48話 進む駒、弾く指
「助けを求める“心の声”を聞く事が大事です」。
そんな戯言を、何かしらの事件の度に報道番組等のキャスターや専門家が決まり文句の様に言う。
けれど、本当に一人だけでも“どんな人だろうと”心の声を聞く事が出来る人物が居るのであれば。
そういった事件は起きなくなるのだろうか?。
──否、そんな事は有り得無い事だ。
何故なら、その一人が先に病むか、過労死する。
その一人に負担が掛からない様にすれば、心の声を聞く対象者は社会的地位か財力・名声を持つ一部の特権階級に限られる事だろう。
そうなれば結局は心の声を聞いて貰えない大多数は重大な事件を起こす可能性を持ったまま。
根本的な問題点は何も解決しはしない。
それでは、どうするべきなのだろうか。
それには逆の対処──心の声を“聞く”のではなく“話す”事が出来る社会造りが大事だ。
発言一つに無数のコメントが群がる様に。
情報化社会では表現の自由・言論の自由が失われ、人々は自分達で生き苦しく、息苦しくしている。
勿論、失言や過激な発言を看過してはならないし、助長させる真似をしてもならない。
また、“自由”の履き違えをしてもならない。
自由とは決して“無法行為”を指すのではない事を多くの人々が今改めて再認識すべきなのだろう。
「助けて」と、本当に苦しむ人々が言える社会。
その為には古い社会観を破壊しなくてはならない。
母子・父子家庭の珍しくない今の時代、経済的にも精神的にも追い詰められ、結果、子供が犠牲なる。
そういった類いの事件も少なくはない。
事態を「知られるのは恥」「周囲からの差別視」等本人の意識だけでなく、社会性の問題であるのだと全ての人々が理解し、取り組まなくてはならない。
「自分には関係無い話だし」と言う人々も多い筈。
しかし、それは老若男女に限らない事。
そして、社会の中で生きる以上、どんな形であれ、そういった悪しき社会性は必ず側に潜んでいる。
文明が、技術が未熟だった時代。
其処では人と人の繋がりが本当に大事だった。
けれど、人類は発展と共に繋がりを希薄にした。
人と人が簡単に知り合える様になった時代。
本当に必要なのは便利さや利害ではなく、人と人の確かな繋がり、信頼関係なのではないだろうか。
自らの過ちを認め、是正する勇気。
同じ過ちを繰り返さない為の真剣な取り組み。
より広く、けれど身近の事も。
そういう視野と、寛容で誠実な精神が大切である。
「──という事を張洛が喋ってくれた」
「…良郷県の県令・辛教ですか…」
「良くも悪くも目立った噂を聞かない人でしたが…
こういった形で名を聞くとは思いませんでした」
「まあ、そうだろうな~…
私でも辛教に関しては大して情報も持ってないし、一番気にしない相手だからな」
俺の話を聞いた璃々と穏の感想に白蓮が苦笑する。
それは白蓮なりの気遣いだろう。
まだ県令という立場に就いて大きな困難を知らない二人にとって、今回の件は重過ぎる事だろう。
だから、気負い過ぎない様に、という事。
こういう所が白蓮の一番の魅力だと俺は思う。
「普通だ」「平凡だ」「器用貧乏だ」と言われるが技術的な事は指導して伸ばせる。
しかし、根本的な人間性は中々育て上げられない。
華琳達は良い娘に育ってくれてはいるが、その辺は華琳達自身の性格等に因る所が大きいと思うしね。
…まあ、俺の影響で変な歪みを抱えてるけどさ。
本当、世界の歪みより、家族の歪みを直したいよ。
それはそうと、当たり前の様に居る穏と璃々。
二人は各々、凪と真桜が単独で抱えて来た。
馬を使うよりも速くて、安全で、極秘に動ける。
まさに最高の送迎手段でしょう。
御利用を希望の方は、下記の電話番号まで。
電話番号なんて無いんですけど。
携帯は勿論、電話も電話線も有りませんからね。
「ほんで?、どないするん師匠?
数的には三対三やから一対一に持ち込むん?」
「いや、実質的には三対二だな
位置的に領土拡大が難しい辛教が参戦して来る事は考え難いから参戦の可能性は低いだろう」
「ですが、忍さん、それでは辛教の利は何ですか?
