沁々と芽吹きを詠う
「──あっ、聞ーちゃったっ、聞ーちゃった~っ!
私利私欲に塗れに塗れた領主の陰謀!
己の欲望の為なら臣民を蔑ろにする外道!
その所業、人の生き血を啜る不埒な醜い鬼の如し!
他の眼は誤魔化せど、我が天眼は欺けぬわっ!」
「な、何奴っ!?、姿を見せぬかっ!?」
「はあ?、馬鹿か?、ああ、馬鹿だったな…
そう言われて、「刮目して見よっ!」なんて言って姿を晒すのは芝居や物語の登場駄目だけだって…
現実見ろよ……ああ、見えていないんだったな
その濁り腐った暗愚な穢眼には…」
「──っ!?、そ、その声…
まさかっ!、貴様っ、徐子瓏かっ?!」
「な、何だとっ!?」
李彦の側近である孟景が俺の声に気付いた。
──と言うか、別に声を変えたりしていないんだが……気付けよな、李彦。
まあ、気付かないだろうと思ってはいたけど。
所詮、見る眼は無い我欲に溺れた愚物だからな。
…あ、でも、少しばかり演出として反響させてた分気付き難くは有ったかもしれないな。
民の声も聞こえない“耳が遠い”老害なんだし。
「おー、話した事も無いのに気付いてくれたか~
いや~、大して嬉しくもないけど、よく気付いた
子瓏ちゃん感激~、誉めて遣るぞ~、孟景よ」
「ば、馬鹿なっ!、貴様は死んだ筈だっ!
元に奴の首級は其処に有るっ!
貴様は何者だっ?!、何故奴の名を騙るっ?!」
「おいおい……え?、本気で言ってんの、それ?
うわー……だとしたら、最悪だな…使えねぇ…」
「何を訳の解らない事を──」
「──何故、その首級が本物だと思う?」
「────っ!?」
喚いていた孟景が、俺の一言で夏侯惇が持って来た首級へと顔を向け、慌てて駆け寄った。
直に手に取り、首級を確認する。
そして──瞬く間に顔を青くする。
「それ、よく出来てるだろ?
賊徒の屍の中で、俺と近い奴の頭を使ってるんで、一見しただけだと見間違う程度には似せてある
しかも、夏侯姉妹を嵌める為に伏兵に気付かせない様に部屋の灯りは最低限だ
この暗がりで、傷付いた血塗れの顔を、保身の為に距離を取って見ている奴には判らないだろ?」
「お、おいっ、孟景っ!
それは一体どういう事だっ!」
「孟景、言って遣ったら、どうだ?」
「…っ………李彦様、奴は、徐子瓏は生きています
我等は、嵌められたのですっ!」
「──なっ!?、う、裏切ったのか貴様等っ?!」
「フンッ…裏切った?、何時、我等が貴様に忠誠を誓ったと言うのだ?
抑、貴様等が先に嵌めたのだろう?
我等はただ、恩人に助力しているに過ぎん」
「くっ!、貴様等ぁ……」
「──っ、者共、この二人を捕らえろっ!
そうすれば徐子瓏は手出しは出来んっ!」
「おおっ!、よく気付いた孟景っ!
即刻っ、その糞女共を引っ捕らえいっ!」
──と、孟景・李彦が叫ぶが、兵達は動かない。
その様子は、まるで物言わぬ石像の様に。
ただただ、その場に立っているだけだった。
「ええいっ!、何をしておるっ!、さっさと──」
焦れた李彦が地団駄を踏んだ、その次の瞬間。
夏侯姉妹を包囲していた兵達は魂が抜けた様に床に崩れ落ち、次々と倒れていった。
僅か5秒にも満たない時間で様相は一変した。
部屋の中で立っているのは僅かに四人だけ。
そして、束縛すらされてはいない二人の前に兵達が持っていた槍が多数転がっている。
其処からは──言うまでも無かった。
二人は慣れた手付きで槍を両手に拾い上げると歩み寄って、放心している李彦・孟景の太股に突き刺す。
痛みで我に返るが、二人の両手には新たな槍が。
叫ぶが李彦達など気にもせず、腕を、肩を、肘を、掌を、膝を、足首を、足の甲を、腹を、腰を、股を淡々と感情も見せずに突き刺してゆく。
それから剣で耳を削ぎ、唇を、鼻を、眼を、喉を、舌を、両手両足の指は一本ずつ折ってから。
殺してしまわなない様に、恐ろしく高い技量で。
二人は李彦と孟景を処刑していった。
それを眺めながら、切りの良さそうな所で近寄る。
「自業自得とは言え、無様な姿だな、李彦?
