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恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
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    青き灯春の風が


夏侯淵達の事に付いて考えている間に、白蓮からの書状を李彦が読み終えた。

それから、特に問題も無く名代としての仕事は無事成し遂げられた。

──そう思い掛けていた時だった。



「──時に、子瓏殿、急がれますかな?」


「…いえ、特には急ぐ事は有りません

強いて言えば、伯珪様への今回の御報告でしょう」


「ああ、成る程、それは確かに…」



未熟な振りをしながら、然り気無く牽制する。

これを李彦が「有り勝ちな真面目な奴か…」とでも受け取ってくれれば嬉しいのだが。

さて、どうなるのか。


同意・納得する素振りを見せている李彦を誘う為に態と安堵している態度を覗かせる。

これで釣れるか否かで、李彦の俺に対する現時点の印象を把握する事が出来る。

その印象如何で今後の方針も変わるからな。

個人的な希望を言えば、食い付いて欲しい所だが。

そう簡単に行くとは考えない事にする。

期待というのは思考や視野を狭窄するからな。



「…実は折り入って御相談したい事が有りまして…

良ければ、御力を御貸し頂けないかと…」



──はいっ!、フィイィーーッシュッ!!。

食ったよっ、掛かったよっ、乗って来たよっ!。

やっぱり、外道魚(えさとり)は馬鹿だなっ!。

警戒心が笊過ぎだわ、いやマジで笊。

まあ、此方としては有難いから構わないんだけど。

自分の下には絶対に要らない輩だな、此奴は。



「……それは、内容にも因ります

如何に名代とは言え、私の一存では軽弾みな発言は出来ませんので、御約束は出来兼ねます」


「ええ、それは勿論、判っていますとも…

これは飽く迄も子瓏殿個人に対しての御話です

決して、公孫賛殿へ責任の追及等は致しません」


「………そういう事でしたら…

ですが、先ずは内容を御聞かせ頂けますか?

そうでなければ、私も返答は出来ません」


「それは勿論ですとも

…実は、御恥ずかしい限りなのですが…

公孫賛殿とは違い私は武の方は、さっぱりでして…

領内の賊徒にも舐められている始末なのです…

立場上、公には言えませんが…

先の啄県への賊徒の流入の責任は私の不甲斐無さが大きな要因の一つだと言えるでしょう…」



独白する様に話す李彦。

成る程、こういう場面での常套手段だな。

こうして自らの非や失態を認める事で、聞く相手に弱味を見せて「…もしかして信頼されてるのか?」という錯覚を懐かせる、或いは、「この人は本当に自分の非力を嘆いているんだな…」といった印象を懐かせる事が狙いなんだろう。

