50話 それは今や国民食
季は移ろい、時代は変わり、刻は流れ行くもの。
停止する事は無く、ただ過ぎ去ったが故に不変たる事実として、記憶や思い出として遺るのみ。
それを如何様に受け止めるのかは、人各々。
ただ、その中でも多くの人々が懐くものが有る。
“永遠”──有限であるが故の渇望であり、幻想。
生きて百年程の人間の懐く、分不相応な憧憬。
それを得たとして、“死なないだけ”の存在になど何の価値も有りはしないというのに。
人間は何百年、何千年と変わらぬ幻想を求める。
夢物語は空想の中だけに留めればよいものを。
それに魅入られて狂い、外れてしまう者が出る。
それもまた人間が故の可能性なのだろう。
しかし、それにより世界を歪めるのは頂けない。
目的の為の手段が及ぼす影響が強い場合、結果的に手段により獲られる筈の成果が無くなるという事に気付く事さえ出来無いのだから。
当然と言えば当然だが、その手段による成果とは、考えた時の“現状のまま”である事が大前提。
それなのに影響を受けて変異してしまった状況下で想定した成果が獲られる訳は無いのだから。
そんな単純な事にさえ気付かなくなる程に。
永遠という幻想は甘露であり、猛毒である。
「──では、そういう事で皆様、御願い致します」
そう締め括った華琳の言葉に家臣となる皆が了承し挨拶をすると指示された仕事を開始する為に特設の会議場を出て行った。
残されたのは上座──この場合は主君の座る玉座を指す訳だが──に座る俺は沈み混む様に項垂れた。
電池の切れたオモチャが止まって倒れる様に。
深い溜め息を吐く気も起きない程に疲れた。
“啄郡ゲット大作戦・若苺を添えて”を遣り終え、事後処理を開始してから早一ヶ月。
啄郡では政治面での大改革が行われていた。
統治形態自体は基本的には変わらないが、各県令が統治県を持たず、郡太守の指示による統治をする。
つまりは“支部長”みたいな立場へと変更した。
それに関しては俺自身も知った時に驚いた事であり原作・歴史とは違い、郡太守と県令の関係が想定と違って政治的にも独立性が強かった。
その為、戦略SLGみたいな開始から攻めまくって次々と領土を拡大していく、という真似は出来ず、今回の様な良いタイミングを待っていた訳だ。
まあ、その辺は仕方の無い事だからね。
──で、俺が郡太守になるから、啄郡全体の統治の決定権を俺が持つ様にした訳だ。
勿論、全権を持つ訳ではない。
日常的な統治は県令が行い、重要な案件に関しては俺の方に話が上がってくる、というだけの事。
ただ、今まで個別に遣っていた公共事業を郡全体が連動・提携して出来る様にする為には不可欠。
また、そうする事で郡内──各県間の民の往来等が出来易い環境を整える事も可能になる。
人の往来は、商品の流通、経済の活性化に繋がる。
そう言った事を具体案を提示して話せば反対をする馬鹿というのは時代的には皆無に等しい。
抑、今の俺達に逆らう自殺志願者は居ないしね。
それでまあ、色々と遣る事が有るんですけど…ね。
華琳がプレゼンしたのは俺と白蓮達とが一緒に住み“育み易い環境”を整える、という内容だった。
いや、確かに必要な事なんですけどね?。
何で?、それで何で“新しい都を拓く”話に?。
ええ、啄県の南部、范陽寄りの場所に郡都を置き、全体に睨みを利かせる、というものです。
勿論、宅の華琳のプレゼンですからね。
俺が反論しそうな所は先に潰して来ましたよ。
唯一反論──と言うか、再考させられそうな点が、范陽に開こうとしている港街の件。
「それなら范陽に置いた方が…」と言い掛けたが、それでは白蓮の基盤でも有る啄県の民心が危うい。
そう、其処まで考えているから華琳は啄県の南部に位置を決めたのだろう。
遣りよるわ、我が愛妹よ。
──というのは、置いといて。
