47話 一回休み的な。
意志疎通というのは人間関係を成す根幹だろう。
正しく意志疎通が出来ていなければ、信頼関係など無いに等しいと言えるだろう。
故に、コミュニケーション能力不足が問題視される現代社会では契約書等に信用を置く。
それは、利害・損得を第一とする保守的・保身的な社会性の顕著さだと言う事も出来るだろう。
勿論、悪い事ではないのだが。
規則・制約により、人間性が蔑ろにされてゆく様に感じられなくもないのも、また事実である。
ただ、それは一方で矛盾してもいる。
いじめ問題等、教師や学校等に責任を求める風潮の多い現代社会で、何故学校側は生徒や保護者に対し契約書を交わさないのだろうか。
教師達の人権は守られていないと何故誰も言わず、全てが教師や学校に問題が有るとするのか。
警察や裁判官による冤罪問題にしても同様だ。
何度同じ問題を繰り返せば正されるのだろうか。
各報道機関が本当に叩き、国民に投げ掛けるべきは下らない有名人の不倫騒動などではなく。
“如何にして自分達の社会を改善するのか”を。
考え、提示し、意見を聞き、問い掛ける。
それが真のジャーナリズムでないのだろうか。
それとは別に人々の意識にも問題は有るだろう。
漫才やコント等のネタに有る“偶然噛み合い”物は丁寧に構築されているから面白いのであって。
それが現実では「…はあ?」と苛立ちを懐く筈。
ただ、御年寄りの会話に耳を傾けると、その会話が噛み合っている様で、全く好き勝手な事を御互いに言っているという事が有る。
それなのに会話が成立している様に端からは見える理由は“相槌の打ち方”が肯定的だからだろう。
否定が入らないから、特に疑問を懐かない。
そして、“自分の話を聞いてくれている”といった意識が肯定感を勝手に懐かせてしまうが為。
これが御年寄りの他愛無い会話で済めばいい。
しかし、近年ではコミュニケーション能力の低下が個人の感情制御能力──自制心を揺るがしており。
その結果、些細な問題から口論となり、暴力沙汰・刃傷沙汰に発展し、殺人事件に至る事も多々。
文明が発展すればする程、人心は薄れてゆく。
そんな印象を現代社会に懐く人も居るだろう。
技術の進歩に、社会の理想に、人々が追い付けずに大切な事を置き去りにして生き急いでいる。
そう比喩する事も出来るのではないだろうか。
人々は原点に帰り、心を穏やかにすべきだろう。
「好き嫌いを無くせ」とは言わないし、不可能だ。
しかし、“対話する”事は可能だろう。
人類最大の発明は、言語であり文字なのだから。
「──という訳で、彼方は特に問題無かったな」
「…いやまあ、確かにそうなんだろうけどな…
何と言うか…遣り過ぎなんじゃないのか?」
「この状況で現状維持は無理だからな
啄郡を獲りに行く以上、今後の事も考えると此処できっきりと示して置くべきだからな」
「…まあ、反意を懐く輩は居なくなるだろうな」
そう言って溜め息を吐く白蓮。
張洛を討った後、白蓮と合流して報告をしたら──この反応なんですけど、どういう事?。
「…お前、絶対に判ってるだろ?」といった感じで白蓮に睨まれるので抱き締める事で応える。
別に誤魔化す訳では有りません。
単純に抱き締めたくなっただけですから。
白蓮への報告を終え、まだ北側には動きが無い事を確認すると華琳に指揮を任せ、咲夜を連れ出す。
これは范陽県に向かう前からの決定事項だからな。
「それで、“歪み”の正し方──対処方法は?」
「歪みの影響は度合いで三段階に分けられるわ
だから、対処方法も大きく三つ存在するの
先ず、第一段階──軽度の影響の場合ね
これは今の貴男なら直ぐに出来ると思うわ」
「…という事は、氣を使うって訳か?」
「ええ、だけど普通に氣を使っても駄目よ
──と言うか、氣を使えるだけで対処出来るのなら私や華琳達にも出来る事になるもの」
「それならそれで俺はウェルカムなんだけどな
特に軽度の段階位なら──いや、違うな…
中途半端に関わらない方が結果的に見れば大怪我をしないで済む可能性が高いしな…
“俺にしか出来無い”という方が良いだろう
…面倒臭い事には変わらないんだけどな」
「……その最後の一言が無ければ二枚目なのに」
「その一言が俺が俺であるという証だろ?
