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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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    然れども


角が無く、丸ければ丸い程、よく転がる。

傾斜が無くとも、本の少しの勢いで転がるもの。


それは人柄にしても同じ事が言えるだろう。

角が少なく、丸い人柄な程、親しみ易いもの。

“尖っている”と例えられる人は一方から見たなら格好良く映る事も有るだろう。

しかし、それが必ずしも見倣うべき姿勢かと問えば過半数は否と答える事だろう。

その魅力は限られた条件下でのみ有効な物で。

社会の中では“爪弾き”され易い傾向に有る。


“角が立つ”事を嫌うのは多くの人の傾向だろう。

誰だって無暗矢鱈に衝突したり嫌煙されたくはないというのが本音であり、望みだろうから。

ただ、度が過ぎれば優柔不断・八方美人と揶揄され距離を置かれてしまうもの。

だから、ある程度は自己主張も不可欠だと言える。


けれども、それは文字や言葉で説くよりも難しく、そういう煩わしさや億劫さ等から自分から他者との距離を置く様になる人も少なくはない。

事実、万人に気を付かわずとも生活は成立するし、迷惑を掛ける事も無いのだから。


だが、そういった状況に有る人の事は判らない。

判らないからこそ、不気味で有り、恐怖感を生み、忌み嫌い、“社会的な悪”とされてしまい易い。

何方等が悪い、問題が有るという事ではない。

文字でも、言葉でも、絵画でも何でも構わない。

どの様な手段であれ、対話する事が大事である。

コミュニケーション不足が最大の原因なのだから。



「初めましてだな、私が啄県県令の公孫伯珪だ」


「御初に御目に掛かります

この度、故安県の県令になりました黄“子礼”です

若輩者ですが、宜しく御願い致します」



寝て起きれば、朝が来ていた。

そんな当たり前な感じで、二人は挨拶を交わす。

初外交であろう黄叙からは緊張感が感じられるが、白蓮は身内と話す様に気楽な感じだ。

…まあ、華琳達の狙い通りになれば、目の前に居る黄叙達は身内になるんだが。

のぅ、白蓮さんや?、気が早過ぎんかね?。


それは兎も角として。

黄叙の脇に控える黄忠と黄蓋は大人しい。

当然ながら、その視線は白蓮に向けられてはいる。

だが、意識は間違い無く俺に向けられている。

「俺は石ころの如き凡人ですよ」といった雰囲気で存在感を薄れさせている筈なのに。

見えない蛇の様に二人の意識が絡み付くのだ。


そんな静かな俺達の攻防を気にする事無く。

白蓮と黄叙は表向きの要件を淡々と片付ける。

白蓮に「少しは横の二人にも話を振れ」と言いたい気持ちは有るが、それで此方に振られても困る。

ただね、ちょっとは愛夫を気にして下さいよね。


同じ場所に居ても平行線だった二つの戦い。

その片方が決着した事で、必然的に重なった。



「──あの、伯珪さん、御訊きしたいのですが…

其方等の徐恕さんは此方等では、どの様な御役職をなさっているのでしょうか?」


「ん?、子瓏か?、まあ、私の補佐…相談役か?」



黄叙の質問に一息吐きながら茶杯を口に運んでいた白蓮は考えながら俺に振ってきた。

その様子に「おいおい白蓮、気を抜き過ぎだろ」と言いたい俺は可笑しくはないだろう。

明らかに自分で答える気が無いから振ってきた。


──と言うか、これはちょっと予想外だったな。

俺は白蓮の事実上の夫という事で、裏では発言力・影響力は勿論だが、権力も有る立場だ。

それ故に俺に正式な役職というのは存在しない。

それは実質的には軍将の梨芹・愛紗も同じだ。

そうして目立たない事で“戦力の隠匿”をする事が狙いであり、将来への備えだからだ。


ただ、よくよく考えてみると可笑しな事ではない。

黄叙達が俺を夫として迎えようと考えて行動すれば白蓮に俺の立場を確認するのは当然の事。

何しろ、簡単に重臣を引き抜く事は出来無い。

だから、黄叙の質問は何も可笑しくはない。

可笑しいのは──当然の可能性を考えなれなかった俺自身に他ならないと言える。



(……華琳、お前の仕業だな?)



