44話 日常とは尊く
ねぇ~、知ってる~?。
胸が好きな男性は幼少期に十分に堪能出来無かった事から好きになる傾向が強いんだってぇ~。
逆に御尻が好きな男性は十分に堪能してから乳離れしている傾向が高いんだってぇ~。
本当か否か、信じるのは貴方次第だけどねぇ~。
──なんて豆知識が脳裏に雲の様に湧き浮かんでは風に流されてゆく様に消えてゆく。
故安県から戻ってきて早二週間が経った。
平穏な日々に身を置ける事が喜ばしい日常。
退屈と感じる事も有るだろうが、その日常を棄てて刺激的な非日常を求めようとは思いません。
それは俺自身が日常の尊さと儚さを知るからこそ。
知らないからこそ、「退屈だ」と刺激を求めるのが非日常に惹かれ、望む者である。
一度失えば、二度と戻らないと気付かないが故に。
気付いた時には手遅れで、取り戻せない。
人生は妄想ではないのだから。
どんな結果も遣り直しは不可能だから。
今自分が在る日常を大切にして欲しい。
まあ、それは飽く迄も平穏な日々に身を置く者への言葉で有って、苦境に在る者への言葉ではない。
後者に対して言うのであれば、その真逆になる。
自らの手で障害を打破し、閉じた殻を覆せ。
誰かを頼るのも構わない。
だが、最後には自らの決断と責任である事だけは、忘れてはならない。
──とまあ、そんな感じになるんだろうな。
勿論、人各々に状況や理由等は異なるだろうから、細かい部分は合わせて微調整が必要だけど。
ただまあ、犯罪だけは駄目です。
それは結局は人生終了ですからね。
だからね、昔から言うでしょ?。
“生きている者こそが勝者である”って。
「──って、聞いてるのか、忍?」
「ああ、勿論だ、今夜は激しくされたいんだろ?」
「バカ!、違うっての!、ちゃんと聞けよな!
…それはまあ、されたいとは思うけどさぁ…」
怒りながらも、M気質で、求められる事が大好きな白蓮は愚痴る様に本音を溢す。
他の誰にも聞こえず、俺だけに聞こえる様に。
あの不器用だった娘が、巧い女なったものよなぁ。
フフッ、今夜は御期待に御応え致そうではないか。
「──で、故安県の事だったよな?
問題が起きる可能性は低いと思ってたんだが…」
「ああ、統治や政策に問題が有った訳じゃないし、不作とかで飢饉の可能性が有るって訳でもない
……ただな、黄叙が私との会談を望んでるんだよ
しかも、お前の同席を希望した上でだ」
「………………頑張ってくれ、我が愛しき妻よ」
「巫山戯んなっ!、逃がす訳無いだろっ!
どう考えても私は“序で”だろうがっ!
抑、お前が黄叙に本名を明かすからっ!」
「いやいや、あの場合は仕方が無いだろ?
相手は拐われ、その所為で父親を死なせてしまった可哀想な幼い美少女だったんだぞ?
