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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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     驀地す心に


夏侯淵の好奇心による悶々とした一夜が明けた。

寝不足という事は無いが、不満足ではある。

だが、敢えて、何がとは言うまい。


ただ、普通に身の回りの世話も兼ねている夏侯淵。

当然ながら朝一で顔を合わせる訳です。

其処で、少しばかり考えてみましょう。

もし、実際に夏侯淵と熱体夜を過ごしていたなら、朝起きた時、彼女は何処に居るでしょうか?。

そう、答えは“俺の隣”な筈ですよね?。

勿論、絶対に、そうだとは言いません。

其処は個人差等も色々と有りますからね。

彼女が先に起きて、身仕度を整えに戻っていた。

そう考えたり、言われても、可笑しくはない。

ええ、全然有り得る事なんですよ。


でもね?、乱れたままにされた寝台、昨夜の状態で放置されたままの卓上。

普通、自分の身仕度を整えに戻るよりも先に、主の重要な客人である俺が不快に為らない様にする方を優先するべきなんですよ、侍女の仕事的にも。

それでも、俺が起きる前に片付けられれば結果的に問題無かったんだけど。

夏侯淵が部屋を訪ねてきたのは俺が着替えた後。

つまり、言い逃れ出来無いんですよ。

夏侯淵が俺を裸にして放置した、という事実から。


せめて、何もしていなくても裸で添い寝していれば「酔ってたから覚えてないけど…」と言いながらも上手く誤魔化せたのに。

其処は彼女の詰めの甘さだった。

一応、俺も気付かない振りは出来るが会話の矛盾は避ける事は出来無かっただろう。

──と言うより、変に気付かない俺が怪しく見えて警戒心を懐かせてしまう気がした。

だから、率直に夏侯淵に昨夜の事を訊ね、指摘し、彼女からの謝罪を受け入れた。

「その…実は、私は男性経験が無く…御酒で緊張を解そうとしたのですが…」という苦しい言い訳だが可哀想なので深くは追及しなかった。

勿論、李彦には「良い夜を過ごせませた」と笑顔で言って夏侯淵を庇っておいた。


そんなこんなが有って、討伐隊が集合する。

李彦側の面々の中から、夏侯淵達が歩み出る。



「私は李彦様より討伐隊を任された夏侯元譲だ

此方は私の妹だが──紹介は不要だな?」


「ええ、昨日自己紹介は済ませていますので

今度の討伐隊の指揮を執ります徐子瓏です

どうぞ、宜しく御願いします、元譲殿」



名乗った後、右手を差し出し握手を求める俺に対し夏侯惇は一瞬躊躇いを見せるが、応じた。

そんな夏侯惇を出発に向けての指示を出しながら、然り気無く観察する。


オールバックではなく、夏侯淵と鏡合わせの髪型。

髪や眼の色が同じだったら、パッと見、其処でしか見分けられない位に原作よりも似ている二人。

スタイルは……少しずつ夏侯惇の方が大きいかな。

二人共に良いのは間違い無いんだけど。

如何せん、原作みたいな服装ではない。

当たり前だと言えば当たり前なんだけどね。

あんな服装で戦場に行くなんて頭が可笑しいもん。

勿論、全員が全員って訳じゃないんだけど。

原作は“ゲーム上の仕様”で、此処では現実。

何方等が正しいかと訊かれれば、後者でしょう。

だから、夏侯惇達の服装は相応の物だったりする。




その後、目的地までは特に問題が起きる事も無く。

此方は俺を含めて三十八名、彼方は五百二名。

合計五百四十名の一団は無事に到着した。


