交重の縁
「一人では無理な事も、皆と一緒なら出来る」と。
そういった台詞をスポーツ漫画等で目にする機会は少なくないとは思う。
スポーツマンシップに則った精神理念の代表格。
チームスポーツに限らず、支えてくれる人達の事も含めていると思えば素晴らしい考えである。
だがしかし、その一方では自立心や責任感の欠如、他者に対する依存や執着といった弊害も生む。
勿論、皆が皆そうではないのだが。
そんな素晴らしい概念も押し付けでは無意味。
自らが考え、気付き、理解して初めて。
漸く、真のスポーツマンシップへと至る訳だ。
それはつまり、メディア対応として教えられる様な簡単な事ではなく、様々な経験で実るもの。
世の中の多くのスポーツ選手の対応が素晴らしいと評価される一方で、それ以上に問題を起こす。
それこそが、スポーツマンシップの欠如の証。
本当の意味での人間性の成長が未熟な証。
しかし、それが社会の流れの一つであるのなら。
個人を責めるべき事ではないのだろう。
それこそ、「一人ではなく、我々全員の責任だ」と本来であれば言うべきなのではないだろうか。
こういった意識の変化は世の常ではある。
しかし、だからこそ、判断基準もまた見直すべき事なのではないのだろうか。
人の築いた概念は、決して完璧ではない。
完璧には成り得ない、独善的な物なのだから。
謙虚に、冷静に、柔軟に、視野と思考を広げて。
本当に大切な事が何であるのかを。
一人一人が考えるべきではないだろうか。
それこそが、真の世界平和への道程。
真の尊重と思い遣りに繋がるのではないだろうか。
現在を生きる者の、未来へと繋げる事の責任。
それは誰か一人が背負う事ではなく。
全ての人々が共に背負うべき事なのだから。
「………………ん………じ………忍っ、朝じゃぞ」
「……ぅ…んっ……もう、そんな時間か?…」
身体を揺らされ、気怠さの中、重い目蓋を開ければ俺を見下ろしている祭の顔が有る。
「やれやれ…困った奴じゃのぅ」とでも言いた気な苦笑を浮かべているが。
しっかりと密着させる身体からは深い愛が滲む。
朝から元気な愚息を躾る祭の手腕は素晴らしく。
百戦錬磨の我ですら、骨抜きにしよるとはのぉ。
…黄公覆、恐ろしき女よのぉ…。
──何て馬鹿な事を考えているのが伝わったのか、キュッ!と首を絞められる愚息。
済みません、直ぐに起きますから!。
「眠い気持ちは判るが急がねば“溢れる”ぞ?」
「…そう、だな……~~~っと…よし、行くか」
呆れた様に半眼で見ながらも朝の挨拶をする祭。
それがスイッチであるかの様に意識が切り替わる。
大きく背伸びをして、固まっていた筋を解す。
本当は、ゆっくりと遣りたいのだが仕方が無い。
のんびり柔軟をしている時間は無いからだ。
直ぐ様、俺達は拠点にしている洞窟を出ると近くで最も背の高い木へと駆け上った。
それから5分と経たない内に、洞窟は水没した。
「…何度見ても、奇妙な光景だよな~…」
「そうじゃのぅ…これも単純に景勝として考えれば確かに素晴らしいのじゃが…
命が懸かっているとなると流石にのぅ…」
そう言いながら二人で見下ろすのは全く濁りの無い透明な水の中に沈む景色。
それはまるで、湖に沈んだ森の様に神秘的であり、朝靄も相俟って幻想的でもある。
どういう現象なのかは解らないが、夜が明ける前の凡そ1時間程、この世界は水没する。
地面から染み出るかの様に予兆も無く水が溢れ出し水位を増していき、世界を覆う。
俺達の知る一番低い地表からだと10mを超す。
その為か、森の木々は妙に背が高く、幹が長い。
まるで傘を開いた様な形に枝葉が揃っている。
だから、此処で迎えた最初の朝はパニクったよ。
祭との激しかった初夜を終え、眠っていたからね。
二人とも、びしょ濡れで避難したのが懐かしい。
まあ、此処に来た時、先ず木々の特徴に気付ければ違っていたのかもしれないが。