先ずは少しでも心の雨を弱めて遣りたいだろ?」
「ああ、その気持ちは判るよ、確かにな
そして、そんな男に惚れる美少女の気持ちもな!」
……あれれー?、何で、そうなるのー?。
ボク、子供だから解んないよ、白蓮姉ちゃ~ん。
ゴメンナサイ、冗談ですから右手を退いて下さい。
そのままだと圧し潰されるかもしれないので。
怒りと呆れから御機嫌斜めな白蓮。
だが、直す事は俺にとっては容易い事だ。
伊達に幼き頃より経験値を積み重ねてはおらぬわ。
……あれ?、急に目の前が滲んできた……雨か?。
……グスッ……負けないもん、男の子だから。
自爆して精神ダメージを蓄積しない内に切り替え、現状の直面する問題に意識を向ける。
故安県の県令には黄叙が就いた事は知っている。
黄忠と黄蓋が補佐し回していく体制な事もだ。
だから、隣県の県令である白蓮に黄叙が挨拶をしに遣ってくる事は何も可笑しな事ではない。
可笑しいのは俺を指名し、同席を望む事だ。
はっきり言ってしまうと、それは有り得無い事だ。
俺の立場で同席を望む事が、ではない。
黄叙が俺を指名する事自体が、だ。
だがしかし、現実には黄叙は俺を指名している。
これは如何にも面妖な事ぞ。
いや、冗談を言っている場合ではない。
本当に真剣に考えないといけない事案だ。
何しろ、俺は自分の情報が故安県側に流れない様に情報操作を白蓮・穏を通じて遣っている。
だから、兵士達は勿論、行商人達の間でさえ話題に上る事は考え難いんだけどなぁ…………あ。
……いや、まさか……でも、他には……はぁ~…。
「……華琳に遣られたか」
宅の面子で俺を出し抜き、“呼び水”を流せるのは華琳以外には考えられない。
咲夜も能力は有るが、白蓮達からの信頼度で言えば華琳には到底及ばないし、そんな賭けはしない。
バレた時、失敗さた時のリスクが大き過ぎる。
だから、遣る理由が有るのは華琳だけだ。
俺の呟きを聞いた白蓮も「あー…成る程な」と直ぐ納得出来てしまっている位に。
犯人が華琳だとすれば、繋がらなかった全ての点が綺麗に繋がって綺麗なネックレスの完成。
……はい、「いや、寧ろ首輪だろ」って思った者、先生は赦しません、廊下に立ってなさい。
兎に角、事態の元凶の目星は付いた。
後は犯人を捕まえて自供させるだけだ。
「──と言うかな、最初から華琳の言ってた通り、お前が黄叙達を娶れば済んでた話だよな?」
「まさかっ…裏切る気かっ、白蓮っ?!」
「いや、全く裏切る事にならないだろ、それは
穏と逎県の時と同様に、お前が妻に迎えてれば何も問題は起きなかったんだからな
お前の事だ、幼くとも黄叙の気持ちに気付かない程鈍く無いだろ?」
「…ぅぐっ………それはまぁ……そうだけどぉ…」
「抑、私達全員を一度に相手にしても平気な癖に、何で其処まで渋るんだよ?
…それはまあ、華琳の思想は過激だとは思うけどさ
全くの的外れでもないと私は思うけどな
少なくとも私は他の男には真似出来無いと思うぞ
それにさ、お前だって男なんだ
好きに出来る女が沢山居る事は嫌じゃないだろ?」
「…確かに俺も男だから、酒池肉林な爛れた生活に憧れが無いと言えば嘘になるけどさ…
俺は出来る限り、一人一人と向き合いたい
伴侶として、恋人として、孰れは父母として…
一人一人と向き合えず、想いに気付けない様なら、最初から受け入れない方が相手の為でもあるだろ」
「っ……それは狡いだろ、ばかっ……」
真面目に話し、遠くを見詰める振りをする俺を見て聞こえない様に呟いている白蓮。
聞こえなかったなら、気付かないのが安牌です。
まあ、今言った事は全くの嘘ではない。
実際に、そう思っているのは本当だからだ。
ただ、人数が増えれば増える程、俺の立場が弱まり劣勢な夫婦の力関係になるのが目に見えている。
別に絶対的な亭主関白が望みではないが、世の中の家庭の中では最下層の御父さんには成りたくない。
それが本音だったりすので──言えません。
