必ず止まり
各々が準備の為に解散している中、俺は街の外れの再開発予定の廃墟区画に足を運んでいた。
街作りは施政者の大事な仕事ですからね。
治安が改善され、安全性が向上すれば人々の往来が増加・活性化するし、移住する者も増える。
急激な増加は様々な問題を引き起こすが、その辺をコントロール出来るなら計画的に行える。
穏・璃々と婚約した事で、それは更に遣り易くなり“割り振り”も可能になったからな。
そういう意味では、一種の政略結婚だろうな。
「こんな場所に呼び出すだなんて…
せめて、ムードの有る場所にして欲しいわね」
「何のムードだ、堕女神」
「む…“駄”じゃないだけ増しかしら?」
「知るか」
振り向けば見慣れた紛い物の姿をした咲夜。
不思議なもので、同人誌等のタッチの違う彼女でも好ましい作品は存在していたのだが。
見た目だけなら完璧な彼女が現実に存在していても微塵も欲情しないのだから。
中身って大事なんだなって改めて思う。
嘗て生きた世界の中の人達へ。
本当に有難う御座いました。
生きる世界は違いますが、頑張って下さい。
「それは兎も角として、また恋の御守り役なの?
何度も言うけど私には御せないわよ?」
「少しは努力しろ
お前には原作補正は無いだろうが、歴史的に見れば司馬一族の高祖と言える存在なんだ
ポテンシャル自体は低くはないんだからな」
「無茶言わないでよ、相手は最強の呂布なのよ?」
「大丈夫、恋なら餌次第では釣れる」
「……それが敬愛されてる兄の言葉なの?」
「事実は事実だからな
まあ、冗談めいた話は終わりにして──本題だ
俺に呼び出された理由、判ってるんだろ?」
冗談めかした雑談から入り、切り替える。
促す様に見詰めていると咲夜は視線を外し、静かに溜め息を吐いてから再び此方等に顔を向けた。
「…ねえ、どうして此処で動く事にしたの?
態々、貴男達が動かなくても兵を率いての戦いでも十分に勝機は有ると思うのだけど?」
「確かに、俺達の勝ちは揺るがないだろうな」
「だったら──」
「だからこそ、此処は圧勝して置きたいんだよ
范陽は此方等の三県に比べて治安が良くない
だから、漁村は有るが港街は一つとしてない
范陽を手中にして一番に着手したいのは港街を造る開発事業になるからな
その時には当然ながら人員は必要不可欠だ
勿論、きちんと雇うが場合によっては既存の漁村を幾つか潰す事になる
港街を作っても住民が居ないと無意味だからな
その際、反対意見も少なからず出るだろう
それを封殺する為にも范陽の兵には見せ付けておく必要が有るんだよ
自分達が仕える主が、どんな人間なのかをな」
「………貴男も華琳の事言えないじゃないの
それは十分に崇拝に値する行為だと思うわよ?」
「違う、これは一種の威嚇みたいなものだ」
「何でもいいわよ、私としてはね…
それで?、何で流琉と季衣まで戦場に出す訳?
あの二人が戦力としては既に兵一万よりも上だとは思うけど…まだ十歳なのよ?」
「だからだよ
同い年の璃々に比べて二人は人の悪意や世の裏側を知ってはいるけど、力を持つ事・振るう事の意味は逆に深くは理解出来てはいない
咲夜、今のお前でさえ一般人相手なら百人程度なら一人で鏖殺出来るだろ?」
「それは………ええ、多分出来ると思うわ」
「それに対して、二人は軍将相手でも楽に殺せる
既に一撃の威力なら、単独で県一つ陥落させられる事が出来る程度の実力は有るからな
だから、此処で自分達の持つ力が、どういう物かを実感して貰いたいんだよ
無意識に命を軽く見る人間に成らない様にな」
「……成る程ね、貴男は“お兄ちゃん”だわ」
応、俺は愛妹紳士だとも。
可愛い妹達の為ならば、幾らでも修羅と成ろうぞ。
──いやいや、そうだが、そうではない。
流琉は大丈夫だろうが、季衣は無邪気過ぎる。
恋の様に自分の中で譲れない“絶対の一つ”が有るのなら然程気にもしないんだが。
敵とは言え、兵は従っているだけの駒でしかない。
その事に関して心を痛める日が来るのなら。
それは素直に泣いたり出来る内の方が良い。
一人で抱え込む状態になると傷が深くなる。
そう成らない様に、早め早めの教育な訳だ。
「その辺りの事は納得出来たわ
だけど、それだけじゃないなわよね?