それは後からの“たられば”でしかない。
取り敢えず、生きているのだから良しとする。
「さて、先ずは腹拵えじゃな、ほれ」
「ん、有難う、祭」
並んで枝に腰掛け、そんな景色を見ながらの朝食。
此処に来てから早一ヶ月が経つ。
現世では華琳が捜索隊を指揮している頃か。
そんな事を祭と話しもする。
二人きりだし、主従よりも夫婦関係が強く出る為、今では祭は俺を敬称無しで呼ぶ。
勿論、公的の場や、そういうプレイ中は別だが。
まあ、何だかんだで運命共同体だからね。
そういう意味では変な距離感や壁は早々に消えて、御互いに気安い現状に落ち着くのは必然だろう。
俺としても原作のイメージは強い訳だから、祭から“様付け”されると変に擽ったい。
だから、今の関係は居心地が良い。
………まあ、一ヶ月も二人きりですからね。
その分、其方の密度も自然と濃くなる訳でして。
問題は、その辺りの事を何と皆に説明するのか。
正直、それが一番頭の痛い問題なんですよね…。
そんなこんなで水が引き始めるのを見て動き出す。
木から木へ、枝や幹を足場にして跳び移りながら、広大な森の中を移動する。
この一ヶ月、爛れた生活をしていた訳ではない。
日中は食料の調達と、地形等の調査、そして白猪を探し出して色々と試してきた。
その結果、漸く倒す目処が見付かった。
あの白猪は日中しか活動せず、存在もしない。
夜間──日が沈むと影が闇に呑まれてしまう様に、白猪は姿も気配も消えてしまう。
そして、世界が水没し、水が引き始めるのと同時に世界には陽光が差し込み始める。
完全に水が引いた時には白猪は出現している。
ただ、出現自体は引き切る少し前から。
更に重要なのが、白猪は水に触れない様にする事。
まあ、最初に濡れた時の生気が抜ける様な感覚から考えてもヤバイのは間違い無い。
だから、白猪は避けているのだろう。
ただ、水に落として勝てるのかは不明だし、それで何が起きるのかも解らない。
其処で俺達は水を避けて動きが制限されている内に白猪を見付け出し、仕留める事にした。
多分、それが一番無難な方法だろうからな。
「──っ!、忍、居たぞ…」
祭の声に足を止め、指差した方向を見て、捕捉。
直径10㎞は軽く有るだろう広大な森ではあるが、その七割は低地だったりする。
その為、白猪の出現場所は三割に絞られ、尚且つ、白猪は十八箇所有る岩場の何れかに出現する。
その巨体が故に、木の上には上れないしな。
最も高い地面でも1mは水没する。
まあ、水を避ける白猪が岩場にしか出現しないのは当然と言えば当然の事だろう。
俺達は顔を見合わせ、頷き合う。
色々と試した、とは言え、それは情報収集。
つまりは、何が有効で、どういう存在なのか、等を見極める為の試験行動に過ぎない。
だから、本気で倒す為には仕掛けてはいない。
失敗して学習される可能性が少なからず有るのなら一回で仕留めるだけだからな。
当然、その為の準備もしている。
祭が木の枝と蔦で造った弓を構え、石の鏃の付いた木の枝の矢を番え、狙いを定める。
その射線上を邪魔しない様に俺は回り込みながら、白猪に近付き、水に濡れた小石を投げて気を引く。
案の定、小さな水滴でさえ、白猪は嫌い、俺に対し怒りを向け、容易く誘いに乗った。
初対面時に贈呈した“目潰し卵”を模した、胡桃に似た形の果物の硬い殻の中に水を入れた“水玉”を白猪にプレゼント・フォー・ユーッ!。
弾け散った水飛沫が限られた岩場で回避する白猪を狙い通りに誘導し、追い込む。
水位は下がっても、まだ十分に檻としては有効。
白猪が動きを止める。
その瞬間、祭の放った矢が白猪の左目を潰す。
悲鳴の様に叫ぶ白猪だが、それでパニックって脚を滑らせて水に落ちる程、愚鈍ではなかった。
痛みを堪え、狙いを察し、俺を睨み付ける。
無防備に祭に背を向けるのは毛が矢を弾くから。