それが噂や上司の注意事項を鵜呑みにする様な若く未熟な新米の名代が相手なら、効果は抜群。

コロコロッと簡単に転がされてしまう事だろう。


ただ、相手が俺でなければ、だけどな。

そんな見え透いた手には引っ掛かりはしない。

ただまあ、乗っかりはするけどな。



「……李彦殿、誰にでも向き不向きは御座います

貴男一人では無理な事でも貴男を支える方々と共に力を合わせれば出来る筈です

寧ろ、自らの非力さや未熟さを知る事が、上に立つ者には必要な事だと思います

ですから、あまり御気に為さらずに…」


「……有難う、子瓏殿

いや、公孫賛殿は素晴らしい家臣を御持ちだ」


「いえ…私など、まだまだ未熟な身です

他の皆様から学ぶ事は山程有りますので…」


「その謙虚さを私も見倣わなくてはな…」



感心する振りをする李彦。

それに恐縮する振りをする俺。

狸と狐の化かし合いだと言える。

まあ、何方等かと言えば狐は俺だろうけどな。


沈み掛けた雰囲気が和らぐ。

何れも意図的に作られた雰囲気ではあるが。

其処を指摘しては化かし合いには為らない。



「…それでですが、子瓏殿に御願いしたいのは実は賊徒の件に付いてです

聞けば、子瓏殿は先の賊徒流入に際して公孫賛殿が“第一功”とされる程の働きをされたとか…」


「…いえ、それ程の事では…

偶々、私の提案が上手く行っただけです

全ては伯珪様や皆様の御尽力に因る物です」


「それでも、事実は事実でしょう

本当に素晴らしい事です、公孫賛殿が羨ましい」



誉め落としを仕掛ける李彦に謙遜しつつも実際には照れながらも満更ではない、という態度を見せる。


その裏で一つの確信をする。

公孫家の家臣団、その中位から末端に掛けての中、先の賊徒討伐に参加していない者の中、普段俺とは接触する事が無い者。

その限定された範囲の中に内通者か密偵が居る。

其処まで限定出来るのは、白蓮達に頼み俺達の事は伏せて貰っているからだ。

だから、李彦の様に“表向きな功績”しか知らない状況が正しいのは当然。

しかし、喧伝するのは白蓮の功績として、だ。

そういった存在が居ない限り、李彦が俺の事を知る可能性は先ず無いと言えるからだ。



「そんな子瓏殿に御助力を御願いしたいのです

一度だけで構いません

是非とも、賊徒討伐に御参加頂けませんか?」


「……ですが、それは李彦殿の家臣の方々にとって不本意な状況となるのでは?」


「…ええ、残念ですが、それは否めません

ですから、その討伐部隊は肯定派の者だけです

大規模には動かせませんが、実力は保証致します

勿論、内密とは言え、きちんと御礼は致します

どうか、指揮を執って頂けませんか?」



李彦の提案に悩み渋る振りをしながら考える。

この李彦の家臣団には忠臣が少ない。

それは李彦の遣り方に反意を懐く者が多い為。

逆に言えば、李彦側の家臣達は同類という事だ。

そんな李彦の功績作りに利用されるのは御免だ。

だから、普通であれば断る場面だろう。

しかし、夏侯淵の事が気になる。

はっきり言って、彼女が李彦に付き従っている事の理由が思い当たらない無い。

それが気になるから、無視する事が難しい。



「勿論、滞在中の御世話はさせて頂きます

どうか、引き受けて頂けませんか?」


「…………本当に一度だけですね?」


「ええっ!、勿論ですともっ!」


「……判りました、これも民の為ですからね

この話、御引き受け致しましょう」


「おおっ!、有難う御座いますっ!」



敢えて「民の為」という建前を強調する。

その理由は直前の李彦の「滞在中の御世話」という一言に返す様に言っている為だ。

これは“身の回りの御世話”という意味だけでなく“閨での御世話”も含んでいるからだ。

いや、寧ろ、其方の意味合いの方が強い。

それを聞いたから、了承した様に見せ掛ける。

これで李彦は「所詮は自制心の弱い若造よな」等と勝手な印象を懐いてくれた筈だ。

後は、世話役に関して、だが。

俺の読み違いでなければ、恐らくは……な。



「それで、何時討伐隊は出されますか?」


「明日には、この街を発ち、明後日の戦闘を…

そう考えていましたので…如何でしょうか?」


「準備が出来ているので有れば否は有りません

唯一、天候だけは考慮しますが…」


「ええ、それは勿論です

此方等としても無理は致しませんので」


「それでは、そういう事で」


「ええ、宜しく御願い致します」



こうして、李彦からの要請を受ける事になった。

その後、予想通りに夏侯淵を紹介されて、咲夜達と合流後に彼女により客室へと案内される。

俺は個室だが、咲夜達は五~六人で一部屋。

丁度、女性陣が一部屋で済むのは良かった。

下手に分けると対処し難いからな。


夏侯淵が去り、咲夜を自分の部屋に呼ぶ。

あ、深い意味も、変な意図も有りませんよ?。

そういう関係では有りませんから。



「──で、どういう事なの?