この会談の場には居ない愛妹を思い浮かべながら、そう問い掛ける様に胸中で呟けば笑みを浮かべる。

腹が立つ所なのに可愛いドヤ顔に屈する愛妹兄(オレ)

…くっ……此処までさえも計算の上なのかっ?!。


──と、変な思考の俺は放って置いくとして。

白蓮には悪いが、演技力は平凡だし、深謀遠慮には到底届かないと言えるだろう。

だから、絶対に白蓮の仕業ではない。

寧ろ、上手く使われ、踊らされていた方だな。


少し考えても、この事が昨日今日の思い付きによる“仕込み”ではないのは間違い無い。

時間を掛け、少しずつ俺の思考を誘導していた。

そういう繊細で緻密で慎重で大胆な打ち回しだ。


今、俺の身近に居る者で、そんな真似が出来るのは華琳以外には居ない。

咲夜は元なんちゃって女神だが、咲夜には無理だ。

何故なら、俺の思考を誘導出来る程、“内側”には俺の方が入れてはいない。

咲夜とは真桜達と同様に、一定の距離感を保つ。

俺と事実上の夫婦ではない面子では、恋以外は基本一線を引いた関係だからだ。

恋は仕方無いんですよ、恋だから。


まあ、華琳自身も全てを見越して、ではない。

ただ、将来の事を考え、起こり得る状況を想定し、必要となる一手が何なのか。

それを導き出して布石を打っていただけだ。

…尤も、それが俺の妻を増やす方向に働かないなら手放しで褒め称え、甘やかしてやるのに。

おのれ、曹操めぇ…遣ってくれよったわ。

尚、兄の脳裏では、てへ☆ペロな華琳ですが。


…………はぁ~っ……現実逃避せずに片付けるか。

あ~~っ、くそっ……マジで遣られたわ~。



「私には正式な役職という物は御座いません

強いて言えば、確かに相談役が妥当な所でしょう」


「──っ!、そうなのですか…」



俺の返答に黄叙の表情は明らかに変化した。

誰が見ても“嬉しそうにしている”と判る程に。

大人の様な演技(嘘偽)の可能性など入り込む余地の無い、真っ直ぐで純粋な歓喜の笑顔(はな)が咲く。

それでも、今の状況を思い出して懸命に顔や態度に出さない様にと平静を装う。

その健気な姿に、心の荒んだ大人達は癒される。

ほっこり、ほくほく、こころころりん。

……いやいや、ほっこりしている場合ではない。

確かに黄叙は性格的にも癒しだが。


このままだと肯定派のペースなので手を打つ。

恐らくは想定してしないだろう事実を放り込む。



「尤も、それは伯珪と事実上の夫婦だからですが」


「………………ぇ?」


「ぅ゛む゛っ!?──ごほっ!、ごほっ…

それは極秘だったろっ?!」



さらっと投げた190km/hのストレートみたいに。

「自分の仕事は終わった」と言う様に観戦モードで気を抜きまくっていた白蓮は噎せた。

吹き出さなかった点は女としての意地だろうな。

最愛の夫()の前で醜態は晒せない、と。


ただ、そのリアルな反応が演技の可能性を消した。

一瞬、俺が言った事が理解出来無かった──いや、理解したくはなかった黄叙は思考を放棄した。

しかし、都合の良い思考・解釈をしようとする前に白蓮が反応し、それを見て理解してしまった。

俺の言った事は紛れも無い事実なのだと。


“血の気が引く”というのは恐怖心を伴う。

では、喪失感・絶望感に襲われた時の人の反応とは一体どういった感じなのか。

判り易く言えば、突然に明かりの消えた暗闇の中で壊れた様に笑っている声だけが響く様な感じか。

まあ、飽く迄も個人的な印象でしかないが。

要するに、上げて落とされた時、憤怒・悲哀よりも自分の道化っ振りに嗤ってしまう訳だ。

「私、何遣ってだんだろ…」という感じで。

だから、憤怒・悲哀等の感情は後から出て来る。

