49話 生と死と命
「子供の頃の夢は何でしたか?」と。
ある程度──十五歳を過ぎた位から訊かれ始める。
それまでは「将来の夢は?」としか訊かれないが。
希望と目標が判るからこそ。
そういう様に訊き方も、訊く内容も変わる。
幼い頃に抱いた希望は人の夢、儚い物である。
多くの人々が夢破れ、現実と向き合って生きる。
抱いた夢を叶えられるのは、本の一握り。
ただ、抱いた夢の内容次第では、実現する可能性は大きく変わってくる事だろう。
「将来はプロ野球選手に成りたい」と言う子供と、「何時か、御腹一杯松阪牛の焼き肉が食べたい」と言う子供とでは何方等が実現し易いのか。
そんな事は言うまでもなく後者だろう。
何しろ、お金さえ有れば叶えられるのだから。
真っ当に働き、コツコツ貯めていけば叶う夢だ。
才能も、運も、人脈も必要とはしない。
夢破れて傷付きもしない、良い夢である。
勿論、前者の様な夢を抱く事が悪い訳ではない。
ただ、時に親が強いたり、押し付ける事も多いのが前者の類いの夢だったりもする。
この手の夢を叶える為には必ず犠牲・代償が必須。
子供であれば、友達と遊ぶ時間・流行りのゲーム等普通に楽しめる事を、それに割く時間を、夢の為に只管費やしていかなくてはならない。
親であれば対人関係、金銭的な事、自分の趣味等を子供の夢の為に第一に考えなくてはならない。
其処まで遣って──それでも可能性の低い夢。
努力だけでは手の届かない、才能の先。
“こうすれば成功します”という方法は無い。
才能が有れど、夢破れる者は多いのだから。
だから子供の性格や才能の変化を親は見詰め続け、寄り添いながら理解してあげなくてはならない。
その為には子供とのコミュニケーションを密にし、しっかりと取っていなければならない。
「今は忙しいから後にしなさい」「それは止めて」「それを先に遣って置きなさい」という親の言動は子供の自主性を奪う第一歩。
だからこそ、きちんと子供の目線になる姿勢が親に求められる第一条件とも言えるのだろう。
夢を叶える、というのは本当に難しい事である。
しかし、夢を抱く事が、子供の成長には繋がる。
良くも悪くも経験を積み重ねなければ、人の成長は有り得無い事であり、難しいのだから。
「先ずは皆、お疲れ様、良い動きだったよ」
俺は抱き付いて頬擦りしている恋の頭を撫でながら白蓮達を見回しながら労いと称賛の言葉を贈る。
素直に「有難う御座います」という穏や璃々。
「そう言われてもなぁ…」という表情の君達。
その素直さを見倣いなさい。
愛の営みの時には、あんなにも素直のに。
…まあ、そんな事を考え過ぎているとバレるから、思っても直ぐに消し去りますけどね。
“女の勘”って一種のチートでしょう。
それは兎も角として、愛紗・梨芹を除き主要な面子──女性ばかりだが、揃っている。
自信は有っても、不測の事態は起きる。
だから、怪我等も無く揃っているだけで安心する。
ただ、表情の堅い二名が俯いている。
「…流琉、季衣、本物の戦を経験した感想は?」
「…っ……正直、怖かったです
敵が、ではなくて…私自身の振るう力が…」
「…いつも、当たり前の様に防がれたり躱されてる攻撃が物凄く簡単に当たって…沢山、死んでった…
こんなに簡単に人って死ぬんだって…怖かった…」
顔を上げ、そう言いながら二人は自分の手へ視線を落として恐怖を滲ませ──それでも、掌を握る。
二人の理解と覚悟に、俺達は小さく微笑む。
戦場に躊躇いや逡巡は必要ではない。
自らの行動の善悪を考える事は必要だが、始まった戦いの最中での迷いは致命的な隙を生む。
だから素早く決断出来る判断力と胆力が不可欠。
戦い勝つ為の思考、兵を守る為の思考は重要だが、自分が臨む戦い自体の意義や必要性等に付いては、戦場で考えてはならない。
それは戦う前か後にすべき事なのだから。
特に兵の命を預かる立場に有る者は、だ。
その事を二人が、俺達に言われずとも得心した。
それだけでも、この戦争には価値が有ると言える。
勿論、貰える物・得られる物は全部頂きますよ。
だって、俺達は欲の深い人間ですからね。
「そうだ、それでいい」と笑顔で示し、二人の頭を撫でて遣り、気負い過ぎない様に然り気無く促す。
抱え込み過ぎると、何時か必ず限界を越えて心身が破裂するからね、こういうのは特に。
だから上手く俺達がガス抜きして遣る事も大事だ。
自分で出来るなら、それが一番だけどね。
