42話 破るるも切れはせず。
花は見て美しく、嗅いで芳しく、咲いて輝くもの。
摘み取って飾るよりも、有りの侭の方が麗しい。
けれど、人が精魂を込めて育て上げた花というのは自然に咲くよりも艶やかに成るもの。
ただ、それ故に脆弱に育つのは仕方の無い事。
甘やかされ、過保護に育てられるが故なのだから。
そんな花の成育と似ていて、人を導く事は大変。
些細な事で、人も変わってしまうのだから。
「よしっ!、その調子だっ!
次っ!、掛かって来いっ!」
「はいっ!、行きますっ!、“華雄御姉様”っ!」
目の前で行われているのは女性兵士達の鍛練。
先の俺達の活躍も有って、白蓮の下には女性の兵士志願者が増え、その指導をしているのが、白蓮から頼まれた梨芹だったりするのだが。
気付けば、原作の華雄と同じ言動をする梨芹が。
長年の俺の努力が無に返ろうとしています。
そんな事が許されるのだろうか?──否っ!。
例え世界の“強制力”だろうが抗って見せよう!。
「──という訳で、覚悟しなさい、梨芹」
「イッ、意味がっ、判りませァンッ!、ンンッ!、はっ、激しイィッ、じっ、忍ンッ!、ぅンンッ!」
さあ、我が愛の力で元に戻してあげましょう。
大丈夫、肉体言語は世界共通だから。
俺の猛りが聳え立ち、君の中心で愛を叫ぶっ!。
さてさて、結果を言いましょうか。
私の絶え間無く燃え上がりし激しい愛が通じた結果──ではなく、どうやら梨芹の言語は指導する際、男に軽んじられない様にし、女性達には厳しくして武人としての心構えを示す為だったらしく、梨芹が脳筋化したという訳では有りませんでした。
いや~、早とちりでしたね、てへっ。
「…はぁっ…はぁ……もぅ…いきなり過ぎです…
…そんなに心配しなくても……み、身も心も、私のす、全ては、忍のものです…」
「────梨芹、俺の愛を受け取ってくれ」
「──ぇ?、ぁんっ!?、まっ、また硬っ、んっ!?、ジッ、忍んっ!、もっ、もぉっ、無理ィッ!」
梨芹よ、そんな事を言われて止まれる程度の男は、所詮はヘタレでしかないのだよ。
当然だが、我が愛は止まりはしないので。
ブレーキ?、何それ、必要無いでしょ。
ベタ踏みで、アクセル全開っしょおっ!。
レッドゾーン超えて行くぞおおぉおぉぉっ!!!!!!。
そんな事も有って、何だかんだで一ヶ月が経過。
この一ヶ月は二県を行ったり来たりしていた。
比率的には一日で発生・終息した内乱直後な事から逎県の方が多く、週四日は行ったままだった。
そんな忙しい俺と離れたくないと言って華琳と恋は殆んどに同行しております。
その所為か、陸遜──穏達とも打ち解けています。
夏侯姉妹が「華琳様」と呼ぶのを見ると、原作感が急に顔を出してくるのは何故なんでしょうかね。
因みに、夏侯姉妹とは真名は交換していませんが、華琳が何やら裏で動いている気がします。
「──忍様?、どうかなさいましたか?」
「ん?、ああ、まだ一ヶ月とは言え、通りを歩けば民の変わり様が目に見えて判ると思ってね」
「……そうですね、私自身は滅多に外出する機会が有りませんでしたが、覚えている民の様子は何処か必死な印象が強かったですから…
この様に民の穏やかな表情が見られる様になって、本当に良かったと思います
それも忍様の御陰です、有難う御座います」
「…いや、俺は一石を投じたに過ぎないよ
逎県が変わったのは穏達の努力と、民の意思だ
だから、今の逎県の在り方が好ましいと思うなら、誇りを持っていいと思うよ」
「忍様……はいっ…」
双眸を潤ませながらも、俺を見詰めて笑う穏。
そのまま並んで歩く右腕を両手で抱く様に掴まり、身体を密着させてくる。
まだまだ原作の陸遜には遠く及ばないが、女の子。