どうして彼女が此処に?」


「流石に其処までは判らないって…

抑、この世界じゃ原作の知識は参考以下なんだ

勘繰り過ぎると自滅する事になるぞ?」


「…………その本音は?」


「マジで諜報部隊欲しー」


「…そんな事だと思ったわ…」



つまり、何も判りません、と。

まあ、当然と言えば当然なんだけどね。

俺達が単独で情報収集すれば同じ様な事は可能だ。

しかし、華琳達は容姿的に目立ち過ぎる。

俺は変装すれば行けそうだが、啄県から姿を消すと要らぬ誤解を招き兼ねない。

だから、余程計画的に動かないと、そういった形の情報収集は出来無かったりするのが実情。

この手の柵って、一種の有名税みたいな物だよな。



「その状況で引き受けた狙いは?」


「先ずは内情が知りたいから、だな

幸いにも、帯同している面子は俺に従う事に抵抗の無い者で構成されているし、力量的にも問題無い」


「戦力的には貴男が指導している者ばかりだから、心配はしていないわ

でも、彼女が相手側っていうのが……ねぇ…」



咲夜の懸念している事は理解出来る。

原作の中でも文武両道な夏侯淵は時には鋭い読みを見せている事から、現実的に考えても厄介だ。

彼女の前では迂闊な真似は即命取りに為るだろう。

勿論、絶対ではないが。

既に李彦の前での言動で印象付けている今、下手に違い過ぎる言動は危険だろう。

まあ、彼女も公私の場で違う事は弁えている筈。

遣り過ぎなければ、大丈夫だろう。



「…まあ、いいわ、私達に出来る事は少ないもの

貴男の指示に従うわ

何か注意する事は有る?」


「男達は大人しくしてさえいれば問題無いだろう

ただ、お前達は気を付けて置けよ?