後はまあ、爛れた生活も一日位だったら、です。
毎日そんな生活だったら、嫌になります。
気持ちいい事は好きですが、限度は有ります。
廃人化はしたくは有りませんので。
「取り敢えず、その会談は不可避なんだよな?」
「あ、ああ、県令同士の物だからな
一応、お前の同席は誤魔化せなくはないが…」
「……いや、同席する
どの道、俺が白蓮の所に居ると知られているんだし白蓮・穏との関係を知られたら結局また動く
それなら此処で明確にしてしまう方がいいだろ
それで、その会談の予定日は?、一週間後か?」
「明日だよ」
「…………は?」
「だから、明日なんだよ、明日
明日の昼前に始めて、昼食を一緒に摂ったりする
使者が来たのが今朝の事だから、今日の昼過ぎには黄叙達一行も街に入るだろうな」
「…………向こうも逃がす気は無いって事か…」
普通ならば使者を出し、双方の都合を擦り合わせて日程を組むのだろうが。
それを直前まで伸ばし、此方の対応を制限する。
「無礼な奴だ」と批難されても可笑しくはない。
しかし、そんな悪評よりも優先する事が有るが故に黄叙達は今回の遣り方を選んだのだろう。
つまり、絶対に俺と会おうとしている訳だ。
しらを切り通す事は出来無い訳ではない。
しかし、それは白蓮の立場を、黄叙達や故安県との関係を悪くする可能性を孕んでいる。
極端な話、俺一人の意思で関係性が変わる訳だ。
……なんて日なんだろう。
面倒臭い事、この上無いじゃないか。
「そういう事だから頼りにしてるぞ、旦那様」
そう、いい笑顔で肩を叩く白蓮。
この会談が表向きの形式的な物であり、白蓮自身は間接的な当事者だが、反対する意思は無い。
だから、全ては俺に委ね、信じているという事。
俺が事の中心なんだからな。
そして、結局は俺の選択肢が一つしかないだろうと確信を持っているんだろう。
それが判る程度には深い仲なのだから。
その信頼に応えるべく、俺は前倒しで頑張った。
白蓮が鳴きながら文句を言っているが知りません。
聞く耳?、そんな物は聞く理由が有る時に限られた事ですから、今回は対象外です。
「──で?、一応訊くが、どういうつもりだ?」
「…流石は御兄様です
直ぐに御気付きになられるとはァゥッ!?」
捕まえて問い詰めてやれば、ドヤ顔の解説魔の様に自信満々で語り始めた華琳にデコピンを贈呈。
普段よりは、少々強めだったので、油断をしていた華琳は思わず額を押さえて俯いた。
だがな、我が愛妹よ。
兄の苦悩と葛藤で痛んだ心は、その程度ではない。
尚、其処で「はきゅっ!?」と言っていたら、兄的に高ポイントだったんだがな。
ククッ…まだまだよのぉ、曹操。
まあ、そんな事は兎も角として。
あまりにも御約束な入り方に反応して中断したが、きちんと確かめて置かなくては。
「…ぅぅ~……私も御兄様が故安県の事は黄叙達に任せれば大丈夫だと仰有った点には同意します
ですが、故安県は啄県の隣であり、啄郡の一部です
将来的に見て御兄様が啄郡を得て太守となった時、黄叙達は白蓮・穏と同様に伴侶であるべきです
その方が、県令を一時的に別の者に任せるにしても後々の事が遣り易くなります
何より、父を自らの甘さが原因で失った黄叙自身に幸せになって貰いたいのでしたら…
彼女が慕う御兄様が娶ってあげるべきです」
……言っている事は極論っぽいのに反論出来無い。
軽々しく「いや、俺でなくても大丈夫だろ?」とは言えないのは、世の中を知っているから。
原作内とも、前世の社会とも違う。
現実は男尊女卑が非常に強く色濃い社会だ。
勿論、普通に女性が社会進出が出来る程、世の中が平和ではない事が最大の要因なのは間違い無い。
妊娠・出産により動けなくなる女性は“戦場”には不向きな事は一つの事実でも有るのだから。
俺は実力主義だし、特典も有る身だ。
だから、華琳達や女性を指導したり重用出来るが、普通は難しいのが大多数の現実である。
