54話 古池に生ず波紋
度々話題に挙がる社会問題──教育と学校。
それらは本当に“=”で繋げて良い事だろうか。
学校で学ぶ事は必ずしも勉学だけではない。
寧ろ、社交性・社会性・対人関係・自己表現力等、コミュニケーション能力を尊ぶべきではないか。
勉学──知識は科学技術の発展した社会であれば、家庭だろうと、ファミレスだろうと、何処に居ても本人の遣る気次第で身に付ける事が可能だ。
技術が未発達だった時代・社会では学校が学びの場として重要だった事は間違い無いが。
果たして、科学技術の発達した世の中で、同じ様に知識を植え付けるだけの学校は必要なのだろうか。
一方、宿題や試験の必要性は、どうかなのか。
宿題は本来、復習や理解向上の為に有るべき物。
しかし、現代では熟さなくてはならない仕事。
その出来で成績が評価される学校の評価システムは会社の営業成績を決める結果主義と同じ。
其処に本来の宿題の意味も、勉学の姿も無い。
それは試験にしても同じだ。
入学・入社の為の試験は理解が出来る。
これは学校・企業等が優秀な人材を選別する為で、当然と言えば当然の事なのだから。
だが、学校の試験の必要性は矛盾している。
成績が悪ければ補習を受けるが、それは一時凌ぎ。
成績が良くても、事前に試験の範囲等を教えた上、準備期間を与える様な遣り方では意味が無い。
それでは本当の実力は試せはしないのだから。
試験を行うなら、抜き打ちでなければ無意味。
その結果により成績に合わせた授業・指導が出来る学校側の環境──成績別のクラス分け、入れ替えも行うべきではないだろうか。
“平等”を謳うのは結構な事だ。
だが、現実に於いて、人は決して平等ではない。
そして、平等ではないからこそ競争が生まれ。
その競争が社会の変化、技術・学術の発展へ繋がり世の中に還元されてゆく。
つまり、教育は“競争意識を育む格差社会の縮図”の様なものであるべきであり。
決して、生徒を均一化する為の工場ではない。
また、格差社会ではあっても差別社会ではない。
唯一絶対の真理である“弱肉強食”。
勘違いされ勝ちだが“強者が何をしても赦される”という様な訳ではない。
強者は強者たる責任を、弱者は弱者たる義務を。
互いが理解し、尊重し合う姿こそが正しい。
ライオンがウサギを狩り尽くすか?。
そうすれば自分達が飢え死ぬ事を理解している故にライオンはウサギを必要なだけしか狩らない。
ライオンは強者の責任の下、時に切り捨てる決断も必要だと理解し、実行する。
そうする事で、群れを、種を守り繋ぐ。
人間は真理の中では何処に位置するのか。
それを学校の教育は教えてくれるのだろうか?。
それが理解出来無いからこそ、人間は愚かなのだと学校の教育で教えるべきではないだろうか。
「──といった状況です、子瓏様」
「そうか…」
夏侯淵隊の兵士の報告を受け、直ぐに城を後にした俺は1時間程で秋蘭達に合流した。
それから秋蘭を含め、主だった数名を集め、現在の状況、事の経緯等を報告して貰っていた。
それらから読み取れる事は“誘い”である可能性。
それも、かなり高い確率だと言える。
漁陽郡の太守は啄郡と同様に不在。
いや、実は幽州の半数以上の郡で太守が不在なのが現状だったりする。
それでも、今までは特に問題は無かった。
俺が啄郡の太守に就くまでは、な。
勿論、それが少なからず影響を与えるだろうとは、俺達も考えてはいたのだが。
こういう風に啄郡に向けらたのは意外だ。
先ずは各地の内乱から、だと思っていたしな。
まあ、だからこそ、啄郡に飛び火する前に白蓮達に妊娠・出産を終えて貰う予定だったんだけどね。
「…斥候は出したか?」
「はい、四人一組で五組、慎重さを重視させて」
「的確な判断だな、妙才
まだ戻って来てはいない辺り、向こうの動き自体は活発ではないんだろうな…
此方は三百だったな?」
「はい、元々は調査隊という名目でしたので…