まだ基盤となる三県の状態も基準には届いていない現状で一県だけではなく、一郡を獲りに行く
勿論、相手が先に仕掛けてきてるんだから無視する事なんて問題外だけど…
それなりの意図が有るんでしょ?」
…やれやれ、役立たずな癖に、腐っても女神か。
……いや、華琳達とは違って、俺と同じだからか。
“普通ではない要因”を知っているからな。
「お前も薄々感付いてはいるんだろ?」
「…まぁね、このタイミングで攻め込んで来るとか出来過ぎだもの、怪しんで当然でしょう」
そう、タイミング的に見ると動きが早過ぎる。
白蓮と穏・璃々が繋がる事で啄郡の半分以上が同じ政策方針を持ち、結果を出していれば。
それは暗愚な連中は焦りもするだろう。
自分達の優位性を揺るがす事態になれば、民からの突き上げや反感も強くなるだろうからな。
しかも、三者の関係が親密になれば、范陽県の県令としては孤立化する為、困るのは必然。
そういう意味では可笑しな動きではない。
だが、それならば動き出すのは暫く先になる筈。
少なくとも、白蓮と璃々の会談から三ヶ月で挙兵に至るのは早過ぎると言える。
二人の関係性の調査、その意図と裏付け、それから漸く徴兵し、挙兵の準備に入るのが普通で。
それには少なくとも半年は掛けて動くだろう。
群雄割拠の戦国乱世ならば早いだろうが。
今の世の流れとしては有り得無いと言える。
それでも張洛が動いたのは事実。
“単独ではないから”というのも思い切った挙兵に至った一因では有るのだろう。
しかし、それだけでは実際の挙兵したタイミングの説明は出来無いと言える。
「例の“歪み”の影響の可能性は有るだろう…
確か、お前にも断定は出来無い事だったよな?」
「ええ、だから今回の件が歪みの影響ではないとは言い切れないし、その逆も言えないわね」
「歪みを正す方法に付いては聞いてないが?」
「ああ、そう言えば言って無かったわね
まあ、今回の范陽の一件が終わったら話すわ
どの道、それが必要なのは後でしょ?
歪みの影響を受けた可能性が高いのは張洛ではなく北方の三県──今回の騒動の黒幕でしょうから」
やはり、気付いていて訊いていたな、此奴は。
まあ、それを此処で態々言いはしないけどな。
しかしだ、咲夜が落ち着いている事から考えると、歪みを正す方法自体は然程難しい事ではないのか。
そうだとすると、氣に関係しているのか?。
だったら、華琳達にも出来るのかもな。
……いや、それだったら俺は必要無いか。
咲夜自身も出来る可能性が有るだろうしな。
俺でなくてはならない以上は……転生時に内包して今に至る、という可能性が高いか。
それなら何かしらの切っ掛けを与えて呼び覚ます的御約束展開で御手軽に対処法を与えられるしな。
……まあ、俺の御都合的な希望の話だけど。
「歪みが関係無い、単純な人災である可能性は?