「さて、先ずは現状の確認からだな」
「なら、先ずは私から話すな」
俺の言葉に白蓮が率先して報告を始めてくれる。
こういう然り気無い内助の功は男には有難い。
仕切ってくれるなら、それはそれで楽なんだけど。
その場合は妻達の立場が微妙に為ってしまう。
原作通りの世界だったら気にしなかったのにね。
そんな事を頭の片隅で考えながら話を聞く。
公孫賛軍・陸遜軍・黄叙軍、何れも死者は無し。
軽傷者は三千人近くにはなっているが、問題無い。
後で俺と華琳と凪で纏めて治療するからな。
各々一ヶ所に纏めて貰って置けば手間も省ける。
──で、敵軍の方はというと。
洋宣・朴雄の両軍を削りながらも余力を残しつつ、方城県と北新城県、更に良郷県の県境が重なる所に追い詰めて、辛教の居る良郷県へと押し込んだ。
まだ戦力は一万ずつ程度は残ってはいるが、二人は辛教の協力無しには再戦する事も叶わない。
何しろ、戦は兵だけでは出来無い。
その兵を動かす為の物資や資金が必要だからだ。
治める領地を失った羊宣・朴雄は、そう長くは軍を現状のまま維持は出来無い。
今はまだ混乱や恐怖から付き従ってはいる兵達も、数日もすれば自分達が“敗残兵”だと気付く。
そして、可能性の無い元・県令と、圧倒的な新しい主君とでは何方等に“尻尾を振る”のが得か。
その程度の判断は容易に出来る。
特に羊宣軍の兵達の動きは顕著だろう。
朴雄軍の場合は朴雄自身に対する恐怖も有る。
だから「裏切れば離脱する前に始末される」という可能性が先ず頭に浮かび、躊躇する。
それでも、弱いからこそ結束して動くだろうが。
まあ、実際には兵の離脱が始まる前に二人は辛教に会って協力を求めるだろうけど。
その位の先見は有るだろうからな。
……ま、まあ、無かったら潰すだけだし。
「成る程、それなら予定通りに再編成後、各所定の位置へ移動と布陣を通達してくれ
但し、判っているとは思うが侵略はさせるな」
「ああ、勿論だ、私等は賊徒とは違うからな」
「はい、心得ています
私利私欲の為に民を苦しめる事は看過出来ません」
「そんな事、絶対に赦しません
民を守る事こそが、私達の責務ですから」
白蓮・穏・璃々が各々の言葉で意志を告げる。
理想だけの綺麗事を言っている訳ではない。
原作の蜀ルート、その洛陽戦後の両袁家軍の蛮行。
あの様な真似を許してしまう組織構造・集団認識を許容する理由など有りはしない。
“敗軍の民だから何をしてもいい”という間違った弱肉強食を、だ。
ただ、場合に因っては許容する事も政治だ。
俺達の場合、俺達自身が強いから統制が出来るが、張洛や羊宣の様な文官型の場合、行き過ぎなければ間違った蛮行でも目を瞑る事で士気を保たせる。
そういう遣り方が有る事は否定はしない。
その敗軍の民も軈ては自分の民となるという事実を理解した上で、火種を燻らせるのであれば。
個人的な意見で言えば、政治の一時凌ぎ最悪手。
“時間稼ぎ”と、その場凌ぎ・問題の擦り替えでは意味合いが全く違うのだから。
出来無い事は「出来無い」と言うのも政治家の器量であると、少なくとも俺は考えている。
それはそれとして。
戦争に置ける懸念は、手薄になった守備を賊徒等に突かれて民が犠牲になってしまう事だ。
此方は十分に備えをしているし治安の改善と向上、それが難しいなら現状維持に常日頃から力を入れて取り組んでいるから問題は無い。
だが、彼方等の領地に関しては話が違う。
はっきり言って、賊徒等の横行は日常茶飯事だ。
そして、民ではなく、権力者に害が及ばなければ、本腰を入れて動く事はしない。
小さな村邑が滅ぼうと、どうでもいい事。
否、増え過ぎた民の処理──口減らしの手段として放置されるというのも事実として存在する一面。
つまり、治安は局所的で、限られた一部の街だけが“一応は安全”というレベルなのが現実。
そんな事態の対処の為に予め準備をしている。
方城県には璃々の所から、北新城県には穏の所から別動隊が出て、既に事後処理を開始している。
そして、現在の駐屯地から良郷県との県境に沿って黄叙軍・陸遜軍の八割を各々四部隊に分けて配置し羊宣・朴雄が邪魔出来無い様に阻止する。
二県内の賊徒に関しては後回しになるが。
被害が出る前に村邑も護衛戦力は置ける計算。
当然だが、元々の領地である三県が手薄になる様な間抜けな指示はしておりません。
「…それで…正直な所、どんな感じなんだ?