このままでは“本隊”が出る事に?」
「いや、流石に現状だと本隊は出さないな
相手の一万が、精強か装備が充実していない限り、本隊が動く可能性は無い
──というか、俺と妙才も居るんだ
この隊だけでも敵軍を退却させるには十分だしな」
殲滅するのは流石に犠牲無しでは厳しいが。
退却させるだけなら、此処に居る夏侯淵隊の一部と軍属の兵士達の混成部隊でも出来る。
要は、「これは無理だ!、撤退しろ!」と思わせる状況を作り出せばいいのだから。
尚、俺と秋蘭が言う本隊とは俺の直属の部隊の事。
──とは言え、指揮権は俺だけではなく、白蓮達を含めた夫婦全員に有る特殊な部隊。
“主家親衛隊”とでも言えばいいのかな?。
まあ、そんな訳で、精鋭中の精鋭で構成されている啄郡では最強の部隊だ。
…それよりも俺達夫婦だけで動く方が凄いが。
それは言ってはならない事だろうね、うん。
「取り敢えず、俺も偵察に出る
斥候が戻ったら、休ませながら待機だ
新規での斥候は出さなくていい
それ以外の判断・指示は妙才に任せる」
「御意に」
それで臨時会議は終了。
秋蘭以外の面子は、この場を後にする。
俺達が夫婦だからこそ、周囲も配慮してくれる。
…ちょっと擽ったく、恥ずかしさも無くはないが。
こういう状況を簡単に作れるという点では便利だ。
だから、特に何かを言うつもりはない。
ただ万が一の事を考えて、それらしく振る舞う。
歩み寄り、秋蘭と御互いに抱き合う格好になる。
そして、その耳許で囁く様に会話をする。
「…秋蘭、気付いているか?…」
「…北西の山中に有る少数の反応ですね?…」
「…ああ、数は全部で十五…
…一人を十四人が追い掛けている感じだな…」
「…っ…斥候に出した者でしょうか?…」
「…いや…その可能性は無いな…
…恐らくは彼方等側の関係者だろう…
…先ずは其方に行ってみるつもりだ…」
「…判りました、御気を付けて…んっ……」
斥候が見付かり、他が討たれ、一人だけが。
そんな悪い状況を想像したのだろう秋蘭。
まだ感知の範囲も精度も途上の為、何と無くの数が固まっている様にしか判らない。
それ故に足りない部分は推測による想像で補う。
だから俺に断言されると安心出来る訳だ。
まあ、飽く迄も俺が感知出来る範囲でなら、だが。
少なくとも、この一人は宅の斥候ではない。
何故なら、まだ未熟ではあるが、その氣の純度から天賦を感じる事が出来るからだ。
そして、それが判る様に為ってなら、出逢った者で天賦の純度の氣を持つ者は俺と咲夜以外では華琳達──つまり、原作のヒロイン達だけ。
その事からしても、これは間違い無く、フラグ。
攻略開始の為のルート確立イベントだと言える。
…まあ、面倒事には変わらないけどね。
俺の実力を知ってはいても、妻として、女として、身を案じる様に秋蘭はキスをしてくる。
本の少し強く抱き締めれば、俺の胸板で圧し潰れる柔らかさに思わず押し倒したくなる。
勿論、時と場所と状況は選びますが。
今夜──何事も無く時間が出来たなら、たっぷり、ねっぷりと愛してあげますからね。
秋蘭達と分かれ、俺は言った通りに北西の山中へ。
南西から北東に掛けて流れる谷川が郡境。
その手前まで、一団は迫っていた。
「────きゃああぁっ!?」
「──っしゃあっ!、俺の勝ちだなっ!」
「糞っ、此奴かよ…」
「ああ゛ーっ、最悪だっ、畜生っ」
「お前を信じてたのにっ、役立たず!」
「るせぇっ!、こういう日も有るんだよ!」
「どんな日だよ!」
「喧しい!、さっさとしろっ、馬鹿共!」
「チッ…運の良い奴め…」
「実力実力、運も実力の内なんだからな~」
「…ほれっ」
「判ってるっての、ったく…」
「──っと、へへっ、毎度有り~」
悲鳴を上げて転倒した少女。
少女の後方では、弓を構えていた男が拳を握り締め勝鬨を上げる様に声を弾ませた。
だが、男の射た矢は少女を捉えてはいない。
