朝露の夢
“記憶”というのは誰にでも備わる能力である。
体験した事、学んだ知識、身に付けた技術等々。
一口に記憶と言っても、その詳細は多岐に亘る。
ただ、この記憶の能力が有るからこそ全ての生命は成長し、適応し、進化を遂げて来たと言える。
そう、記憶能力こそが人類が文明を持つにまで至る最大の要因である事は疑い様の無い事だろう。
しかし、記憶とは決して完璧な能力ではない。
当然ながら記憶力にも個人差は生じるのだが。
基本的に勘違いしてしまっている点が有る。
それは記憶と“記録”の違いである。
記録は事実を事実のままに残す事である。
科学が発展し、監視カメラの映像、通話履歴等々、犯罪の捜査等でも有力な手段となっている。
けれど、その一方では覆される歴史も多々有る。
だが、それは決して可笑しな事ではない。
何故なら、歴史というのは捏造され易いからだ。
抑、多くの歴史は権力者の意を反映し記されている可能性が非常に高いと言える。
ただそれは当然と言えば当然だとも言える事。
古来、歴史というのは権力者の歩みの記した物。
つまりは自伝的な“物語”の要素が色濃い訳で。
当然、その権力者にとって不都合な点は消されるか改竄・捏造されてしまう。
それは歴史という物は学術的な意味の記録ではなく政治的な道具として重要であったが故。
だから、あの比喩というのは間違いではない。
権力者が“歴史を創作した”のだから。
現代の様に著作権が有ったなら、印税は物凄い額に上っている事だろう。
もし、中立の、完全な第三者が歴史を記したなら、世の中の歴史の大半は違っていただろう。
だからこそ、多くの歴史が本当に正しいとは言えず多くの歴史学者達が検証を続けている。
闇に葬られた真実を知る為に。
そして、記憶もまた歴史と似ている。
記録と違い、記憶とは劣化し、それを補おうとして誤った補修が為される事が有る。
「それって、確か…」「え?、そうだっけ?」等と会話をした覚えが誰しも一度は有る筈。
記憶は記録と違い本人の意識が強く反映される。
その為、優先順位・重要性が生じるからだ。
勿論、記録とて絶対ではなく、意図的に改竄・捏造される事も珍しくはないが、それは人為的な事。
決して無意識に行われる事ではない。
その点で言えば、記録の改竄・捏造と多くの歴史は非常に近い犯罪だと言えるのかもしれない。
記憶というのは生命にのみ与えられた能力だ。
創作物では時に“物の記憶”という言葉や概念等が用いられる事も有る訳だが、それらは正しく言えば“非生命に刻まれた記録”である。
生命の記憶とは違い、非生命の場合には機械同様に事実を記録しているのだから。
其処には主観や感情・意思は介在しない。
それ故に記録は正しいと言える訳だ。
逆に、生命の記憶は時に曖昧になる物である。
それは何も可笑しな事ではない。
何故なら、生きる上では時として忘れる事も必要な場合が少なくはないからだ。
記憶とは、記憶を持つ生命の足跡である。
そして、それは共有したり開示する物ではなく。
飽く迄も、固有の情報の一つに過ぎない。
それ故に記憶を頼りにし過ぎる事は危うい。
思い込み・勘違いでは済まない事にも繋がり得ると認識しているのだろうか?。
自分の記憶を過信せず、冷静に判断出来る事。
それが本当の意味で、記憶を有効活用する第一歩に繋がるのではないだろうか。
(……………あー…もう朝かぁ…)
気怠さが残る身体に意識が拡がって行く。
不思議な物で、どんなに規則正しい生活をしても、この寝起きという瞬間にだけは慣れが来ない。
勿論、寝込みを襲われれば反応は出来るのだが。
普通に寝て起きる分には何故か慣れない。