夏侯姉妹とは休憩時に他愛の無い話を交わした。

夏侯淵の言う“事情”が何かは定かではない。

しかし、少なくとも二人が当事者ではない事だけは確かだと言える。

まあ、健康面では、という意味でだが。

借金とかの場合は判らないからなぁ…。

…うん、帰ったら白蓮と諜報部隊創設を本腰入れて考えて進めて行こう。



「──左翼っ!、射てっ!」



必要なのか未だに疑問が消えない戦前口上を遣り、わらわらと巣穴(アジト)から出て来た賊徒(ムシ)を潰す。

敵総数は凡そ二千。

此方の四倍近い兵数だし、兵の質も公孫賛軍よりも落ちるけど、特に問題ではない。

この程度なら、俺が動く必要は無い。

俺が指揮さえしていれば十分に勝てる。


右翼に咲夜を、左翼に夏侯淵を置き、本隊前衛にて夏侯惇に“守備”をさせる。

原作の夏侯惇からは先ず考えられない事だが。

この夏侯惇は猪突猛進ではない。

まあ、性格的には一気呵成に攻め立てたい様だが、我慢すべき時には我慢が出来る。

宛ら、ちゃんと躾られた飼い犬の様だ。

……原作では甘やかされて育った駄犬だったしな。

この夏侯惇なら猟犬にさえ成れるだろう。


──とか考えていると左翼の一斉射撃を受けた事で部隊長級が倒れたのか、賊徒側に乱れが生じた。

それを見逃す訳が無い。



「右翼!、中央に移動して防御陣形!

左翼!、続けて第二・第三用意!

──前衛!、敵右前方の傷に噛み付けっ!」


「──っ!、総員っ!、行くぞっ!!」



リードを外された愛犬がドッグランに駆け出す様に夏侯惇は躊躇する事無く突撃していく。

前衛が抜け穴は右翼の咲夜が移動して埋める。

夏侯惇達が襲い掛かる直前に左翼の夏侯淵達が放つ一斉射撃により迎撃体勢は崩されてしまう賊徒。

建て直す事も出来無い所に噛み付かれる。

既に六割を切っている賊徒にとって、此処で此方が斬り込んで来るとは考えていなかったか。

混乱の度合いが客観的に見ても高かった。


その後は、ジワジワと削っていた序盤戦とは打って変わって一気に畳み掛けた。

戦闘開始から、凡そ一刻程で討伐は終了した。



「……予想以上に呆気無かったわね」


「まあ、当然と言えば当然の結果だけどな

所詮は数に物を言わせてるだけの賊徒なんだから」


「そう言われたら、そうなんだけど…

貴男って、普通に優秀なのね」


「…その評価は言葉として、どうなんだ?」


「素直に感心しているのよ」



そうなのかもしれないし、悪気は無いんだろうが。

…何か、素直には喜べないな。

まあ、気にしても仕方が無いか。


討伐した賊徒達の後始末をしているのを見ながら、咲夜達と待っていると夏侯姉妹が歩いてくる。

何故か、その表情は険しい。

此方には軽傷者が十数人出ただけで無事に終わった筈なんだがな……これは何か有ったか。



「…子瓏殿、宜しいでしょうか?」


「はい、何でしょうか、妙才殿?」


「実は目撃されていた敵の総数は約二千三百…

しかし、我々が討伐したのは約二千です

つまり約三百が不足しているという事になります」


「成る程……状況から考えると“次の獲物の下見”に行っている、という所でしょうか…

この辺りで、賊徒に襲われてはいない街や村邑…

或いは、襲われたのが半年以上前の場所は?」


「その条件ならば……三ヵ所が該当します」


「それでは、其方等の兵を百・二百・二百で分けて百は私達と共に、残る二部隊を元譲殿・妙才殿とで率いて頂いて様子を見に行きましょう」


「…いや、それは待ってくれ

我等は子瓏殿の安全を第一にと言われている

故に私達二人は子瓏殿から離れる事は出来無い

それに敵は三百とは言え、偵察部隊なのだろう?