少女の側を通り抜け、地面に突き刺さっていた。
しかし、それで男には十分だった。
何故なら、男は他の仲間達と賭けをしていたから。
“誰が矢を当てずに転倒させられるか”で。
十四人の内、五人が実施者。
残り九人は誰が勝つかを予想して賭けていた。
実施者達は勝者に掛け金を払い、予想者達の場合は当たれば外した者達の分を均等に山分け。
予想者が居なかった場合、該当する実施者の総取りという内容だったらしく、勝者となった男の元へと全員が掛け金を支払っていた。
そんな自分を玩具にして弄ぶ男達へと振り返って、睨み付ける事もせず只管に前へ進もうとする少女。
それは生への渇望でも死からの逃避ではない。
“背負う使命”の為に生き延びる覚悟故の前進。
惨めだろうと、嘲笑われようと、構いはしない。
転ぼうが、汚れようが、傷付こうが関係無い。
此処で止まる訳にはいかない。
此処で諦める訳にはいかない。
「私には…成すべき事が有るのだからっ…」と言う声が聞こえて来そうな強い意志。
その姿に自然と口角が上がる。
強く、逞しく、花咲く時を待ち侘びる気高さ蕾。
生かしておく価値等有りはしない塵野郎共。
その何方等に対しても、である。
「さっさと此処を捕まえて帰る…か?………は?」
賭けに負け不機嫌に為りながらも、恐らくは本来の目的である少女の捕獲を完遂しようと近付いた男。
土と草の地面を這い擦る蛇の様に動く少女の身体を捕まえる為に右手を伸ばす──が、男の右手は少女の身体を掴む事は無かった。
トサッ…と草と土を鳴らしたのは男の右腕。
肘から先が落ちていて、思い出す様に血が噴いた。
「──ぅっ、腕がっ!?、俺の腕がああっ!?」
「なっ!?、まさか狙われたのかっ?!」
「馬鹿かっ!、矢で切り落とせるかよっ!」
「死にたくなけりゃ警戒しろ!、円陣を組め!」
「糞っ、槍持ちかっ!、近くに居るぞっ!!」
「いやいや、それもハズレだな、剣だよ、剣」
「はあっ!?、んな訳有るかっ!
誰も斬った奴を見て無ぇんだぞっ?!
どう遣って斬ったってんだっ!」
「んー…こう遣ってかな?」
『──────────────────は?』
一人だけテンションの違う声が混じっていた事に、漸く気付いた男達が背中合わせで周囲を警戒する、その中心に立つ俺に振り向いた。
その瞬間、最初に目が合った奴を始点に一回転。
一瞬で、一振りで、男達の首を切断した。
捻る身体の勢いのままに回転しながら地面へ落下し十四の屍が地面を赫く染めてゆく。
断末魔すら許しはしないが、苦しみも微々たる物。
腕を斬られた奴が一番不運ではあるけどね。
「さてと…お~い、生きているか~?」
「………………………ぇ?…………ぁ、ぁ………」
必死に、無我夢中で這いながら進んでいた少女へと近寄って声を掛ける。
俺の顔を見上げ、呆然とし、涙と笑みを浮かべて。
少女は静かに意識を手放した。
緊張の糸が切れたのだろう。
少なくとも原作での彼女からは想像し難い姿。
それだけに心労と負担は大きかった事だろう。
だが、その反面、原作とは違う力強さを見た。
好ましい姿勢が彼女を更に魅力的に見せる。
俺は彼女を抱き上げ、秋蘭達の元へと帰る。
──前に、一旦彼女を下ろす。
男達の所持品を回収し、素っ裸にして傷等の特徴の有無を確かめてから、予め側に掘っておいた穴へと男達の屍を入れ、土を被せて埋める。
そして、屍を氣で加熱する。
そうすると、どうなるのか。
答えは単純で、腐敗が一気に進む。
同時に土中の菌を集めて活性化、分解を促進。
僅かに盛り上がっていた土が周囲と比べても一目で判らない位になれば十分。
分解で出たガスを抜いたら、後始末は完了。
自然に優しい、食物連鎖に倣った技法です。
改めて彼女を抱き上げると──少しだけ寄り道を。
彼女が気を失っているから、好都合だしな。
氣だけではなく、自分の目で、耳で確かめたい。
その違いが役立つから。