要は、華琳達も含め、イチャラブする為に、側から余計な人員を排除したいからだろうな、これは。
まあ、どの道、必要な事だし、白蓮の場合は後任に引き継ぐ時期が早まるだけの話だからな。
そういう意味だと可笑しな話ではない。
では何故、こんなにも俺が疲弊しているのか。
白蓮とは公認の仲だし、知られているのだが。
穏や璃々との仲を催促する“爺や”連中が居てね。
まあ、彼等も“婆や”からのプレッシャーも有って俺に訴えているんだろうけどさ。
それだけ二人の周りにも良い人達が居る証拠だから決して悪い事ではないんだけど…。
穏は兎も角、璃々とは流石に……ねぇ?。
合法ロリとは違いますよ?。
マジでロリですからね?。
それはまあ…そういう法律なんて無いですけど。
倫理的・道徳的に考えて「俺に任せろ!」だなんて軽々しく言えませんて。
勿論、本人達の気持ちは理解してますけど…。
ほら、色々と準備が必要なんですってば。
主に、俺の心の準備が、なんですけどね。
「いい加減、割り切ったら?」
そう声を掛けて来たのは唯一残っていた咲夜。
華琳達は仕事も有るし、気を遣っての事だ。
何だかんだで、咲夜は俺と一番遠慮無く遣り取りが出来る存在であり、それは互いに認めている。
前世という特別な繋がりは二人だけの秘密であり、運命共同体的な不思議な一体感が有るからな。
その辺を華琳達も感じ取っているんだろうし。
だから、この状況は可笑しな事ではない。
「…簡単に言うな、無責任過ぎるぞ?」
「無責任も何も…貴男の事だもの、手を出したなら最後まで責任を持つんでしょ?」
「それは勿論、男として当然の責任ですから」
「だからよ、あの娘達が積極的になれるのは
無責任な男に言い寄る様な馬鹿な女に見える?」
………見えませんよ、誰一人としてね。
でもね?、それはそれ、これはこれでしょ?。
……………まあ、結局の所、俺次第なんだけどさ。
うん、判ってはいるんですよ、一応はね。
皆に望まれ、求められているのは幸せな事です。
以前、咲夜には言いましたが、ぶっちゃけ応えたい気持ちは少なくないですからね、マジで。
でもね、だからこそ、色々と大事なんですよ。
本能──感情と欲求のままに、って訳にはいかない理由が多々有る訳です。
御都合展開のエロゲーではなく、現実ですから。
……ただまあ、漢升・公覆とは早めに子供を成した方が華琳達への影響や、軍将・重臣としての立場を考えると良いのは確かなんだけどね。
梨芹は二つ上だから三~四年は大丈夫だろうけど、二人は現時点での俺の妻・婚約者・嫁候補の中では最年長だから自然と精神的にも中心になる。
華琳や梨芹・愛紗でも、二人に対して頼ったりする部分は少なからず有るのだから。
それを考えると、早めに成すべきなんだけどね。
そう簡単な話でもないんですよ。
「…そういう貴男だからなのよ、ば~か…」
ボソッと呟く咲夜。
鈍感系主人公なら「ん?、何か言ったか?」展開でツンデレごっつぁんですなんだろうけど。
俺は聞こえていますし、反応も致しませぬ。
だって、反応したら絶対に炎上するもん。
──という訳で、現実逃避する様に切り替える。
考えても仕方の無い事に拘り続けても仕方が無い。
成る様にしか成らないなら、委ねるしかないしね。
それよりも、問題は郡太守と為った事の責任だ。
勿論、その責任を理解した上で俺は為ったんだし、啄郡自体を獲りに行った訳なんだけど。
それは飽く迄も“内側”の話で。
当然、外交という“外側”との事が有る訳です。
その点を考えると、ゆっくり出来そうにないので、自然と溜め息も出て来るんですよね~…。
「当面の問題は隣接している漁陽郡と遼東郡か…」
「広陽郡の“御姫様”に縁談でも持ち掛ける?」
「…お前は俺に死ねと?」
「刺されはしないでしょ?