別に低血圧だという訳でもないしね。
只単に寝起きは全体的に鈍くなってしまう。
まあ、特に問題は無いんですけどね。
そんな俺の左側──左腕を枕にしている者が居る。
その重みと温もりを感じると自然と口元が緩む。
──と、閉じていた唇が僅かに開き呼吸が変わる。
小さく身動ぎすると共に閉じていた瞼が開いた。
焦点の合っていない赤紫色の瞳に俺の顔が映る。
「……………………?」
「おはよう、“春蘭”、身体は大丈夫か?」
「…………………………………………………………………………………………………………っ!!!???」
寝惚けたまま小さく首を傾げていた春蘭だったが、記憶の糸を手繰り、思い出した様だ。
今にも跳ね起きそうな程に目を見開いた。
──が、其処は原作の夏侯惇を知る俺です。
春蘭が反射的に動くよりさきに左腕で抱き寄せると唇を塞いで逃がさない様に捕まえる。
羞恥心も有り軽いパニックに為っているのだろう。
春蘭の息遣いは乱れている。
だが、決して俺を突き飛ばして逃げ出そうといった様子は無く、次第に春蘭の方から求め始める。
──と、右腕から重みが消え、愚息を掴む掌が。
視線を送れば、「私は仲間外れですか?」と拗ねる様に俺達を見ている“秋蘭”が居た。
いや、そんなつもりは無いんだけどね。
…まあ、今は口では言えないし、言ったとしても、素直に納得してくれるとは思いません。
だから右腕で秋蘭の腰を抱き寄せ、続きを促す様に少し汗ばんで火照っている肌に指先を滑らせる。
朝チュンならぬ、昼チュンになりそうでした。
いや、一回火が点くと競争意識が強いんですよ。
春蘭にしろ、秋蘭にしろ負けず嫌いですからね。
双子で、姉妹だからと言って簡単には譲れない所が有るのは仕方有りませんが。
……まあ、其処は俺も考えないとな。
身支度を整え、簡単に部屋の片付けを終えてから、二人と一緒に寝室を後にする。
細かい仕事は侍女さん達に御任せな訳ですが。
ずっと自分達だけで生活をしていますからね。
頭では「それが彼女達の仕事だから」と判ってても後ろめたい気持ちが少なからず有ります。
しかも、俺の場合、粗毎日の事ですからね。
…相手が違うとは言ってもです。
彼女達の「流石で御座います」といった意味不明な尊敬の眼差しは変に刺さります。
……まあ、「出来れば、私にも…」的な期待を含む視線よりかは増しなんですけどね。
俺、其処まで見境無しじゃないですからね?。
「二人共、身体は大丈夫か?」
「──ひゃっ、ひゃいっ!」
「…姉者、恥ずかしいのは判るが、落ち着け
見ている此方まで恥ずかしくなってくる」
「…ぅっ……す、すまん…」
過剰に反応する春蘭も秋蘭に言われて落ち込む。
そんな春蘭の頭を撫で、「仕方無い事だからな」と言外に伝え、慰めてやる。
実際に春蘭が悪いという訳ではない。
ただ少しばかり他人よりも春蘭が初なだけだ。
恋愛には奥手で不器用なんですよ、春蘭って。
それを理解していて揶揄う──弄るネタにしている秋蘭は少々苛めっ娘気質なんだろう。
実際、春蘭は甘えまくりだが、秋蘭は焦らしたり、主導権を握りたそうにしていた。
勿論、昨日まで処女だった相手に主導権を渡す程、俺も容易い訳が無いんですがね。
ただ、本当は別々に誘うつもりが、何方等が先かで姉妹喧嘩に発展しそうだったんで二人一緒に。
まあ、先にしたのは春蘭からでしたが。
其処は秋蘭にも狙いが有って譲っていた訳で。
春蘭と一回した後、秋蘭とは続けて三回。
ええ、要するに初な春蘭がダウンした後、ゆっくりじっくりと俺を独占しようとした訳です。
…まあ、直ぐ傍に居る訳ですからね。
三回の最中に目覚めた春蘭が再び参戦してきた事は言うまでも無いでしょう。