それならば、将来を有望視されている者に指揮経験を積ませるのに丁度良い」



夏侯淵に任せているのかと思えば、急に口を挟んだ夏侯惇の姿に対し違和感を覚えるのは思わず視線を向けた先の咲夜も同様だったらしい。

ただ、其処まで可笑しな話ではない。

これが啄県で起きた事であれば、俺や白蓮でも同じ様に考える可能性は否めないからだ。


だから、夏侯惇の提案を許諾し、百四十名の部隊で三ヵ所の内の一ヶ所を目指した。

目的地である村は無事だった。

それから李彦の居城の有る街に帰る途中の事。

その偵察部隊だっただろう賊徒達に遭遇。

さくっと退治してあげましたよ。



「こういう形で遭遇するのは意外でしたが、これで──って、元譲殿?、一体何の真似ですか?」



賊徒を倒し終えて、これから後始末を、という所で俺は喉元に夏侯惇に剣の切っ先を突き付けられる。

俺は視線だけを動かさして咲夜達の状態を確認する──様に見せ掛けて、氣で全員の位置を把握。

少なくとも、現状では誰も負傷さえしてはいない。

──という事はだ、これ自体は夏侯惇達にとっても“不本意”な事だって訳だな。

もし、私怨なり野心なりで動いているなら、賊徒を殺るのと同じ様に躊躇などしない。

夏侯姉妹は兎も角、兵士達からは“止むを得無い”という感じが溢れているからな。

部隊を分けたのは予定通りかもしれないが、賊徒の一部が別行動していたのは偶然かもな。

ただ、それを上手く利用しようと考えただけ。

偶々、残党と遭遇し、討伐し終えて、油断している今を狙って仕掛けた、と。

これなら、上手く誤魔化せるだろうしな。

直前まで一緒に行動していた事は村人達が証言し、アリバイ的には可笑しくはない、と。

うん、即興の割には悪くない手だな。



「……貴様等に恨みは無い

だが、悪く思うな、これが我々の任務なのでな」


「任務、ですか……成る程、そうですか…

──やはり、李彦の奴は屑だった訳だな」


「────っ!?」


「…っ……それが、お前の素か?」


「立場上、礼節を重んじるのは外交では当然だろ?

だが、こういう状況になれば関係無いからな

まあ、それは御互い様でしょう、妙才殿?」


「……否定はしない…」


「兎も角として…それで?

俺達を始末し、「賊徒を使って逎県を荒らさせた」とか何とか言い掛かりを付けるつもりか?

それとも、“不幸な事故”を装って精神的に有能な若い“女領主”を苦しめ様としているのか?

或いは、啄県を侵略しようと目論んでいるのか?」


「そんな事っ、我等が知るかっ!」


「知らない?、ああ、成る程な、そういう事か…

お前達は“女”だもんな

そう遣って李彦に尻を振っている訳だ

あんな屑に身体を許してまで縋るとはな…

いやはや、実に憐れな女達だ…」


「──黙れっ!!、それ以上喋るなっ!

貴様にっ、何も知らない貴様に何が判るっ?!

我等の苦しみも屈辱も判る訳が無いっ!!」


「落ち着け姉者っ!」


「何が判るか?、何も知らない癖に?

フンッ、大層な言い分だな、元譲?

その眼は飾りか?、或いは寝ているのか?

夢を見るなら布団の中だけにしてくれないか?

お前は自分達が遣っている事が見えていないのか?

お前達には“仁義”を語る資格など無い

李彦と同じ卑劣な屑に成り下がろうとしている以上経緯も事情も理由も一切関係無い

お前は奴と同じ、私利私欲の為に動く外道だ」


「煩いっ!、煩い煩い煩いっ!!、黙れえぇっ!!!!」


「姉者っ?!」


「黙らせたいなら殺せばいいだろ?

ほら、さっさと殺れ」


「このっ──」


「待てっ!、姉者っ!」


「止めるなっ!、私は──」


「待てと言っているだろっ!

冷静に為れっ!

この男は李彦とは違う!

甘く見て“誘い”に乗るなっ!」


「────っ!!」



激昂していた夏侯惇が夏侯淵の言葉で止まる。

頭を殴られたかの様に驚愕し、俺を睨み付ける。

…やれやれ、もう少しで誘い込めたんだけどな。

やっぱり、夏侯淵は侮れなかったか。

それとも、昨夜と今朝の件が余計だったかな?。

自分の主義を捨ててでも、昨夜は逃げずに無理矢理にでも遣ってしまうべきだったかもな。


その証拠に夏侯淵が咲夜に視線を送った。

他の面子よりも俺に近いと見抜かれたか。



「……おい、その女を此方に…」


「──っ……何でしょうか?