その柔らかさは魔性を感じさせて止まないッス。
──と言うかね、この穏って華奢は華奢なんですが“痩せ過ぎてて骨と筋だけ”みたいな事は無い。
小柄だけど、ちゃんと、ふっくらとした柔らかさは有るんですよ、見た目とは裏腹に。
(……あー…でも、華琳も似た感じだったっけな…
あの頃は喰われるとは思ってなかったなぁ…………うん、思い出すのは止めて置こうかね…)
主に俺の精神衛生的な意味合いでね。
思い出すと、どうしても凹んでしまいますので。
──と、そんな思考は直ぐに破棄して切り替える。
女の子と一緒に居るという状況で他の女の子の事を考えるだなんて自殺行為にも等しい事ですからね。
しかも、その娘は真名を交換している婚約者です。
如何に他の娘と面識が有り、俺には他にも事実上の妻が居る身だと知っているのだとしても。
それはそれ、これはこれ、ですからね。
何より“女の勘”を侮っては為りませぬ。
この徐子瓏、その辺りは学習しておりますとも。
──と言うかね、政治的な理由で決められただけの関係の相手に女の子というのは抱き付いたり、素直な表情を見せたりはしません。
ある程度の好意──恋愛感情が有るものです。
……いやまあ、計算で遣る女性も居ますけどね。
そういう人達と穏達を一緒にしては駄目です。
そんな訳で今は穏と二人きりで街を歩いてます。
甘えん坊な妹達は夏侯姉妹と文武官に指導中です。
一応、「遣り過ぎない様に」とは言いましたが。
まあ、死にさえしていなければ問題有りません。
“華佗”の名に掛けて治して見せましょう!。
……え?、「相手が拒否ったら、どうするんだ?」ですと?、そんなの強制治癒ですよ。
平等・公平なんて幻想です。
“弱肉強食”こそが唯一無二の心理ですからね。
拒否りたいなら、先ずは俺達に勝つ事です。
「そう言えば、忍様が華琳様達の文武に関する事は指導をされているのですよね?」
「文に関しては肯定し難いんだけど、武に関しては間違い無く俺が教えているな
今は元譲達にも時間が有る時は指導しているからな──って、どうしたんだ穏?」
「むぅ~……春蘭達ばかり、狡いです~…」
ぎゅむ~っ、と右腕を強く抱き締められたから顔を向ければ頬を膨らまし、拗ねている様に睨んでくる可愛らしい穏さんが居るでは有りませんか。
原作での、お姉さんっぽさが無くて年下属性装備の穏さんは想像以上に可愛いっす。
だから、気付かない振りをして意地悪したくなる。
まあ、遣ったら過保護な側近達が面倒だろうけど。
「穏、約束しただろ?、後一ヶ月は無理はしない事
その後、ゆっくりと基礎体力を付けてからでないと武の指導はしないからな?」
「それは勿論、判っていますけど…」
生まれ育った環境から、穏も“甘え下手”な一面は初対面の時から窺えたが、最近は俺に対してだけは色々と我が儘を言ってくる様になっている。
そう為った原因が、穏に対しての華琳の「ふふっ、貴女には出来無いわよね?」的な挑発的な微笑だった事は重要機密だ。
──と言うか、穏も穏で、華琳の挑発を真に受けて「わ、私だって出来ます!」と言って俺に抱き付き──其処から先の知識が無かった為、終わったが。
そういう勢い任せなのは止めなさい、真面目に。
……いやまあ、何だかんだで勢いと雰囲気で結局は一線を越えちゃってますけど。
まあ、それは兎も角としてだ。
他の者が居る時は別にしても、今の様に二人きりで居る時の穏は、かなりの“構ってちゃん”だ。
誰にでも、ではなくて。
俺に、叱ったり、甘やかして貰いたいらしい。
尤も、窘める程度で叱った事は無いんだが。
ドMに目覚めそうな彼女の将来が心配とです。
「代わりに今夜は一緒に寝て遣るから」
「っ!……二人きりで、ですか?」