正直、何をされるか判らないからな

お前以外は自衛する分には問題無いから…」


「…ええ、判っているわ

こういう時、自分の非力さが腹立たしいわ…」


「何事も日々の積み重ねだからな…

特典(チート)持ちの俺が言うのも何だけどな」


「寧ろ、それを知っているから重みがあるわね…

……忍、帰ったら、私に合ってる武を教えて

今のままじゃ、氣頼みに為りそうだから」


「俺は厳しいぞ?」


「知ってるわ、だから頼むのよ、そんな貴男にね」



……此奴、然り気無く好感度(ポイント)稼ぎやがって。

そんなん急に言われたら惚れてまうやないかーっ!──とまでは行かないが。

ちょっとは、ドキッ、としたりはするな。

腐っても中身は女神、油断の為らない奴だ。





「──ぅう~ん……んふふふ~っ……みょうめ~…のめにゃいでしゅ~………………」


「…………やっと酔い潰れたか…」



卓に突っ伏した俺を傍で見ながら呟く夏侯淵。

李彦の命令なんだろうな。

昼間よりも薄着で俺の部屋を夜に訪れた。

いきなり襲いはしないが、期待している振りをして夏侯淵の思考を誘導し、適当な話と酒で誤魔化そうとしている夏侯淵の策に乗ってやる。

俺のは本物の結構強い酒だが、彼女の者は匂いだけ似せた御茶なのは判っていた。

だから、途中何度か“俺の酒”を飲ませた。

少なくとも彼女が断れない状況だと判るからね。

焦りながらも、酔った振りをしている俺が潰れると考えて応じていたが……うん、ほんのりと上気した朱が色っぽいんですよね~。


──なんて考えている俺を彼女は抱き抱えて寝台に運んでから、服を脱がせ始める。

まさかまさかの睡姦──いや、酔姦ですか?。



「…………期待していたんだろうが、悪く思うな…

此方にも事情が有るんでな」



──と言って素っ裸にした俺を寝かせ、事後の様に細工をしてから布団を掛ける夏侯淵。

「その事情を聞かせて欲しいかな?」なんて言って起き上がって問い質したいが、我慢する。

………………あの?、夏侯淵さん?、何故、布団を掛けては下さらないのでしょうか?、幾ら氣を使う事が出来ても寒い物は寒いんですが?。



「…………これが、入るのか?……無理だろう…」



……あー……成る程、そういう事ですか。

ええまあ、演技とは言え、無反応だと怪しまれそうだったから幾らかは反応させていますからね。

気になるのは仕方が無いでしょうね。

でも、これで貴女は男性経験が無い事が判明。

でも、安心して下さい、ちゃんと入りますから。

──あっ、俺のとは限りませんけどね。

其処は貴女次第ですので、当方は一切の責任を負う事は有りませんので悪しからず。


その後、暫く観察した後、手を伸ばす夏侯淵。

興味津々なのは仕方無いですが、反応する男の性。

熱っぽい彼女吐息を聞きながら、魘されている様に反応をして凌ぎましたとさ。





 other side──


街の喧騒が闇に融ける様に静まり返った夜。

自分の吐息と拍動の音だけが大きく聞こえる。

黒天に浮かぶ月と星は見えているのに遠くて。

限られた間しか見られない姿は人の生命の様に儚く思えてしまう。

けれど、それは的外れではないのでしょう。

命とは生と死を巡るもの。

昼と夜を巡る日と月に人々が重ねてしまうのは。

ある意味では必然なのでしょう。

私は、そう思ってしまう。


目蓋を閉じれば世界は閉じる。

その中でも、耳に沁みる音が、肌を撫でる微風が、草木の季節の匂いが、私の世界を広げてゆく。

眼には映らなくても、其処に世界は在るのだと。

そう、確かに私に教えてくれている。

全ては、私がいきているから感じられる事。


──と、小さく木が軋む音が聞こえた。

ゆっくりと目蓋を開け、音がした方に振り向く。

すると、月明かりが照らす中に浮かび上がったのは驚きを露にする彼女の顔。



「御帰りなさい、秋蘭

遅くまで御仕事で大変でしょうけど、身体には気を付けないと駄目ですよ?」


「……はぁ~……言いたくはないが、私の事よりも自分の心配をしてくれ…

今日は暖かい方だが、身体に障るだろう…

私を待っている必要は無かったんだぞ?

──と言うか、姉者は?」


「春蘭なら、よく眠っているんじゃない?

明日から少し遠くに出掛けるんですよね?

「しっかり休まないとな!」って張り切ってたし、起きては来ないでしょう

それよりも、貴女も休まないと駄目ですよ?」


「お前が眠ったのを確認したら、私も休む

さあ、身体が冷える、部屋に行こう」



そう言って私の身体を軽々と抱き上げる秋蘭。

年齢や身長・体格から考えても可笑しくはない事。

けれど、女同士だからなのでしょうか。

春蘭や秋蘭が私にとっての“英雄(ものがたり)”とは思えない。

それでも、二人が大切な家族なのは間違い無い。


そんな秋蘭から違和感とも言える匂いがする。



「……珍しいですね、御酒の匂いがします」


「…っ……ああ、実は少々酔っ払いの相手をな…」


「…………李彦殿、ですか?」


「いや、奴ではない

だから、お前は心配しなくても大丈夫だ」


「…っ………そうですか…」


「ああ、そうだ」



秋蘭の言葉に胸が痛む。

二人が李彦に従うのは私の為、私の所為だから。

だから何度も考えた。

「私の事は気にしなくていいから」と言おうとして──自分が二人に言われたら、どう思うのか。

それを考えてしまうと言えなくなる。


だから、自分の服を、秋蘭の服を、強く握る掌。

無力な自分が情けなくて、もどかしく、赦せない。

それなのに、離れたくはないと思ってしまう。

朧月の様に、自分さえも誤魔化して。



──side out



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