ああ、何言ってるか解らないし、聞く気も無いから黙ってろ、息の音でさえ耳障りだからな
死ぬ前に教えて置いて遣るよ
二人に協力した兵士達は無事だ
何も知らないで、包囲していた兵士達もな
此処に居る奴等以外は殆んどが“灰色”だしな
──ああ、そうそう、お前に情報を流していた奴は始末したそうだ、良かったな
先に逝って、待っててくれてる様だぞ
まあ、死んでまで付き従うかは知らないけどな
それから、逎県に関しては気にしなくていいぞ?
お前を支持していた連中も直ぐに身柄を確保して、きっちり処分するからな
俺が責任を持って事後処理を行うから安心しろ
そんな訳で──気兼ね無く仲良く一緒に逝け」
そう告げて、李彦達の首を刎ねる。
夏侯惇達からすれば自分達の手で終わらせたいのが正直な所だろうが、それは予め約束していた事。
だから、二人は李彦達を決して殺さなかった。
全ては、あの時から始まっていた茶番劇。
──夏侯惇が振り下ろす剣を俺は右手の人差し指と中指で挟む様に真剣白刃取り。
驚愕する夏侯惇を他所に俺が話し掛けたのは此処に居る筈の無い──凪だった。
夏侯淵に一撃を入れて倒し、咲夜の身柄を確保し、序でに周囲の兵達にも一撃を贈った様だ。
うむ、我がくノ一修行は大成功な様だ。
後は……やはり、衣装と装備だな。
近い内に真桜に相談してみるかな。
暢気に、そんな事を考えていた俺でしたが。
慌てる夏侯惇や兵達を黙らせる為に少しだけ殺気を出して威圧すると大人しくなった。
……何故か、此方の兵達までもが。
「…早く消しなさい、貴男って滅多に殺気を出す事自体が無いから、変に“濃い”のよ…」と苦し気な咲夜の指摘に殺気を散らす。
しかし、凪だけは尊敬の──と言うか、恍惚とした笑みを浮かべているんですが?。
え?、「あの娘は信者だもの、当然よ」って咲夜、それって何方の意味なんだ?。
それによっては、俺は真剣で華琳と話し合わないと駄目だと思う──え?、手遅れだから諦めろ?。
いやでも……あ、はい、今は仕事します。
だから、信者を増やそうとはしないで下さい!。
凪に事情を訊けば、華琳の独断による指示らしい。
「御兄様が貴女を必要としています、行きなさい」という事らしいのですが。
うん、確かに、凪が来てくれたから咲夜達の安全を確保して俺が自由に動けるんだけどさ。
我が愛しき妹よ、それは一体何ぞや?。
“女の勘”でも、“愛故に”でもないよね?。
どう考えても、覇王の才器の片鱗ですよね?。
超無駄遣いですよね?。
…………あー…いや、それは……うん。
「そんな事有りません!、御兄様の為ですから!」という愛妹の思念を受信してしまった。
「そんな気がするだけだけどね~」と言いたいのに言う事が出来無い……だとっ?!。
…………嬉しいのは嬉しいんですけどね。
最近、愛妹の将来が不安に為ります。
何時の日にか、本気で新興宗教立ち上げそうで。
まあ、それは兎も角として。
夏侯惇達は実力差と、状況の逆転を理解したらしく大人しくしてくれている。
夏侯淵も凪が上手く手加減していた様で特に影響も無く既に立ち上がっていた。
その後、武器を捨てた夏侯惇が土下座して懇願。
「全ては私の責任だ、虫の良い事は承知の上だ!、だが、どうか私の首で見逃して欲しい!」と。
次いで、夏侯淵が、兵達までが続いた。
…もうね、有り勝ちな展開で御腹一杯です。
凪の登場で、もう少し喋らせるつもりだった予定が潰れてしまった事も有って、気に為っていた事情を訊ねてみれば、観念して話してくれた。
事の始まりは先代の県令の死に起因する。
