだけれど…
ふふっ、中々に良いものが見られたしね」
「……?…………っ!?、~~~~~~~~~っ!!」
そう言った彼女の視線を辿れば、しっかりと、私が抱き締めている子瓏様の着ていた衣服が。
勿論、私が握ったままだった為ですが。
客観的に、しかも抱き締めている所を見たなら。
果たして、どの様に思うでしょうか。
「ァあ、あのっ、これはっ──」
「ああ、良いのよ、寧ろ、歓迎するわ」
「──────ぇ?」
「私の真名は華琳よ、貴女は?」
「ぇ、ぁっ、その…ひ、“雛里”です…」
「それじゃあ、雛里
貴女、御兄様の妻に成りなさい」
「…………………………………………………ぇ?…ぇえぇええエエェーーーーーーーーーーーッ!!??」
──side out