…にしても、二人共に結構タフでした。
「フフッ…忍様、私は何時何処でも構いません
もっと沢山して下さい……んっ……ちゅっ…」
「──っ!?、ず、狡いぞ秋蘭っ!、私もですっ!」
強請る様に抱き付き、キスしてきた秋蘭。
それを見て、悄気ていた春蘭は対抗心を燃やす。
姉妹だからこそ、負けたくはない。
そういう気持ちが春蘭を突き動かす訳だ。
尤も、秋蘭の方は判ってて遣ってるんだけどな。
これをネタにして揶揄うつもりだろう。
その気持ちは判るけどな!。
先日の紫苑の時と同じ様に、昨日もデートから始め夜には二人を寝室に迎えた訳ですが。
ほら、一対一じゃない訳ですよ。
だからね、どうしても両手が塞がる訳です。
そうなると必然的に生じてしまう訳です。
そう、「あーん」のループ・コンボが。
多分、あれも含めての秋蘭の狙いでしょう。
春蘭には出来そうに有りませんから。
あ、脳筋って意味じゃないですからね?。
それだけ初で不器用で奥手だって事です。
まあ、そういう意味だと二人一緒で良かったかな。
多分、一対一のデートだと夜も含めて春蘭は途中で気絶していたかもしれないし。
下手すると堪え兼ねて逃走したかもしれない。
二人きりに耐性が出来るまで時間が掛かるとなると秋蘭とは大きく差が開いただろうな。
或いは、秋蘭も待たされるか、だ。
その辺りを考慮すれば秋蘭としては待ちたくないし春蘭を気遣う気持ちも有ったんだろうね。
──とは言え、何事も遣り過ぎは禁物だからな。
“おかわり”無しで一回ずつキスをして終わり。
下手に付き合うと脱線して炎上するからね。
再び歩き出しながら二人に注意をしておく。
「…判ってるとは思うけど、一応言っとくぞ
穏とはまだなんだから穏を刺激する真似は禁止だ
その辺りの線引きには気を配ってくれよ?」
「それは勿論ですが…穏様は華琳様と同じ歳ですし招かれても別に可笑しくないのでは?」
「年齢だけ見ればな
──と言うか、お前達が忘れて、どうするんだ
穏は俺と出逢うまでは病床に伏していたんだぞ?」
「「────ぁっ…」」
おい!、春蘭だけじゃなくて秋蘭までもかよ!。
それはまあ、以前と比べたら今の穏は元気一杯だし再発の可能性も無く、鍛練も頑張ってるけどさ。
それでも、本の半年近く前までは一日一日が全て、明日をも知れぬ身だった訳だからな。
幾ら今は俺達が傍に居られる状況だとは言っても、基本的には無理はさせないのが大前提だ。
「…はぁ~……ったく、色惚けも程々にな?」
「はぅっ!?」
「……返す言葉も御座いません…」
まあ、色惚けさせた原因が言うのも何だけどさ。
自分の幸せを考えるのは悪い事ではないしな。
それに関しては俺も推奨している側だ。
ただ、穏が自分達と同じだと考えてはいけない。
その気持ちは同じでも、身体は違うのだから。
「それとな、華琳は特別だからな?
氣に関しては俺達と一緒に習い始めたから別だが、華琳の身体能力の高さ、健康と丈夫さは幼少期から俺と一緒に居て育ったのが大きい
だから、同じ歳で体格的には華琳よりも大きくても華琳より健康で丈夫かと言えば、否だ
恐らく同年代で華琳以上の者は男女問わずに見ても先ず居ないだろうからな
勿論、その要因には華琳自身の自己管理能力が高い事も有るのは言うまでも無いけどな」
「……確かに…そうですね
華琳様の健康管理の意識には私達も学ぶ事が多く、生活習慣の改善にも助言を下さいましたから…」
「…まあ、その自己管理能力が“何時でも問題無く俺の子を産める様に”でなければなぁ…」
「成る程、それは妻としては重要な事ですね」
「いや、普通に健康管理は大事だからな?