一度冷静になってから、自己防衛の意味も含めて、相手を悪者に仕立て上げてゆく訳だ。


だが、まだ幼い黄叙には、それは出来無い。

しかし、此処で喚き散らし、泣き叫ぶという真似も不相応に聡い彼女には出来無い事だ。

だから、彼女の反応は必然的に限られてしまう。



「っ…そう、なのですか、御目出度う御座います」



涙の無い泣き笑い。

必死に堪えて、無理矢理に笑顔を作る。


そんな黄叙の反応に白蓮は勿論、黄忠達も動揺。

同じ女として、黄叙の胸中を察する事が出来る。

「何で今言うの?!、空気を読みなさいよ!」なんて男を責める女は自分が可愛いだけの自己中。

悪者にはならず、良い気分に浸りたいだけ。

男の事も、他の女の事も考えてはいない。


だが、当然ながら白蓮達は違っている。

漸く、自分達が“等身大の黄叙”を見ていなかった事に気付き、恥じる様に、悔やむ様に、俯く。

黄叙も立場上は理解はしているのだろう。

しかし、感情と思考が釣り合っているかと言えば、まだまだ不安定であり、幼い事は間違い無い。

何故、それに気付けなかったのか。

それは白蓮達が若く、子育ての経験が無いから。

俺は精神年齢(中身)だけは倍以上ですからね。

華琳達を育ててきた経験から、感じる訳です。


まあ、白蓮達の反応に溜飲を下げつつ、その過程で痛みを与えてしまった黄叙に向き合う。



「序でに言うと、逎県の県令とも伴侶だけどな」


「………………ぇっと……え?」


「まあ、彼女とは婚約者と言うべきだろうがな

一応、二つの県の“本当の支配者”だな、俺が」



嘘ではないが、正しくもない。

影響力的には確かだが、支配者という程に強権的な態度や言動はしてはいない。

だから、白蓮は「…おい、ちょっと待てよ」という憤怒の籠った視線を向けている。

ただ、先程遣らかしたばかりなので口を噤む。

本当は妻として否定したい所だろうけどな。

まあ、ちょっとした意趣返しだと思ってくれ。


そんな白蓮は置いておいて。

黄忠達は動揺に動揺が重なり思考が混乱中らしく、黄叙の補佐も出来そうにはなかった。

原作の二人のイメージが強い分、戸惑う二人の姿は新鮮に感じるのは俺だけなんだろうな。

邪魔が入らなくていいけど。



「………私には貴男が支配者とは思えません」


「それは貴女が俺を知らないからだ

幾人の女達を侍らせ、泣き叫ぼうとも容赦はせず、子供相手でも手加減などしない…

そういう男だ、俺は」



うむ、決して嘘ではない。

白蓮達、複数の妻に囲まれた生活をしているし。

“鳴き”叫ぼうが遣る時には遣ってますし。

華琳達の様に子供の頃から鍛え上げていますから。

そう、決して的外れな事は言ってはいません。

それを、どう受け取るのかは相手次第ですが。


黄叙は視線を逸らさず、真っ直ぐに俺を見詰める。

それは純粋な故なのか、潜在的な胆力故なのか。

ただ、俺の方は経験から理解出来てしまった。

昔の──今は遠き故郷での思い出の一場面。

幼かった華琳の眼差しと重なったからだ。

真っ直ぐで、純粋で、一度決めたら曲げない。

意地っ張りとさえ言える意思の強さ。

それを現す、強い光を宿した双眸。

だから、彼女の将来が楽しみになってしまう。



「……そうですね、私は貴男を知りません

だから、私に教えて下さい、見せて下さい

貴男が一体どの様な方なのか、貴男が何を望むのか──貴男の一番近くで、貴男の傍で」



まだまだ幼く、当然ながら恋愛対象には難しい。

しかし、それを理解した上で、黄叙は想いを貫く。

勿論、はっきりとは言ってはいない。

ただそれは彼女なりの意思表示(宣戦布告)