急死だったが、賊徒討伐戦の最中の戦死だった為、特段怪しい事ではなかった。
ただ、暗殺を疑う者は多かったが証拠は無い。
それ故に誰もが不信感を飲み込んでいた。
しかし、問題が一つだけ有った。
県令の急死により、後任の指名は無かった。
その為、県令に次ぐ地位に有った李彦が着任。
これにより、李彦派と反李彦派が誕生する事となり逎県は水面下の内紛状態に突入した。
ただ、二対八と反李彦派が圧倒的で、李彦達は常に苦渋と辛酸を舐めていた。
その反李彦派の中心人物だったのが夏侯家の主家。
しかし、先代が急死した為に反李彦派は混乱の中、勢いを失って行った。
また、一部が李彦派に寝返ったのだが…この裏には脅迫等が多かったのも事実。
勢力的には五分五分だが、旗手を失った反李彦派は封殺されている状態だった。
そんな中、その主家を継ぐ一人娘が病を患う。
“不治”とされる病を治す為に稀少で高価な秘薬が必要では有ったが、それを得る為の資金が無い。
其処で、夏侯姉妹は李彦に従う事で秘薬を得ようと領内では並ぶ者の無い武を売り込んだ。
普通であれば李彦が聞き入れる事は無いだろう。
しかし、先の賊徒流入と討伐の件により、白蓮への“借り”が出来てしまった李彦。
加えて、彼我の統治に対する民や行商人の評判でも雲泥の差となっていた。
まあ、全部自業自得なんだけど。
どうにか一泡吹かせて遣りたい。
そんな事を考えていた。
其処へ、名代の来訪と夏侯姉妹の懇願。
孟景の入れ知恵も加わり、名代の暗殺計画へ。
それが、此処までの一連の経緯だったりする。
取り敢えず、凪の頭を撫でて宥めながら、彼女達に俺は一つの提案を持ち掛けた。
どうせ、現状のままでは彼女達も民も救われない。
だから、“諸悪の根元”の排除をしよう、と。
──とまあ、そういう事が有った訳です。
その際、二人が李彦達を殺害してしまうと問題だが俺の場合には正当防衛を主張出来る。
また、領民の支持の無い李彦達の死は喜ばれても、悲しまれたり、憎まれたり、恨まれたりはしない。
ただ、二人が遣ると後任関連で問題になる。
それを避ける為の事前の約束であり、憂さ晴らしの為の槍刺しタイムでした。
因みに、咲夜達は凪に護衛させて一足先に啄県へと帰らせてある。
万が一に備えた事も有るが、白蓮への報告も有る。
凪には悪いんだが、白蓮からの正式な書状を持って往復して貰う事になっている。
その頑張りには、後日“御褒美”を上げる事に。
それで良いなら安いとおもうんだけどね。
それはそれで、周囲にも気を遣うんですよ。
特に、女教皇様が……ねぇ…。
「……子瓏様、本当に有難う御座います
御陰様で李彦達を討つ事が出来ました…
これで、奴等によって亡き者にされた皆様も少しは浮かばれる事でしょう…」
思考が明後日の方に旅をしていた俺の前には跪いた夏侯惇達が頭を下げていた。
夏侯淵は兎も角、夏侯惇の礼儀正しい姿は違和感が凄くて寒気がしそうなんだけど、その真摯な態度に自然と受け入れられてしまう。
だから、「あの御馬鹿な猪軍将が…俺、超感動!」なんて考えてしまって御免なさい。
いや本当に、マジで。
それを誤魔化す様に無駄にキリッとした自分の姿を意識して、二人に話し掛ける。
「二人共、頭を上げろ
まだ、始まったばかりだ
此処で事が終わる訳じゃない
これから県政の改革と改善、組織の浄化と再構築、領民の信頼回復、そして同じ過ちを繰り返させない為の継続の基盤造り…
遣る事は山程有るからな
それには、お前達の力が不可欠だ
“責任”を背負う覚悟は有るんだろ?