啄県と逎県では“大掃除”を遣ったのでしょ?」
「まあ、人災自体の可能性は否定は出来無いな
だが、二県の事案に関連して起きている可能性なら心配は要らない
其方の対処は問題無いからな」
「そう…まあ、それなら良いんだけどね」
咲夜が気にしている事は可笑しな事ではない。
世の中の抗争・紛争は対立する構図が有って初めて成り立つ事には間違い無い。
しかし、殺人の様に比較的身近な局所的な規模では“逆恨み”というのは珍しくない動機だ。
そして、権力者の影響力が圧倒的に強い世の中では戦争の引き金になる事も珍しくはない。
歴史を繙けば、「…え?、そんな理由で?」という戦争や対立は意外と少なくはない。
それはつまり、権力者・支配者の私情が反映されて争乱が起きる程、組織構造が極端だった証拠。
ただ、それは悪い面の一例で、良い面も有る。
だから、一概には肯定も否定も出来無いだろう。
まあ、そんな話は兎も角としてだ。
追放した連中の逆恨みや情報の流出は無い。
きっちりと監視させているし、抑、生きているのは追放された妻子や親類縁者だけだ。
どんな情報を持っているのかは事前に追及したから持っている情報は限られている。
だから特に気にする必要は無いだろう。
それ以上の情報を得る術は無いのだから。
「…歪みを正す事は貴男にしか出来無い事だけど、此処は物語の様に配役が定められた世界ではなく、全ての生ける存在が自らの生を歩む現実よ
それなのに、こういう風に大きな物事の中心に居るというのは、まるで主人公みたいじゃない?」
「止めてくれ、いや本当にマジで止めてくれ
俺は平々凡々と華琳達とイチャラブして、子供達を成し育てて、沢山の孫や曾孫に囲まれて死ぬ
そんな普通の人生を送りたいんだ」
そう、俺に英雄願望や勇者願望なんて無い。
それはまあ?、「俺TSUEEEEEッ!」展開に憧れが無いとは言いません。
寧ろ、二次物なら好きなジャンルですから。
でもね?、それは創作の中、限定的な状況だからで現実的にはノーサンキュー。
最低限の強さが有れば十分だったりします。
だから本当はオラァ、田舎で自給自足で、のんびりまったりと暮らしていたかと。
「普通の人の人生だと、そんなハーレムルートには未来永劫入れないわよ
まあ、貴男の場合、彼女達の方から集まって来てる可能性も否定出来無いんでしょうけど」
だから、望んでハーレムルートに入ってないから。
気付いたら、それ以外のルートが潰されていたから進むしか無かったんですってば。
……いやまあ、華琳に続き、愛紗に、梨芹にと自ら手を出した時点でアウトだったんですけどね。
だって、仕方無いじゃない!。
大好物を差し出されれば貪りたくなるでしょ!。
だって、男の子だもん!、女の子が好きだもん!。
……何を言っても言い訳なんだけどねぇ~…。
嗚呼、母さんが生きていたらなぁ…。
──いや、それは考えたら駄目だよな、うん。
今は華琳達の事を愛しているんだから。
勿論、母さんの事は今でも愛していますけど。
それは家族として、母子として、ですから。
ええ、初恋は墓場まで持って行きますとも。
それはそれとして、折角だから咲夜に訊こう。
前々から疑問に思っていた事を。
「なあ、ちょっと訊くんだけどさ…
皆との縁──巡り逢いに関して俺の潜在的な意識や欲求が影響していると思うか?」
「………そうね、全く無いとは言い切れないわ
少なくとも、この世界が所謂“可能性”の一つで、貴男は重複しない唯一の存在だもの
主要とは言え、重複存在である華琳達よりも世界に与える影響は有ると思うわ
でも、それは本当に些細な物でしょうけどね
さっきも言ったけど、現実の世界に唯一の主人公は存在してなんかいないわ
もし仮に居るとすれば──」
「それは人生を刻む自分自身、だろ?」
「むぅ……一番美味しい所、取らないでよね」
「はいはい、悪かった、私が悪う御座いました
帰りに甘味買って遣るから赦して下さい」
「し、仕方無いわね、赦してあげるわ
でも、勘違いしないでよね!