それに、こんな事で格好良いとか思われたくないし面倒事を自分で呼び込むだけだからな
俺は何でも屋でも“街の便利屋さん”でもない
只のエロくてスケベな兄ちゃんなんです」
「…清々しいまでに本音を言ってくれるわね…
まあ、私が貴男の立場でも面倒臭いとは思うから、否定も反論もしないけど…
華琳達に幻滅され──ないわね、貴男の場合は…
寧ろ、華琳主導で御神体化が進むわね、きっと」
「……否定も反論も出来無いから言わないで…」
咲夜の一言に胸が抉られそうになったとです。
ばってん、おぃが何ばしよったかね?。
なして、あげぇな娘に育ったんだべか…。
誰か、教えてくんろ…。
「まあ、それは兎も角として…話を戻すわね
第一段階の対処方法は氣を使って影響を相殺する事によって正常な状態に戻す事が出来るわ
ただ、貴男にしか出来無いから私が実演をするって事は不可能なんだけどね」
「いや、それで、どう遣れと?──って、そうか、相殺するんだから、その影響に合わせる訳か」
「流石ね、理解が早くて助かるわ
本当なら、氣を扱える様に成って貰う所から始める予定だったんだけど、貴男が自分から氣を扱う術を学ぼうと動いてくれていたから手間が省けたもの
それに氣の技量も私達の想定以上に成ってるから、私としては本当に嬉しい誤算だわ」
「此方は此方で思う事が有ったからだけどな…
まあ、要するに第一段階は、打っ付け本番で十分に出来る範疇って訳なんだな?」
「まあ、そういう事になるわね
貴男の技量なら“正常”と違うか否か…
それを見分ける事も難しくないでしょうしね」
「……なあ?、素朴な疑問なんだが…
対処自体は俺にしか出来無いにしても影響の有無を確かめるだけだったら、お前や華琳達にも問題無く出来そうな気がするんだけど…どうなんだ?」
「まあ、理論的には出来そうに思うのは当然よね
だけど、実際には私には明確な事は言えないわ
対処は貴男にしか出来無い、それしか言えないの
もしかしたら、氣が扱えれば私達にも判別が出来る可能性は有るのかもしれないけど…
現時点では、肯定も否定も出来無いのが本音よ」
「ややこしい仕様だな、おい」とか言いたい。
しかし、それを咲夜に愚痴った所で意味の無い事。
咲夜達でさえ、其処までは把握出来てはいない。
だからこそ、俺みたいな遣る気の無い者にだろうと任せているのだろうから。
「…今更なんだが、抑、歪みは何で生じるんだ?
俺の様に“特典”持ちの転生者が居ても世界の理を逸脱した特典は無力化されるんだし、世に転生者が居たり、複数居たりするのが原因だとしたら、態々部外者を転生させてまで任せるのも矛盾する
だから、少なくとも俺達には直接は関係無い事だと思いはするんだけど…どうなんだ?」
「………はぁ…まあ、隠すのも今更だから話すわ
歪みっていうのはね、一言で言えば突然変異の病よ
この世界に生じたのは偶々で、どんな世界だろうと歪みが生じる可能性は有るの
だから私達にも予兆を掴む事は出来無い事なのよ
ただ、歪みが生じた事が判れば、歪みが世界を侵し蝕み始める前に“修世者”を送り込むの
つまり、貴男の様な存在をね
それで、どうして外部から転生者として特典付きで送り込むのか、という話なんだけど…
歪みの原因が外部──他の世界だからなの」
「……それはつまり、アレか、インフルエンザ的な感染によって、この世界が蝕まれた訳か?」
「正確には違うけど、解り易く言えばね
貴男だから、もう少し詳しく説明はするけど…
この世界は外史──パラレルワールドでしょ?