だったら、きっちり働いて貰うからな
ただ、気負い過ぎても駄目だが、絶対に忘れるな
だが、“慣れてしまう”事だけは強く恐れろ
達成感や幸福感は悲哀や後悔を薄れさせる…
貪欲に、何処までも高みを目指す事を止めるな
お前達自身が、それを望む限り、俺は力を貸す
嫌だと言っても、手を伸ばし、掴んでやるからな
しっかり、覚悟して置けよ?」
「────っ、はっ!、宜しく御願いしますっ!」
「────っ……確と承知致しました」
顔を上げ、各々の反応を見せる二人。
双子で、動と静で、熱と冷で、純朴と妖艶で。
そんな勝手なイメージを撃ち砕く、素直な笑顔。
それだけで満足してしまう俺も安いと思う。
まあ、嫌いじゃないけどね。
楽進side──
忍さんが咲夜さん達と逎県に向かって数日。
言葉に、文字に、数えたなら、たったそれだけ。
だけど、こんなにも離れている事が切ないとは。
思っても見ませんでした。
姉さん達は見た目にこそ平然としてはいますけど、やはり、気になるのでしょうね。
時折、ぼんやりとしている事が有ります。
その視線が何方等を向き、何を求めているのか。
態々言わなくても解ります。
その中でも恋の沈み具合は群を抜いています。
忍さんが居ない分は、私達と一緒に居ますが。
ただ、恋は“まだ”ですからね。
これで、此方等側に来たとしたら──いえ、それは考えるのは止めて置きましょうか。
頭だけでなく、御腹まで痛くなりそうなので。
──とまあ、そういった訳ですから、忍さん、早く家に帰って来て下さい。
私も、寂しくて可笑しく為りそうです。
特に気にしていない真桜が羨ましくなります。
季衣は忍さんを家族として考えていますからね。
寂しがってはいますが、意味合いが違います。
ただ、流琉は此方等側みたいですね。
本人に訊いたりはしてはいませんが。
女同士ですから、何と無く判るんですよ。
まあ、まだまだ小さな芽では有りますが。
その想いが本物な事だけは確かです。
そんな状況で、いきなりの事でした。
華琳から忍さんの元に行く様に言われたのは。
流石に驚きました。
だって、普段の華琳から考えれば理由が有るのなら“先ずは自分が動く”でしょうからね。
それなのに、私に言った訳ですから。
梨芹姉さんが華琳と額を合わせて熱を確かめたのも全然可笑しな事ではないでしょう。
寧ろ、華琳を知っていれば当然の反応です。
動揺した私は愛紗姉さんを見ると、姉さんが華琳に説明を求めました。
別に自分で訊けない訳では有りませんよ?。
ただ、軽く混乱していただけです。
その後、華琳の説明に納得して私は単身、逎県へ。
まあ、納得とは言っても、私が動く理由にですが。
一番行きたいだろう華琳と恋が動くと、色々問題が生じますからね。
有事に備え、姉さん達も動けませんから。
人選としては間違い無いでしょう。
それで、忍さん達に合流してみれば──これです。
咲夜さんが人質に取らている事に思わず反応。
遣ってしまってから、忍さんが誘っていたんだと。
その事に気付きました。
私の登場で騒がしくなりましたが、忍さんの殺気を前にして静まり返りました。
その忍さんの姿に、女としての本能が疼きます。
誰も居なかったら御強請りする所ですよ。
それから御褒美を約束して貰い、咲夜さん達と共に私は啄県へと戻りました。
今から楽しみで仕方が有りません。
──side out