だから、白猪は肉薄しようとする俺を威嚇する。
水が引き切れば白猪は自由に動き回れ、身体能力が拡大に向上する事は判っている。
つまり、この水時計が尽きるまでの僅かな時間が、俺達に与えられたタイムリミット。
臆する事無く突っ込んだ俺を迎撃する白猪。
突き上げる様に放たれた鋭い牙の一撃を身体を横に流して躱し、潰れた左の死角に入って擦れ違い様に前足に下段回し蹴り。
足払いの要領で体勢を崩すが、手応えは薄い。
本来なら一撃で軽く骨を砕けるのだが。
異常に柔軟で強靭な筋肉の鎧が邪魔をしている。
「浸透勁の類いなら…」と思わなくもないが。
それも普通の生物であれば、の話だからね。
レスリングの様に背後に回り、右後ろ足の関節部を破壊する様に逆関節に蹴りを入れる。
足裏から伝わる感触と白猪の絶叫で破壊を確信。
一旦飛び退き、其処に祭が矢を撃ち込む。
水玉が括り付けられている矢を。
岩に辺り弾け散る水飛沫が白猪の毛に掛かる。
すると、硫酸を浴びたかの様に毛が、皮膚が爛れ、白猪の身体は白煙を上げる。
三発、四発と続いた祭の狙撃で白猪は身体は重度の火傷を負ったかの様に為る。
しかし、致命的には至らない。
止めを刺す為に肉薄すると、白猪は俺を牙と鼻とで挟み込む様に捕らえ、祭の放った最後を遮る盾にし自分の身を護ろうとした。
その瞬間、思わず口角が上がってしまう。
俺は飛来した矢を掴み取り、残った白猪の右目へと思いっ切り降り下ろし、突き刺した。
岩を削り造り上げた“石槍”を。
眼球を貫き、脳へと達するには十分な長さ。
自ら逃げ道を潰した白猪は倒れ──活動を停止。
暫くすると白猪の身体は蛍火の様に無数の光の粒と為って空へと昇って消えて逝った。
白猪が消えると森の中に一本の道が現れた。
木々の傘に挟まれた真っ直ぐな道を祭と共に歩き、果ての霧の中に手を繋いで踏み込んで進んで行けば──気付けば、陽光が視界を染めた。
猪令山を下りて、兵達と別れた麓の村へと行けば、「早かったですね、どうでした?」と訊かれた。
どうやら、此方では一日と経っていないらしい。
──と言うか、多分、俺達が村を出てから三時間と経ってはいない感じだな。
…隔離世狭間…マジ、半端無ぇ…。
二度と行きたいとは思わないけどね。
「これはまた…何とも不思議な話じゃのぅ…
もしも、これが聞いたら話じゃとしたら…恐らく、儂は信じられぬじゃろうな…」
「証拠は無いしな…何かしら持って帰れば、実在を確信出来たんだろうけどさ
そういった“在らざるべき物”が原因で出られず、下手すると永遠に彷徨う可能性も有り得たんだ
それを考えると好奇心で危険は冒せないしな…
まあ、騒ぎに為らずに済んだんだ
それだけでも良かっただろ?」
「それは……まあ、確かにそうじゃのぅ…」
俺が言いたい事を理解し、祭は苦笑する。
いや本当にマジで、良かったと思う。
もし、僅か三日程だったとしてもだ。
俺達が行方不明になれば……華琳が何をするか。
血を見る事になるのは間違い無いだろう。
それに、こうして無事に戻ってきたとしてもだ。
心配しまくった華琳の事だ。
恐らくは、当分は俺の傍から離れはしないだろう。
……いや、下手をすれば俺は監禁生活になるな。
華琳により完璧に管理され、常に妻の誰か傍に居て俺の監視を兼ねて護衛をする。
そんな有り得たかもしれない未来に身震いする。
「それに俺は大切な愛妻を得られたからな
そういう意味では、探し当てられた訳だ」
「──っ!?、くっ…お、御主という奴はぁ~っ…」
色々有り過ぎて頭が処理し切れず、思考放棄をして平静を保ち、油断し切っていた祭を抱き寄せる。
──序でに悪戯。
彼方では大分慣れた様にしてはいた祭だが。
要は、“夢から醒めた”ばかりなのが、今だ。
だから、不意打ちをされ、真っ赤になって睨む。
「照れてる姿が可愛いぞ、祭」
「ぅ、煩いっ………それより、悪戯で済ます気か?