辛教に助けを求めるのは間違い無いだろうけど…
辛教は動いてくると思うか?」
「可能性としては五分五分だろうな…
辛教の意図が──真意が何なのか、未だ解らない
張洛・羊宣・朴雄の様に判り易くはないからな」
「それなら、辛教が動かず、羊宣と朴雄を抱え込む──いや、その可能性は無いか…
二人を麾下に置いたら此方に追及出来る理由を与え攻め込める状況に為るだけだしな
「知らぬ、存ぜぬ」で通すなら始末するしかない
それ以外なら──」
「ああ、此方が動く前に、だな」
「その兆候は見えてるのか?
辛教は“失敗”の可能性が高いと踏んでいたなら、もう“待っている”筈だよな?」
「ああ…だが、残念ながら待機はしていない
少なくとも、これから一日以内に此方と当たる所に羊宣・朴雄の軍以外の反応は無いからな」
「…って事は…」
「最低二日は此処で待機、だな
動きが無いなら、三日目には辛教の居城まで一気に攻め込むから、それで今回の件は決着だ」
「…簡単って言えば確かに簡単なんだけどさ…
それはそれで、何か“嫌な感じ”だよなぁ…」
頭では理解しながらも、そう白蓮は呟く。
一瞬だけ視線を向けた咲夜と意思疏通。
「…これって“歪み”の影響じゃないだろうな?」「違う…とは言い切れないけど…違う筈よ、多分」「頼りないな、おい、仕事しろ、専属サポーター」「うっさい、私だって頑張ってるのよ」等々。
一瞬とは思えない遣り取りが交わされた。
「目っと目~で通~じ合う~」的に。
全く、色気なんて有りませんけどね。
ただまあ、白蓮も原作では真名持ち固有エピソード有りなキャラでは有りますからね。
史実的にも有能では有ったみたいですから。
そういう説明出来無い“直感力”が有ったとしても何等不思議でもない事だとは思う。
「普通の癖に…」とか言うな。
今は俺が魔改造している真っ最中なんだ。
篤と仕上げを御覧有れ。
「スッキリしない終わり方になるのも仕方が無い
戦争なんて物は勝とうが敗けようが後味は悪い
“勝利の美酒”なんて物は正々堂々と戦って勝った結果だから酒も美味くなるんだよ
戦争みたいな“何でも有りの大量虐殺”に酔う様な醜く歪んだ精神の持ち主なら別なんだろうが…
少なくとも、俺は酔える気はしないな」
「…そうだな、私も美味い酒は違うな」
「うむ、子瓏様と飲めれば美味いでしょうなぁ…」
「──っ!、ああ、確かにそうだろうな
なぁ、そう思うだろう、姉者?」
「…へ?、ぁ、ァあ、そうだな、そうだとも!」
「あらあら、それでは暫しの休息も兼ねて…」
「いや、飲まないからな?
流石に戦争中だから、俺は飲まないからね?」
然り気無く白蓮が熱い眼差しをくれたのに。
おのれ、公覆め、目敏い奴よ。
しかも、妙才とアイコンタクトで連携するとは。
決して皆の事は嫌いではないのだが。
何か…こうね?、色々と違う気がするですよ。
いや、俺も男だから好きです、大好きですけど。