私は別に甘味に釣られてなんていないんだから!」
「………8点」
「……それ、10点満点で?」
「いいや、1000点満点で」
「低過ぎるでしょっ?!」
「当然だ、ボケ!
何だ今の棒読みなツンデレはっ!
女優や声優の卵でも、もっと上手いわっ!
原作とは違う、宅の愛紗を見習えっ!
二人の時の甘えっぷりときたら────さ、さあ、早く出陣の準備をしような、うん、しようしよう」
「──待ちなさい、忍
二人の時の甘えっぷりが…何ですか?」
「それじゃあ、私は先に行ってますね」
「ちょっ!?、裏切る気か、咲夜っ?!」
「忍!、私は貴男に訊いているんですっ!」
司馬防side──
(……ばかっ、鈍ちんっ、ヘタレ誑しっ…)
目が笑っていない愛紗に捕まった忍を見捨て、私は家に向かって歩いて行く。
忍の叫び声が聞こえようとも気にする事は無い。
決して、愛紗が怖い訳ではない。
…いえ、我が家の“オカン”である愛紗が怖い事は間違い無いのだけれど。
先程のは彼女の照れ隠しと八つ当たりだもの。
口を滑らせた忍は自業自得だから仕方無いとして。
あの後の展開は忍御得意の寝技と肉体言語。
要は、愛紗の“ガス抜き”なのよね。
抑、幾ら人気の無い場所とは言え、私達二人以外に聞かれては不味いワードと無用心に大声で言う程、彼は間抜けではないもの。
その用心深さは普段の言動からは想像出来無い程。
まあ、何だかんだで彼の用心深さは華琳達を守り、日常を平穏に保ちたいが為だけど。
保身の為ではないから判り難いのよね。
先程の遣り取りも、済し崩し的に愛紗と二人きりに為れる様に態と遣っていた事。
だってね、彼が愛紗が──誰かが近付いて来るのが判らない程に油断してる事なんて、先ず無いもの。
まだ出逢って一年と経ってはいないけれど。
一つ屋根の下で暮らしていれば見えてくるわ。
だから、あれは全部“茶番劇”だって事よ。
──とは言え、それはそれ。
上手く利用された事は別に構わないのだけど。
少しは私の事も見て、気付いて欲しい。
「………はぁ~~~っ………切な過ぎるわ…」
本当に、何時からなのだろう。
振り返ってみても、明確には判らない。
「あの時かも…」「この時にはもう…」と。
思い当たる事は大小数え切れず。
その全てが正しく、間違いでも有る。
そう言いたくなる程、自分でも判らない。
ただ、一つだけ確かな事は私の懐く想いは本物。
生まれて初めて、女神だった頃にさえ懐かなかった本気で真剣な──“初恋”を、今している。
だから、素直になれない自分が情けない。
本当は彼に抱かれたい、愛されたい。
そう願い、望み、想い、冀い、渇望する癖に。
鼻腔を擽る彼の匂いは、猫にとっての木天蓼。
酔い痴れてしまう程に、惹かれている。
それなのに、この我が身の為体。
思い通りにならないのは「彼の所為だ」と言う様に心の中では責任転嫁している臆病者。
だから、彼女達が眩しく、妬ましく、羨ましい。
「………こんな事なら………」
「この姿を選ばなければ良かった」と。
そう呟きそうな弱音は飲み込む。
これは私の浅慮と、彼の想いを軽んじた報い。
だから、この姿の所為ではない。
だから、私は頑張らないといけない。
私自身を見て貰え、必要とし、愛して貰える様に。
諦める事も、悔やむ事も、嘆く事も要らない。
あの手を掴み、繋がれるまで。
私は足掻き、努力し、挑み続けるだけ。
だって、そう簡単に初恋は終わらせられないもの。
だから、今は我武者羅に前に進もう。
未来が続く限り、重なる可能性は有るのだから。
──side out