まさか、白蓮様への個人的な怨恨で、とか?」
「いやいや、止めてくれよ、凪
私に辛教に恨まれる覚えはないぞ?」
「まあ、そうだろうな、白蓮なんだし」
「あー…そやなぁ~…」
「酷いぞ、忍…あと、納得するなよ、真桜」
「別に悪口を言った訳じゃないって…
もし、怨恨だとしたら逆恨みや嫉妬の類いだろ
それなら白蓮に自覚や心当たりが無くて当然だ」
「確かに…そうですね
白蓮様の場合、逆恨みされ易そうですから」
「ぅっ…言い返せない…」
俺達の言葉に白蓮は渋い顔をして、項垂れた。
まあ、白蓮の性格等も一因ではあるが、それ以上に「女の癖に…」という視線・意識を向けられるのが今の社会性の“常識”だからな。
女性蔑視・女性の地位が低い社会性・男尊女卑。
政治という職務の性質上、今の社会性・文明的には女性が活躍する事は確かに難しいだろう。
それを変えて行きたいとは思ってはいるが。
華琳達の様な人材は稀有であり、後進が続けるかが最大の課題だと言えるだろう。
……華琳達からは「御兄様と私達の娘達であれば、息子達と力を合わせて頑張ってくれます」と。
力強いのか、過大評価なのか。
そんな言葉を貰っていたりする。
…“御兄様と私達の”というだけ増しだろうか。
「御兄様の血を引くならば」ではないしね。
まだ一人も子供が居ないのに血の優劣は判断する事なんて出来ませんよね?、ね?。
だから過度な期待は持たないで。
俺も子供達も普通なんです。
生まれながらの英雄ではなく、人なんですから。
「…それは兎も角として、どうする気なんだ?
戦力的には此方が優勢だとは思うけどさ」
「彼方は気付かれているとは微塵も思っていないし張洛の死亡と敗北も掴めていない…
その状況下で出来る事と言えば?」
「待ちの一手、ですね、御兄様?」
「ああ、連中は愚かでも決して馬鹿じゃあない
“勝ち目”が見えない状況では動かない
そして動かないのに此方等から仕掛けるというのは此方の“侵略”行為として民は受け取るだろう
そうなれば、勝っても後々の統治に禍根を残す」
「……確かに、いきなり攻撃されて侵略されたのと侵略しようとして敗北した結果、占領されたのでは民の印象は全く違うだろうからな
後々の事を考えれば後手に回った方が良いな
まあ、後手に回っても覆し勝てるのならだけどさ」
「普通は出来無いから、殺られる前に殺るんだよ」とでも言いた気な白蓮は苦笑を浮かべる。
その気持ちは理解出来るし、尤もな意見だろう。
だから俺も否定する事はしない。
ただ、それが出来る側に白蓮も居るんだからな?。
その事を忘れないで頂きたい。
「それじゃあ、連中が動いてからな訳か…」
「不満か?」
「いや、頭では理解出来るんだよ、頭ではな
ただ、どうしても気持ち的には納得し切れなくてな
此方に非が無いのに一方的に侵攻されるって状況は正直に言って面白くはないからな…」
「それなら、“私利私欲に目が眩んだ愚かな豚共が自分達から野菜を背負って鍋の中に入った”とでも思ってみたらどうだ?
“美味しい”状況だって思えるだろ?」
「………ぷっ……ははっ、ああ、そうだな
まあ、その豚鍋は不味そうだけどな」
「好き嫌いが言えるなら、余裕が有る証拠だ
餓えに飢えていれば、味の事は気にしてられない」
「ああ、そうだな……よしっ、遣るか!」
気合いを入れる様に両手で頬を叩く白蓮。
意識が、思考がポジティブになったのは良い事だ。
だがな、白蓮よ、此方からは仕掛けないからな?。
其処の所、忘れてないよな?。
それから穏と璃々に指示を出し、二人は凪達と共に自軍の待機する場所へと戻って行った。
…口付けを強請られたが。
穏は兎も角、璃々に教えたのは誰だ?。
ロリコンではないが…可愛過ぎるんですけど!。
まあ、あの二人が傍に居るんだから犯人は確定だと言っても過言ではないんですけどね。
「…こんな時にまで女を口説く気なの?」
「御希望なら頑張って口説いてみるが?」
「“頑張って口説く”って何よ、失礼ね」
「…何か勘違いしてる様だから言って置くけどな、俺は白蓮以外は口説いてないからな?
