46話 振られた賽子は
予期せぬ出来事というのは賽子を振るかの様に。
程度差は有るが、良し悪しは半々の確率で起こる。
ただ、それを如何様に受け取るのか。
それ次第で幸不幸・運不運の印象は異なる。
故に「運が悪い」「不幸だ」と口にする人の多くは思考がネガティブに傾き易い質なのだろう。
また、よく有る、有り触れた小さな悪い出来事でも過敏に受け取ってしまうというのも有るだろう。
逆にポジティブな人は大して気にしないのだから。
物事の良し悪しを如何様に受け取るかは人各々だが確率は半々であり、一方にだけ偏りはしない。
ただ、条件や一定期間で区切った時には、比率的に偏りが出てくるというだけ。
物事は寄せては返す波の様に。
賽子を揺らし、気紛れに物事を起こすだけ。
賽子は良し悪しを決めはしないのだから。
「…それ、確かな情報なのか?」
「ああ、信頼出来る情報だ
──と言うか、お前に最初に指導して貰った隠密が念入りに調べてくれた情報だからな」
あー…そう言えば、そんな事も有ったな。
非公式な仕事だったから自然と忘れてたわ。
白蓮を助け、客将扱いで仕える事になった当初。
白蓮から直々に且つ秘密裏に依頼された初仕事が、俺の腕を見込んだ隠密達の指導だった。
まあ、だからと言って二次創作物みたいに隠密達がチート化してはいない。
飽く迄も、以前よりは優秀且つプロフェッショナルに成ったというだけだ。
前世の知識を盛り込んだ結果ですけどね。
因みに、隠密からは何故か“先生”と呼ばれている俺だったりします。
いやまあ、確かに指導はしましたけどね。
何と言うか、ニュアンスが違う気がするんですよ。
気にしない様にはしていますけど。
いや、それは兎も角として。
今は白蓮から聞いた話の方が重要だ。
「范陽に挙兵の動きが有る、か…」
啄郡には七つの県が有る。
郡中央部に位置する白蓮の治める啄県。
郡内最大の領土を有する璃々の治める故安県。
郡東部に位置し交易網の要である穏の治める逎県。
その三県を手中に納めていると言えるのが現状で、それはつまり、啄郡の実質的な主導権を握っているという誇大解釈も出来無い訳ではない。
勿論、公式には俺達の関係は知られていない筈だ。
だが、“人の口に戸は立てられぬ”と言う様にだ。
行商人等の口を完全に塞ぐという事は不可能。
誰しも“命は惜しい”だろうからな。
まあ、要するに“そういう”情報収集も有るから、多少なりとも関係の親密化は知られてしまう訳だ。
バレなければ、バレない事に越した事は無い。
だが、その程度なら許容範囲だと言える。
少なくとも、啄県と逎県では既に協同で公共事業を行ってはいるからな。
そういった意味でなら他の四県が危機感を懐くのは何等可笑しな事だとは思わない。
しかし、挙兵の動きが有るとなると話は別だ。
もし、故安県の様に“内乱”の気配が有るのなら、静観・非介入も有り得る選択肢だろう。
だが、それが挙兵となれば“侵攻”の意思有りだ。
まだ行き先が何処なのかは判らないのだが。
現状では問題には為らない。
何故ならば、范陽県は郡の南東部に位置しており、啄・逎・故安の三県と接し、周囲は海だからだ。
つまり、何れに侵攻しようとも、俺達が動く事には変わらないからだ。
──とは言え、璃々との婚約から早三ヶ月。
「暫くは平穏に過ごせるか」と思っていた矢先に、これだからな。
正直、溜め息も吐きたくなるって。
「それでは此方等も直ぐに準備を致しましょう」
「そうですね、連絡も密にして情報を共有した方が良さそうですから専任の部隊も設けましょう」
そう話すのは穏と璃々。
穏は兎も角、璃々の県令然とした言動からは確かな成長と責任を負う覚悟が見える。
その姿を見たなら、亡き両親は感涙する事だろう。
背負わせてしまう負い目も無くは無いだろうが。
我が子が自らの意思で継いでくれているのだから、それ以上に嬉しく、誇らしいだろうからな。
ただまあ、その二人が俺の腕を抱き締めて密着して甘えながら話していなければ、格好良いのだが。
対面に座る白蓮も、顔には出しはしないが、目には苦笑している色が滲んでいる。
…華琳?、空気が読める娘ですからね。
取り敢えず、三県の主要な面子が此処に揃っている事が俺達にとっては好材料だろうな。
お陰で連携も含めて動き易くなるならな。
「それでだ、忍…私達はどう動くべきだと思う?」
妹分で県令としては後輩に当たる二人の意見の後、上手く間を読んで俺に主導権を渡してくる白蓮。
そうする事で自然と全員が俺に意識を向けた。
流石と言うべきか、こういう調整能力は抜群だな。
「挙兵し、侵攻する意図が確定的だとして…
范陽の県令・張洛が本気で勝てると思うか?