それは言い替えれば、共通点の有る世界というのは少なからず相互に影響し合っているのよ
勿論、目に見える程の影響ではないのだけれど…
要はパラレルワールドなのに“全く同じ世界”って可笑しいわよね?
そう為らない様に、違いを生む為に、世界は互いに影響し合って“差違”を生じさせているのよ
だけど、それは良い影響ばかりを生む訳ではないわ
例えば…百個の水槽が合ったとして、一つが五から十の水槽と繋がっていて、水が循環している中で、少しずつ生じた汚れや濁りが、何処か一つの水槽に集積してしまった場合、その水槽は穢れるわよね?
それが歪みであり、歪みの生じる経緯よ
ただ、今言った例えで言う汚れや濁りは様々でね
一概には明確には言い切れないのよ…
それでも、その大半が人間が関わっている事なの」
「…成る程な、だから、俺みたいに外部から転生し生じた歪みを取り除く役目を担わされるのか」
「…「押し付けてる」って言わないの?」
「言った所で交代は出来無いだろ?
それに、もしかしたら、俺も歪みを生む要因になる何かを遣ってるかもしれないからな
そういう意味じゃ、全く責任が無いとは思わない
だからまあ、面倒臭いけど遣るしかないな
守りたい存在が世界には在るんだから
…面倒臭い事には変わらないんだけど」
「もぅ、面倒臭い面倒臭い言わないでよね!」
「はいはい、出来る限り善処致しま~す」
「口先だけの政治家みたいな事言って…」
小声で愚痴っている咲夜だが、聞こえてるからな。
まあ、聞こえてる事を言えば煩いから言わないが。
…ちょっと真面目に言ったから恥ずかしかったし、思わず「勿論、お前も含めてな」とか日和った事、口走り掛けたのを誤魔化す為だったんだけど。
いや、本当にさ、何でかね…。
此奴の事、普通に気に掛けてる俺が居るんだよな。
“不夜原 深咲”の紛い物としじゃなく。
一人の女の子、咲夜として。
…………よし、今は切り替えよう、そうしよう。
「それは兎も角として残り二段階の対処方法は?」
「第二段階以上の影響は物理的な変化を伴うわ
その為に必要な対処方法は“浄化”の力よ
ただ、これは今直ぐには修得出来無い事なの
第三段階の対処方法と合わせて特別な儀式によって出来る様になるから…後々ね」
「そうか……と言うか、咲夜
軽度の影響っていうのは精神異常系か?」
「まあ…大雑把に言えばね
精神・思考に異常が出る可能性は高いでしょうけど一見して精神疾患や過激思想の持ち主と見比べても違いは判らないらしいわ」
「つまり、異質な氣を読めないと判別不可能か…
………一応、本当に一応訊くだけなんだけどさ…
華琳って、影響されてないよな?」
「されてるんじゃない?
まあ、歪みじゃなくて、貴男に、だけどね」
「…………第一段階の対処方法で──いや、浄化で直せないものでしょうか?」
「無理よ、諦めなさい、受け入れなさい
華琳の──いえ、華琳達の愛は貴男の責任よ
──と言うか、重いとか思ってないでしょ?
端から見てれば、イチャイチャし過ぎだしね
「リア充、死ね!」って言いたくなる非リア充民の気持ちが初めて理解出来た気がするもの」
「あー……その、何だ、すまん…
そういう観点から見たら、俺でも同じ様に思うから…返す言葉も有りません」
「強烈を超えて狂信的な愛情だけど、自業自得よ
…本当に、責任取りなさいよね、馬鹿っ…」
「うぅっ…それでも御神体は嫌なんですぅ…」
いや、もう本当にマジで勘弁して欲しいんですよ。
──と言うか、宅の妹は何で固執するんですかね。
別に俺に奥さんが沢山居なくても良いじゃない。
寧ろ、普通は逆だよね?。
一人一人との時間を大切にしたいと思う俺の愛情は何処に放り投げられたの?。
ねえ、誰か教えてよ。
ねえ、誰か答えてよ。
それでも、俺は華琳達を愛している。
だって、大切なんだもの。
──という事なんでしょうね、結局は。
嗚呼、愛って本当に不思議。