まあ、腹上死はするかもしれない……事も無いわね
貴男なら一人増えた所で問題無いでしょうから」
……確かに一人増えたとしても大丈夫ですけど。
時間的な問題は解決不可能ですからね?。
そういう効果を持ってる特殊な術とか無いんで。
今なら人数的にも一晩で全員を相手に出来ますが、穏達も加わってくると……ねぇ。
三日位、俺も含めて全員が完全休暇状態でもないと無理ですから──時間的に。
まあ、それは兎も角として。
咲夜の言った御姫様とは月の事だ。
董家は広陽郡の名門であり、そして郡太守。
確かに俺との縁談──政略結婚ではあるが、それは大きな意味の有る事だとは言える。
広陽郡は内陸部であり、周囲を他郡に囲まれている事も有って孤立し易い立地だったりする。
啄郡とは漁陽郡を挟んでいるだけ。
だから俺との婚姻は御互いに支援し合う意味でも、他郡に対する意志表示としても意味が有る。
──とは言え、それは将来的な話の一つだ。
先ずは啄郡自体を発展・安定させる事が第一。
「その中には“子作り”も含まれるんだけどね?」
「…………」
「相手も望んでる事なんだから、気軽にすれば?
──って言って割り切れるなら悩みはしないか…
美点では有るけど、もどかしくもあるわね」
呆れた様な口調で俺の心を見透かす咲夜。
一々言うな、面倒臭い性格な自覚は有るんだよ。
…けど、母さんが亡くなった時に誓ったんだ。
一時の幸福に満足して気を抜けば掌から擦り抜けて零れ落ちて無くなってしまうって知ったからな。
だから、もう二度と、誰一人として、泣かせない。
──あ、俺にとって掛け替え無い存在を、だから。
言葉通りに誰でも構わずに、じゃないからね?。
そんな、何処の誰かも判らない、どうでもいい人の事なんて気に掛けてはいられませんから。
俺は勇者でも英雄でも善人でもない。
自分勝手で、利己的で、偽善者な、只の人間だ。
だから自分の為に、俺は戦うし、罪を背負う。
この身が赫く穢れ辛苦に染まろうとも。
絶対に逃げる事はしない。
それが、俺の人間としての覚悟だからな。
「……はぁぁ~~~………そう、だな…
俺も生きて、血を、意志を、時を繋がないとな
ああだこうだ言って逃げる訳にはいかない、か…」
「あら、やっと理解出来たの?」
「…反論したいが、止めとくわ
この件に関しては俺の弱さが原因だからな…」
「──っ……そうね、でも、それが人の生よ
初めから、産まれた時からの強者なんていないわ
傷付き、苦しみ、迷い、もがき、足掻き、悩んで、それでも歩き続ける事が、生きるという事…
繋がらずに存在出来る人は居ないし、繋がりが無く存在出来るのは人ではないわ
父が、母が、祖父が、祖母が居て、在るのだから」
「………遣れば出来るんじゃないか、残念女神」
「残念女神言うな!
──ったく、人が真面目に言ってれば…」
愚痴愚痴と拗ねた子供の様に頬を膨らませて呟き、その姿は以前の女神擬きよりも可愛らしく。
そして何より、活き活きしている様に思えて。
思わず口元が緩んでしまう。
…まあ、何だかんだ言っても、最終的には俺の方が咲夜を求める様な気がしてしまうのは…男の性か。
勿論、“不夜原 深咲”としてではなくてね。
──とは言え、そうなるのは先の話だろうけど。
少なくとも、自分の欲求で誰かを口説くよりも先に向き合って、受け入れて、応えるべき想いが有る。
待たせている分、俺としても優先度は高いしね。
「それよりもだ、カレーの試作品が出来たんだが、お前も食いに来るか?」
「──っ!…まあ、どうしてもって言うならね
食べ物に罪は無いんだし、勿体無いもの」
「……お前、ツンデレが下手過ぎるだろ?
自分で感じないか?、無理矢理にブッてる年増的な残念感を突き抜けた滑稽さを?」
「其処まで言うっ!?
それは私だって、自分にツンデレキャラが合ってるとは思わないけど…
だからって自分のキャラが今一判らないし…」
「キャラも何も自分らしくでいいだろ?
咲夜は咲夜、元女神も、姿の元ネタも関係無い
此処に在るのは司馬防としての、お前なんだしな
下手にキャラ付けするから駄々滑りすんだよ」
「──っ……悪かったわね、駄々滑りしてて…」
「拗ねるな拗ねるな、カレー食わせてやるから」