啄と逎の親密化は勿論、璃々が白蓮と会談した事も公的に知られている事実だ
仮に、璃々に代わった故安県を狙っているとしても白蓮が加勢しないと思うか?
それに白蓮が動けば、穏も動く可能性も高い
俺が張洛だったら、仕掛ける気は起きないがな」
「………確かに、そうですね
冷静に見ると不自然な動きに思えてきました」
「………もしかして、外部に協力者が?」
「あっ、そういう事なら話の筋が通りますね
単独ではないから私達と戦っても勝機を見出だせると考えての行動だとしたら可笑しく有りません」
「そうしますと…この場合、残る三県の何れかが、或いは三県全てが協力者、という事ですか…」
「他郡の可能性も有りますけど…
現状では限り無く、無いに等しいでしょうね」
そう話し合う穏と璃々に感心する。
白蓮達に比べて、悪意や裏の意図に疎い二人。
だから、ちょっとした小テスト的なつもりで訊いた問いだったんだけどな。
意外にも、しっかりとした答えが返ってきた。
これには予想以上に成長しているのだと判った事で俺以外の面子も何気に驚いている。
因みに、元譲は脳筋では有りませんからね?。
だから、俺が言う前に気付いていましたよ。
そう、忌々しき脳筋は解かれたんだ!。
いや、本当にマジでね。
リアルの脳筋の軍将なんて頭痛の種ですから。
個人的には要らないですからね。
脳筋は架空世界のキャラだけに許された特権です。
いや、それは今は関係無い事だな、うん。
「二人の言う通り、単独で、という可能性は低い
だから、此処で先手を打って此方等から攻め込むと手薄な背後を、或いは無防備な留守を狙われるな」
「………それでは、此処は敵を待って迎撃するのが一番良い、という事でしょうか…」
「それは………それしか有りませんよね…」
俺の言葉を理解し、二人は沈んだ表情で俯く。
理想を言えば、先に仕掛けたいのだろう。
戦になれば死傷者が出る事は免れない。
だが、自領が戦場になれば犠牲は兵に限らない。
敵により無辜の民が襲われる可能性は高いからだ。
だから、出来る事なら自領を戦場にはしなくない。
そう二人は考え、それが難しい現実に、飲み込む。
理想を、正義を口にする事は簡単だ。
しかし、それに伴う全ての結果と責任を負う覚悟の無い者が口にする事程罪深い事は無いと言える。
そう純粋に、真っ直ぐに、真剣に考えていてもだ。
それよりも人心を操る術と理解して用いている方が俺個人としては理解を示す事が出来るからな。
だから、今の二人の姿勢は好ましいと言える。
勿論、それは俺だけではないみたいだけどな。
しかしだな、元譲?、泣くには早いぞ。
それはせめて、この一件が終わってからにしろ。
気持ちは判らない訳ではないけどな。
「普通に考えるなら、それが最善策だな」
そう言うと二人は顔を上げて俺を見上げる。
不敵っぽく笑みを浮かべながら、二人の視線を導く様に皆の方へと顔を向けてやる。
同じ様に笑顔を浮かべ、堂々とする面々。
その様子に二人は顔を見合せ、再び俺を見上げる。
「折角、彼方等さんから仕掛けて来てくれるんだ
此方等も盛大に“持て成そう”じゃないか」
そう、向こうから葱を背負って遣って来てくれる。
こんなにも楽で有難い状況は無いだろう。
俺としても出来る限り侵略行為は遣りたくはない。
俺達は兎も角、一度“強者”である事を体感すると大抵の人間は勘違いし、攻撃的に成り易い。
そうなると「此処は攻め込むべきです」とか言って何でもかんでも戦争に持ち込もうとする輩が出る。
そして、そういう馬鹿が居ると破滅し易いもの。