殺るなら、さっさと殺って下さい

足手纏いに為りたくは有りませんので

それとも、男達に犯させでもしますか?」


「そんな真似はしなさい…

だが、この場で一番危険な男を抑える為には何より有効な方法だろうからな…

徐子瓏、お前と彼女の関係は知らない…

しかし、他の者達よりは親いのだろう?

お前が大人しくしてくれれば、楽に逝かせよう」


「…結局は殺るんだな

それなら、俺も足掻くかもな?」


「いいや、お前は足掻きはしないさ…

お前は……昨夜も、今朝も、そうした様にな…

姉者よ、苦しませず、一思いに逝かせてやれ」


「……判った、徐子瓏よ!、さらばだっ!!」



冷静になり、改めて覚悟を決めた夏侯惇が、愛剣を振り上げ、首を狙って渾身の力で振り下ろした。






 夏侯惇side──


あれから私達は真っ直ぐに戻ってきた。

他の二隊には事前に使者を出していたので明日には戻ってくる事だろう。

その使者十名を除く、私達と共に任務に加担をした者達には申し訳無く思う。

だが、彼等も私達の覚悟を知った上での協力。

…本当に私達は恵まれていると思った。


李彦に命じられた胸糞の悪い任務の結果を報告しに日が暮れた城内を秋蘭と共に進む。

そして、謁見の間へと通されると李彦が居た。

奴の側近である孟景の姿も有る。

だが、警備の兵士達は居ない。

当然と言えば当然か。

知る者は少ない方が良いのだからな。



「──おお!、二人共、戻ったか

……して、首尾の方は?」


「…はっ、此方を…」



李彦の問いに私は右手に持っていた布包みを床へと置いて中身を晒す。

赤黒い染みが広がった布に包まれていたのは首級。

それを見て、李彦は口角を上げ、下品に嗤った。



「クッ…クハハハハッ!!

よく遣ったっ!、よく遣ってくれたっ!!」



耳障りな笑い声に心が、ささくれ立つ。

墨が滴り落ちる様に、汚く、穢し、埋め潰す。




「……李彦様、御約束通り、御願い致します」


「ククッ、ああ、判っておるわ

約束の褒美だ、受け取るがいい」



そう李彦が言った次の瞬間に部屋の壁が倒れた後、私達を取り囲む様に何十人もの兵士が現れた。

私達は反射的に立ち上がって身構える。

だが、槍を突き付けられても丸腰の為、抵抗する事も出来はしない。



「……李彦、これは一体どういうつもりだ?」


「ん?、クククッ…見ての通りよ

いやはや、本当に貴様等は、よく遣ってくれたぞ

だが、生かして置く事は出来ぬのでな…

ああ、安心しろ、貴様等と共に関わった兵共も既に身柄を押さえられておる頃よ…

心配せずとも、直ぐに会わせてやる」


「──っ…李彦っ、貴様っ…」



本当に、腹立たしい。

李彦には勿論だが、それ以上に愚かな自分自身に。

どうしようもなく、怒りが込み上げてくる。

こんな奴に利用され、秋蘭や皆まで巻き込んだ。

その事実が、胸を突き抉る刃の様に痛みを生む。



「ああ、そうだ、貴様等が心配する、あの娘だがな

安心しろ、儂がしっかりと面倒を見てやろう

クククッ、あの歳で、あの肢体、死ぬ時まで存分に愉しませて貰うとしようか

クククッ…フハハハハハハハッッ!!!!」


「「李彦エエェエェェエンンッッッ!!!!!!!!!!」」



そして、私達は李彦の言葉に咆哮した。

私達の今までの全てを踏み躙る一言。

それに、行き場の無い憤怒・憎悪・殺意等の感情が叫びとなり爆発するのは当然の事だった。



──side out



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