「今は駄目でも、必ず振り向かせて見せます」と。

“誰かさん”を彷彿とさせる意志を示した。


だから、俺も自然と口角が上がってしまう。

原作では本当に子供でしかなかった彼女だが。

今、目の前に居るのは間違い無く英傑の才器を持つ稀代の蕾の一つに他ならない。

その才器(はな)が咲くのを見てみたいと。

この手で咲かせてみたいと、心が弾む。



「言って置くが、俺の合格基準は高いからな?」


「はいっ、必ず届いてみせます!」



意地悪をする様に、敢えて厳しいと言って遣れば、先程までとは一転して弾ける様に笑顔を見せる。

…嬉しく感じる時点で敗けている気もするが。

まあ、素直に認めるのも男としての無意味な誇り(プライド)、自己満足だが、仕方が無い事だな。





 黄忠side──


璃々が啄県の県令・公孫賛と会談をする。

その場に私と祭は参加する事になったのだけれど。

本音を言えば、どうにかなってしまいそうな程に、緊張していたりします。


祭に見抜かれてしまった様に、私は謎の恩人である“彼”に惹かれています。

しかし、その想いは実を結ぶ可能性は無いに等しい状態だと言えるでしょう。

何しろ、相手の素性は不明で、再び会う事でさえも叶う見込みは無い望みだと言えるのですから。

ただ、日に日に、時々刻々と、想いは募るばかり。

もどかしく、悶々としていました。


ですが、そんな私に大きな転機が訪れます。

璃々が啄県の県令・公孫賛と会談を望みました。

もし、これが普通の状況であれば気にもしなかった事だと言えるでしょう。

「璃々も立派になったわね」と感心する位です。

しかし、現状では璃々が公孫賛と会談をする理由は殆んど見当たりません。


唯一つの例外を除いては。

そう、璃々を、私達を、故安県の民を救った御方。

決して私達には話さない、璃々だけが握る情報。

それが、何かしらの形で公孫賛と結び付いた。

だから、璃々は彼女との会談を望むのだと。

私達は直ぐに気付きました。


そして、璃々に協力しながら、何とか一つの情報を引き出す事に成功しました。

璃々が会いたいと思っている人物、その名は徐恕。

それが、彼の名前でも有るのだと判りました。


それからは、祭と一緒に“必ず彼に会える様に”と色々と小細工をしました。

何しろ、あれだけ手掛かりを残さず、素性も行方も闇に葬り去ったかの様に消えた人物ですからね。

それ相応の準備はして当然だと言えるでしょう。


その甲斐も有ってか、漸く彼に会えました。

公孫賛の傍に控え、存在を消す様に静かに立つ男。

私達よりも若い様ですが、実力は上だと判ります。

ただ、彼を一目見て、私は直感しました。

彼こそが、私の全てを捧げる男なのだと。

女としての本能が理解しました。


けれど、そんな私は気付かされます。

自分の想いにばかり意識が向いてしまっていた為、璃々の気持ちに気付けていなかった事に。

それは祭も同じ様で、恥じ入るばかりです。

私達は色々と見えなくなっており、璃々を傷付ける事になってしまった現状を悔やみます。


ですが、そんな中でも彼だけは璃々を見ていた。

一見して空気が読めない様な発言でしたが。

終わってみれば、璃々を思っての言動でした。


御互いに、はっきりと言葉にはしてはいませんが、通じ合えている事に嫉妬します。

──と、脳裏に浮かんだ場面が有りました。

それは璃々が産まれたばかりの時の事。

赤子の璃々を抱いた亡き義姉の言った教え。




「この(ひと)の子供を産みたい

そう、強烈に思える相手に出逢えたなら、引かずに押して押して押し倒しなさい

遠慮なんかしていたら、出来る物も出来無いわよ」




その大胆不敵な教えを、今改めて胸に刻みます。

恋の戦も、諦めずに射抜いて見せます。

だから、私達を見守っていて下さい。



──side out



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