だからこそ、その辺りの引き締めは大事だ。
だが、動くべき時には動くべきだ。
平和主義・博愛心は素晴らしい物だろうが。
それで全てが解決するのならば、世界は疾うの昔に一つに統一され、人種差別や経済格差が存在出来る余地など有りはしないだろう。
しかし、そうではない。
話し合いは相手に応じる姿勢が有り、尚且つ相手が対等以下の立場で有る事が必要不可欠な前提条件。
けれど、それは相手が不利な条件を受け入れる事に成る可能性が高い為、応じる事は望まない可能性が高いと言えるだろう。
そういう時は戦わなくては為らない。
相手が民を脅かす害悪で有る以上は排除する。
極端な考え方かもしれないが、それが民の上に立ち民を背負う者としての責任であり、覚悟だと思う。
俺は主力である我が家の面々を見て指示を出す。
「咲夜は恋と一緒に白蓮に付け
凪は流琉と璃々達に、真桜は季衣と穏達にだ
各軍は北側の県境に配備
誘い込む為にも気取られない様にな
それと同時に“潜む細作”を潰せ
此方等は勿論、范陽関連の情報は掴ませるな
そして、華琳・愛紗・梨芹は俺と一緒に来い
連れて行くのは事後処理の為の人員と部隊だけだ」
『────っ…』
白蓮達への指示は兎も角、華琳達への指示。
その意図を感じて、半数の者が息を飲んだ。
だが、それも仕方の無い事だろう。
何故なら、俺達は兵を率いて戦いはしない。
俺達“四人だけで”戦うのだから。
それが可能である事が判っている華琳達は平然と。
理解はしていても、それを俺が本気で遣ると言った事に対して息を飲んだ白蓮達。
その反応は対照的にも思えるだろう。
だが、誰一人として“不可能だ”とは思わない。
それだけ“染まっている”と言えるのだろう。
「フフフッ…それでは御兄様に楯突く愚かな者達に御兄様の御威光と御姿を示しに参りましょう
そうすれば世の者達は皆、御兄様の下に──」
「──平伏しないし、崇めもしません」
「御安心下さい、そんな愚民は私達が排除致します
そうよね、恋?」
「…ん、兄の敵、全部要らない奴」
「違うよ?!、恋、違うからね?!」
「………華琳、違う?」
「いいえ、間違ってはいないわよ、恋
御兄様の敵が存在する事を貴女は許せる?」
「許せない」
「まさかの即答?!」
あの恋が!、常に第一声までに間の有る恋が!。
車椅子生活の少女が立った時の感動の様に。
だけど、何かが違う!。
こんな感動、何か違うでしょっ!。
「愛紗──」
「──ええ、その通りですよ、恋
忍の敵は私達の敵、民の敵、世の害悪です
一匹残らず駆逐・殲滅・鏖殺です」
──ってぇ、お前もか愛紗あぁーーーっっ!!。
──はっ!?、梨芹はっ!?、梨芹は違うよなっ?!。
期待を込めて梨芹を見詰めると笑顔を浮かべる。
「大丈夫です、安心して下さい」と言う様な梨芹の反応に俺の心は少しだけ泣きそうになる。
「私達が全力で叩き潰しますので」
「助けてーっ!、咲夜えもぉーーんっ!!」
「申し訳有りません、既に手の施しようが…」
「諦めるの早っ!?、遣る前に放棄するかっ?!」
「だって仕方無いじゃないの
いい加減、貴男も諦めて受け入れなさいよ
酒池肉林な生活も悪くはないわよ」
「……ねえ、流琉、酒池肉林って何?」
「ふぇっ!?、えぇっと、な、何だろうね?」
アホ咲夜!、変な所に飛び火しただろうが!。
教育上悪いだろっ!。
──と言うか、流琉さんや。
貴女、知ってますね?、その反応は。
だって、顔赤いし!。
でもね、潤んだ瞳でチラチラ俺を見ないで。
まだ早いからーっ!。