関係を持ってるのは事実だし、愛してもいる
だが、口説いたのは白蓮だけだからな」
「大事な事だから二度言った」
「そういう事だ」
「胸を張って言う事じゃないでしょ…」
そう言って呆れた様に溜め息を吐く咲夜。
しかしですね、それは本当に大事な事なんですよ。
華琳には喰われ、愛紗と梨芹を喰らい、と始まった疑似ハーレム展開ルートなんですが。
自分から口説いたのは白蓮だけですから。
勿論、華琳達の事も白蓮と遜色無く愛してます。
ただ、俺はナンパ野郎では有りません。
話術が巧みな結婚詐欺師みたいに言わないで。
真っ当でナイーブなナイスガイなんですから。
…いや、“ナイスガイ”って、俺…。
“二昔”は表現が古いでしょ、マジで。
「呼び出された理由、言わなくても判るだろ?」
「………はぁ~……私って、そんなに顔に出てる?
これでも管理職だったから表情に出さない様にする自信は有るんだけど…
しかも、今回は引っ掛けも無かったでしょ?」
「ああ、そういう事はしてないな」
「…だったら、どうして判るのよ?」
「お前の事を見てるからな」
「──っ!?…貴男ね~、そういう紛らわしい台詞、然り気無く言わないでくれる?
じゃないと、責任取らせるわよ?」
「取って欲しいなら考えて遣るよ」
「……言質は取ったからね?
行き遅れたら私の事も貰って貰うから」
「そうなる前に行く努力はしろよ?」
「判ってるわよ、私も行き遅れたくはないもの」
現代社会ならセクハラ認定確定な発言。
しかし、セクハラの概念自体、俺と咲夜以外に無い社会だから成立する事は無いに等しい。
だが、二人の間では“懐かしい”発言になる。
それは互いに漫才・コントの様に発言を冗談として理解しているからだ。
何でもかんでも訴訟・違法・差別等として扱う様な過度な息苦しさの間違った社会性の中に生きるより現世の方が気楽だし、寛容だと思う。
ただ、現世には現世で問題は有るんだけどね。
男尊女卑が根深過ぎるんですよ、マジで。
まあ、それ自体は人類史を紐解けば何千年と続き、現代社会にも残る概念だから仕方無いんですけど。
何千年も続く概念を間違いだとして根付かせるには同等以上の時間が必要でしょうからね。
人一人が生きている間に実現出来る事じゃない。
多くの人々が、何世代も繋いで初めて叶う事。
何より、急速な変化は歪さを生み、脆くする。
その事を理解しなくてはならない。
面倒臭い話なんだけどな。
「……はぁ…まあ、誤魔化しても仕方無いけど…
私自身、こういう明確な戦争って初めてなのよ
だから、どうしても気持ちの整理が出来無くてね…
頭では理解してるし必要な事だって判ってるのよ
だけど……貴男達が力を持っている事を知るが故に“無駄な犠牲”が出る事に悩むのよ…
私の我が儘で、口先だけの理想なんだけどね」
「そうか?、別に卑屈になる必要も無い事だろ
俺だって犠牲が少なくて済むなら、そうするよ
ただな、戦争っていうのは試合やゲームの結果とは全く違う事で、終わった後も続いていく…
犠牲を最小限に止める事で後世が良くなるんなら、俺は迷う事無く遣ってるよ
けど、現実は面倒臭い事ばっかりだからな
時には後世の為に“必要な犠牲”も求められる
その行いを悪とするなら、俺は喜んで背負おう
勿論、出来れば背負いたくはないけどな」
「……世の中の自分の事しか考えてない政治家達に聞かせて遣りたいわね」
「時代や世界、種族が変わったとしても、政治家は似てくるんだろうけどな」
「…それもそうかもしれないわね」
そう言って苦笑し合う。
少しでも増しな世の中を望みながら。