その気にさせたんじゃから、責任は取っ…んっ…」
「…んっ…ああ、勿論、そのつもりだよ」
とある義妹の
義兄観察日記
Vol.17
曹操side──
◇月■日。
最近の御兄様は神懸かっています。
いいえ、以前にも増して、と言うべきでしょう。
兎に角、今の御兄様は、幼い頃に御兄様が仰有った“無敵状態”なのでしょう。
正に、向かう所敵無しですから。
紫苑に始まり、春蘭・秋蘭の纏め喰い、そして祭と立て続けに一気に四人も妻が増えました。
勿論、御兄様とて男ですから。
雄の本能として、多くの雌を侍らすのは摂理。
それも力強くではなく、心を獲って、ですからね。
文字通り、心も身体も御兄様に捧げる訳です。
だから、問題など何も有りません。
それに……御兄様ったら、妻が増える程に激しくて私の時になんてゑゐ£ゑξζゑωжζゐδゐδж£
何にもしても、御兄様に妻が増える事は良い事よ。
それに、そろそろ恋と真桜も食べ頃よね。
フフッ…さて、どうしましょうかしら。
そんな何気無い日常の一場面。
何も可笑しな事など無く、順調だと言える日々。
しかし、最近、妙に気になる事が有る。
「──むっ…では……こう、かのぅ?」
「んー……それでも悪くはないんだけどな
基本姿勢取って……で、此処を、こう…」
「おおっ、成る程のぅ…うむ、僅かな違いじゃが、確かに肩への負担は段違いじゃな
それに、この方が狙いも付け易いわ」
「祭の場合、小さい頃からの癖なんだろうな
ほら、寝る時も枕にするのって大抵が左だろ?」
「……言われてみれば確かにそうじゃな
──となると、右も使う方が良いのかのぅ?」
「抑として、止めなさい
特に弓士にとっては肩回りの疲労や凝りは致命的、日常的に避けるべきなんだからな
どうしても枕が居るなら──俺がして遣るから」
「──なっ!?、ぉお、お主はまたその様にっ…」
「揶揄ったのは事実だが……本当の事だからな?」
「……馬鹿者っ…疼き火照ったではないかっ…
…しっかりと注いで鎮めて貰うからのぅ?」
「ああ、判ってるさ、俺に全て任せておけ──
──という所で、甲高い破滅の悲鳴が終焉を告げ、私の目の前で花吹雪の様に散々に破れて舞う。
──私の渾身の一筆である作品が。
「──ぁああ゛あ゛あ゛あ゛あぁあっっっ!!!!????
御兄様何をっ!?」
「「何をっ!?」、じゃないわあっ!
お前こそ何て物を書いてるんだっ!」
「創作は表現の自由ですっ!」
「俺と祭をネタにして書いてる時点でもう、人権と肖像権の侵害しまくりだっ!
──と言うか、祭は兎も角、この俺は何っ?!
俺、こんな気障な事言わないけどっ!?」
「いえ、ネタ元からの証言では近い事を言ったと
他にも似た様な証言は幾つか有りますので」
「マジでっ!?、全く記憶に無いんですけどっ?!」
「御兄様、言った側というのは大体がそうです
ですが、言われた側にとっては特別……ふふっ…」
「何言ったの俺えぇーーーっ??!!」
──side out