それが主目的じゃないからな?」
「ですが、その方が忍様も安心出来ますよね?」
「………………否定は出来無いな…」
そう言うと秋蘭は小さく揶揄う様に笑った。
俺の葛藤──と言うか、答えに困った理由が何かを正確に察したからだろう。
まあ、アレですよ…何だかんだ言ってても、正直に言ってしまえば、俺も男ですからね。
致したい事は否定出来ません。
白蓮に限らず華琳達の事も愛していますから。
だから、妻達が健康で居てくれる事は大きい。
子供が出来た時は勿論、それまででもね。
それを理解したから秋蘭は挑発的に笑った訳で。
意訳すれば「だから、何時でも構いませんよ?」と春蘭には判らない様に俺を誘っている。
姉の事は大切だが、それはそれ、これはこれ。
秋蘭にも二人きりになりたい気持ちは有る訳です。
夏侯惇side──
幼い頃から私は強くなりたいと思っていた。
亡き祖父の、亡き祖母の、亡き父の、亡き母の。
その背中を目指し、自らを鍛える日々だった。
そんな私の強さに理由が生まれたのは穏様に逢い、守るべきものが出来たからだ。
勿論、ただ一人の肉親である秋蘭の事もだ。
しかし、そんな私の強さは不甲斐無い星に弱く。
「こうするしか仕方が無いんだ…」と自らに対して言い聞かせながら、謀略に荷担してしまった。
だが、その過ちこそが私達の最大の転機となった。
徐恕様──忍様によって私達は救われた。
暗く閉ざされていた穢された筈の未来が繋がった。
そして──私は生まれて初めての恋をした。
いや、初めてだから恋かさえも不確かだが。
少なくとも私には他に自分の想いを呼称する名前が思い浮かびはしなかった。
まあ、そんな事は気にする事ではないのだが。
問題は私自身の“女らしさ”の無さだ。
自慢ではないのだが、昔から「そんなに強くなって嫁の貰い手が居なくなったら、どうするのよ?」と歳の近い女友達からは言われていた。
その度に「私は嫁になど成らんっ!」と言っていた自分を殴り飛ばして遣りたい。
…つまり、好きな男が出来た訳だが。
一体何をどうしたら良いのか判らないのだ。
ただ、忍様は武一辺倒の女である私を否定はせず、逆に色々と御指導してくれる。
鍛練中は集中し、気合いで堪えているが。
一人になると忍様に触れられた場所が堪らなく熱く火照ってしまう様に感じていた。
忍様を知れば知る程、強く惹かれてゆく。
女として忍様に抱かれたい、御子を授かりたい。
そんな想いが日増しに積もり積もって膨らむ。
そして、想いが実る日が遣ってきた。
紫苑が先だったのは………年功序列という事で。
そう、決して、日和った訳ではない。
それは兎も角、私は秋蘭と一緒に忍様に抱かれる。
着て行く夜着にも下着にも華琳達に助言を頂いて、頑張って自分なりに考えて選んで買った物だ。
だから忍様に誉められただけで嬉しくなる。
武一辺倒だった私だが、漸く女らしくする楽しみが理解出来た様に思えた。
「…んっ…ぢゅぢぢっ…ぅぐっ……んぢゅぅっ…」
忍様に抱かれ、身体の奥から熱が吹き上がる様に、私の意識を幸福感と快感が白く染めた。
小さく揺れる寝台に気が付いた私が見たのは秋蘭が忍様に“御奉仕”している姿だった。
何でも女が男にする愛撫を、そう呼ぶらしい。
情報元は既に子供が二人も居る同い年の女友達だが正直に言って信じてはいなかった。
昔から色々と私を揶揄ってくる奴だからな。
しかし、実際に気持ち良さそうな忍様の顔を見ると間違いではないのだと判る。
勿論、個人差は有るのだろうが。
──と、私に気付いた秋蘭が目で言ってくる。
「フフッ…姉者には無理だろう?」と。
確かに勇気が要る行為だ。
だが、秋蘭に負けたくはなかった。
何より──私も忍様に喜んで貰いたい。
だから闘志を燃やして私は挑む。
剣の柄なら握り慣れているからな!。
──side out