白蓮達だって俺達が助けていなかったら今に在らず人生が終わっていただろうからな。
そういう意味では、華琳の言い分は正しい。
ただ、「ああ、そうだな」とは流石に言えない。
幾ら女性の立場が弱い世の中でも、それを理解して突け込む様な真似はしたくはない。
「御安心下さい、御兄様、寧ろ逆です
立場が弱いからこそ、彼女達も本当に血を残すべき英雄が誰なのか、判っています
ですから、御兄様は私達を貪ってくきゅっ!?」
「…そんな事を女の子が言うんじゃ有りません」
全く、この娘は……真面目な顔で何を言うのか。
然り気無い修正力に思わず萌え入り掛けたぞ。
やはり、侮れぬ奴よのぉ、曹操よ。
──と言うか、何?、そのライオンの群れ的理論。
弱肉強食が唯一不変の真理だとは思うけどさ。
黄叙達が「…忍様、御情けを…」と潤んだ眼差しで強請るシーンを想像したでしょうが。
特に黄忠と黄蓋に関しては無駄に高性能過ぎな俺のイマジネーションの御陰で生々し過ぎです。
……まさか、これは未来断片視能力か?!。
いや、遊んでいないで明日の準備しないとな。
黄叙side──
色々な事が遇って、私の日常は変わってしまった。
それは深い悲しみを伴い、胸を穿つ様に痛める。
晴れている筈の空は青と日射しの中に雨を降らす。
遮る物は無く、私の身を濡らしてゆく。
身体から温もりを奪い、心までも凍えさせる。
苦しみに踞り目蓋を閉じれば闇に融けて消えそう。
孤独という名の毒が私を殺してしまいそう。
──だけど、それだけではなかった。
絶望しかなかった闇の淵で、私の手を掴んでくれた優しくて力強い温もりが在った。
失った存在の代わりにはならない。
でも、それでいい、そうでなければ──嫌。
だって、代わりだったら、他の可能性は無くなる。
私が望むのは──たった一つの答えだけだから。
「璃々、疲れていないかしら?」
「はい、大丈夫です」
「無理をしてはならんぞ?
明日は“大事な会談”なのじゃからな」
心配してくれている紫苑御姉ちゃんと、判っていて揶揄う祭御姉ちゃん。
対照的だけど、二人が居てくれるから心強い。
あの後、徐恕さんは見付からなかった。
どうしてなのか、理由は解らなかった。
ただ、私も、御姉ちゃん達も、故安県の人々も。
全てを助けてくれた事だけは間違い無かった。
だから、もう一度だけ会いたかった。
会って御礼を……ううん、そうじゃない。
会って、私の気持ちを伝えたい。
そう思っていた。
だけど、徐恕さんの情報は全く手に入らなかった。
普通だったら偽名という可能性を考えるのだけど。
私は徐恕さんは嘘は言っていないと感じていた。
一週間が経った日、街の御茶屋さんに寄った時。
一人の行商人さんの口から、その名が溢れた。
その行商人さんから聞いた話では、徐恕さんは隣の啄県の県令・公孫賛さんに仕えているそうです。
それを聞けば、未熟な私でも理解出来ました。
きっと、公孫賛さんからの命令で、徐恕さんは隣の故安県の“火種”を消しに来たのでしょう。
だから、其処に他意は無いのかもしれません。
それでも、私が助けて貰った事は変わりません。
そして、この胸の奥…温もりと切なさと痛みを伴う芽吹いたばかりの小さな想いも。
決して、勘違いではなく、確かな事です。
どうしても徐恕さんに会いたい私は御姉ちゃん達に“公孫賛さんとの会談”を相談をしました。
徐恕さんとの約束で、あの時の事は話せませんが。
御姉ちゃん達には気付かれていると思います。
だって、笑顔で「逃がさぬ様にせねばのぅ」とか、「あらあら、ちゃんと名前を書いて置かないとね」って遣る気を出していましたから。
反対されないのは嬉しいけど……少し不気味です。
「……でも、また貴男に会えます……」
馬車の外、遠くに見えた公孫賛さんの居城。
其処に居る筈の徐恕さんを思い浮かべ、呟く。
雨空の向こうには虹が架かり、貴男へと繋がる。
私の幸せを願い導く、父と母の形見の様に。
──side out