「んー…まあ、穏が二人きりが良いならな」
「二人きりが良いです!」
食い気味に返事を返してきた穏に胸中で苦笑する。
しかし、同い年だからなのか。
華琳への対抗心は特に強い気がするな。
……或いは、女としての本能的な物なのか。
切磋琢磨する、という意味でなら華琳達にとっても良い刺激になるだろうから構わないけどさ。
十三歳……よりは幼く見えるけど。
やっぱり、女性は生まれ付いての女なんですね。
穏との街散歩を終えて居城に戻った。
其処には気絶して伸びている元譲と華琳の腕の中で泣いている恋、戸惑う妙才の姿が有りました。
違和感を覚えた恋の姿を見ると、普段は纏め上げてポニーテールにしている紅髪が今はストレートに。
華琳も愛紗も梨芹も伸ばしている事から恋も自然と伸ばしており、元々面倒臭がりな恋の洗髪や整髪が俺達のライフワークの一つだったりしますので。
でもね、ポニテやストロンの恋も可愛いんです。
だから、愛妹紳士は一緒の入浴は大歓迎です。
因みに、俺も髪を伸ばしております。
個人的には見る分には、長身イケメンのストロンは格好良いとは思うのですが。
自分が、となると話は別で御座います。
寝返り打ったりしたら引っ張れて痛いし、洗うのも乾かすのも時間が掛かりますからね。
…まあ、氣を使うんで早いし簡単なんですけど。
やっぱり、男としては男らしくしたいんです。
スキンヘッドには早いので遣りませんが、すっきりスポーツ選手っぽい感じの短髪にしたいんですが。
華琳達に反対されています。
でも、何時かバッサリと切って遣ります。
いや、俺の髪型の事なんて、どうでもいいけど。
恋が自分で髪を下ろしているとは思えない。
何より泣いている訳ですからね。
それなりの理由が有って然るべきでしょう。
まあ、何が遇ったのかは察しが付いたけどさ。
「──で、何が遇ったんだ?」
「…鍛練の中で春蘭の剣の鋒が恋の髪を纏めていた帯に当たって切れてしまったんです
それで反射的に恋が春蘭を攻撃してしまって…」
「…あ、あの、子瓏様、姉者も故意に狙ったという訳では有りませんので…」
「ああ、判っている、心配しなくてもいい」
「姉者が罰せられるのでは…」という不安を懐いた様子の妙才の頭を撫でて安心させながら先ずは気絶している元譲の状態を確認し、打ち身だけだという事実に感心しつつも、その才能には呆れてしまう。
それから華琳に泣き付いている恋に話し掛ける。
「恋、形有る者は壊れてしまうものだ
だから、そんなに悲しまずに元気を出そう、な?」
「…………ぐずっ……でも…これ、兄ぃに貰った…
……最初の物……恋の宝物ぉ……ぅぅ……っ……」
恋の言葉に華琳と視線を合わせながら「あっ…」と思わず言い掛けたのを気合いで飲み込んだ。
決して忘れていた訳ではない。
ただ、贈った方は、それ位の認識でしかなかった。
だが、問題は思い出は評価不可能な事である。
思い出の品に、代替品は存在しないのだから。
それでも、この場を乗り越えなくては為らない。
何しろ、下手をすると恋が一生、元譲を恨むから。
「……恋が大切にしてくれている事は嬉しいよ
でも、そんなに悲しまれると俺の方が辛くなるな」
「……ぐすっ……嫌ぁ…そんなの駄目…兄ぃの事、悲しませたくない…」
華琳の胸から顔を上げると此方に振り向いて涙目で頭を横に振って拒否を示す。
嗚呼もうっ!、可愛いなあっ!。
思いっ切り抱き締めたくなるじゃないかっ!。
俺と同様に華琳も萌える心を抑えている様だ。
ならば、兄も堪え凌ごうぞっ!。
「優しいな、恋は…
恋、切れてしまった物は仕方が無い
だから、明日街に新しい帯を買いに行こう」
「……っすん……新しいの?…」
「そう、新しい帯をだ
その帯はな、思い出で一杯になって、溢れたんだ
だから、これからの沢山の思い出を詰め込める様に新しい帯を買いに行こう
それとも、恋は新しい思い出は要らないか?」
少々意地悪な言い回しをすると恋は全力で頭を横に振って否定してくる。
本当に可愛い娘なんだからっ!。
この娘っ、俺の愛妹なんですよっ!。
「それじゃあ、明日買いに行こうな?」
「……んっ…兄ぃと行く…」
笑顔を見せる恋の涙を右手の指先で拭って遣って、その流れで頭を撫でてやる。
取り敢えず、最悪の事態は避けられた。
後は元譲からも謝罪させるだけだな。
陸遜side──
初めて忍様に御逢いした時の印象を言えば、単純に“凄い御方”だったと思います。
秋蘭から事の次第を聞いてはいましたが。
普通の者には到底出来無い真似でしたから。
それでも、忍様に「俺の妻に成れ」と言われた時は自然と胸が高鳴っていました。
きっと、あれが“一目惚れ”だったのでしょう。
初恋でも有りますから、比べ様は有りませんけど。
忍様は御約束通り、私の病を治して下さいました。
その時は私自身信じられない気持ちでした。
本音を言えば、「助かる筈が有りませんから…」と諦念を口にしてしまいそうな心中でしたから。
諦め、受け入れ難くても、覚悟をしていました。
だからこそ、“まだ生きられる”と判った瞬間。
様々な感情が絡み合い、混ざり合って溢れました。
それは一緒だった春蘭と秋蘭も同じでしょう。
──とは言え、世の中に“万能薬”など存在せず、病は完治しても直ぐに元気に、自由に動けるという訳では有りませんでした。
当然と言えば当然の事なのですけど。
無理をせず、少しずつ身体を慣らしてゆく。
焦る気持ち、過度な遣る気は厳禁、という訳です。
じっくりと、ゆっくりと、一歩ずつが大事です。
ただ、“退屈”という感情は無駄な余裕が有るから感じる物だという事を知りました。
そんな中でも忍様と過ごす時間は特別です。
義妹でもある華琳様達と御逢いしたり、春蘭達から鍛練の事等の色々な話を聞いたりもしますが。
それでも、忍様と一緒に居る事には敵いません。
“自分の立場”という物を幼い頃から理解していたという事も有った為、私は心の何処かで常日頃から遠慮や我慢をする事が“当たり前”に為っていて。
けれど、忍様が許して下さいました。
「俺に位は我が儘を言っても構わないからな」と。
その時の御姿を私は一生忘れはしないでしょう。
勿論、私利私欲に塗れた身勝手で愚かな我が儘を、言ったりするつもりは有りません。
飽く迄も、私と忍様との間での我が儘です。
……まあ、華琳様達には影響は有りますけど。
その点に関しては“御互い様”ですから。
「穏、そろそろ寝ないと明日寝坊するぞ?」
「えぇ~……もう少しだけ、駄目ですか?」
「そんな御強請りは却下です、さあ、寝なさい」
「…むぅ~……」
忍様は甘やかしてくれますが、厳しくも有ります。
そんな忍様だからこそ、華琳様達も素敵な方達へと成られているのでしょう。
忍様に相応しく成れる様に、と。
それはそれとして、今は私の貴重な独占時間です。
このまま素直に眠るのは惜し過ぎます。
「………それじゃあ、忍様……その、おやすみの…く、口付けを…して下さい…」
「……判った、約束だからな?」
「っ!、はいっ!」
御免なさい、一気に目が覚めてしまいました。
そんな私の胸中を察してか、唇が触れたのは額。
期待していた事とは違い、戸惑い、拗ねる私。
そんな私を見ながら忍様は意地悪く笑って、そっと優しく唇へと重ねてくれました。
唇の皮膚が触れているだけなのに。
どうしてなのでしょうか。
こんなにも胸が甘く、切なくなるのは。
──side out