表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫†異譚  作者: 桜惡夢
56/238

     交錯す思惑


白蓮から名代の話を受けて二週間が経った。

気が重いが遣らなくては為らない事でもある。

あー…面倒臭い、歯臭い、口臭い、足臭い、白菜、搾菜、チンゲン菜、八宝菜、御免下さい。

そんなこんなで逎県入りしました、やっふー。



「………隣というだけで、こんなにも違うのね…」


「極端な話、一つの町の中の、隣り合った二軒の家だって同じ様なものだろ?

同じ土地面積に家を立てていても家主の違いにより家の造りや出来も違う

使う材料、頼む大工の技量、民家か商家か。

国や領地も、それと同じ事だ」


「……そう言われると、確かにね…」



宿を取る予定の街の中を進みながら咲夜と話す。

今回の同行者は咲夜だけだ。

いやぁ…華琳の説得が本当に大変だった。

恋?、恋は、こういう聞き分けはいいんですよ。

寧ろ、こういう時に一番駄々を捏ねるのが華琳。

本人曰く、「御兄様と三日以上も離れるだなんて…私に死ねと言うのですかっ?!」との事らしい。

いえね?、マジでガチ泣きされたんですよ。

抱き付いて、内臓が上下から搾り出されそうな位の小熊乃抱擁(らぶ・ぎぅ~)をされて。


ただ、今回は連れて行けないんですよ、絶対に。

「いいか、華琳?、俺が留守にしている間に何かが起きた場合、梨芹・愛紗・恋・凪・真桜か居るが、その指揮を執るのは華琳以外には居ないんだ、一応白蓮も居るが白蓮には白蓮の仕事が有る、だから、華琳にしか任せられないんだ、頼めるか、華琳?」という超真剣モードで説得した。

あと、「それでは、その間を凌ぐ為にも御兄様分を補充しなくてはなりませんね」と言って搾られた。

梨芹・愛紗・凪に白蓮まで参加して。

名代として行く前に、末代までの伝説を残して逝く可能性が見えたりしたんですけどね。


まあ、言った事は別に嘘ではないんですよ。

実際問題、愛紗達は白蓮に仕えている訳ではない。

如何に優秀でも、現状で愛紗達が活躍し過ぎると、嫉妬してくる器の小さい糞野郎共が居る訳で。

そういった衝突を回避する為にも華琳を残す必要は不可欠だった訳なんです。


そんな訳で、前回、恋の御目付け役だったのに全く役に立たなかった咲夜を連れて来た訳です。

残して置くより、此方に連れて来た方が経験値的に美味しそうな気がするんで。

中身が女神でも、現体は一般人ですからね。

まあ、一応は、あの司馬一族の祖となる器だけに、素質は決して低くはない。

ただ、幼少期から俺が魔改造──いや、鍛えてきた華琳達とは比べられない。

だから、せめて軍師方面で知識・話術といった力を活かす方向で考えている訳です。

勿論、氣の指導はしていますけどね。


それはそうと、やはり咲夜の視線は複雑そうだ。

曹操や孫策が初めて庶民の実生活を見たなら、同じ様に感じたかもしれない。

自分が考えていたよりも酷い現実を目の当たりに。



「……本当に、変わるのかしらね…」


「…さあ、どうだろうな

どんなに素晴らしい理想を実現出来たのだとしても人々が必ずしも受け入れるとは限らない…

九割が歓迎したとしても残る一割が不満に思えば、孰れ必ず争乱へと発展するだろうな

そして、その一割っていうのは特権階級の連中だ

自分が旨い汁を啜る為に、ただそんな事だけの為に無辜の民を犠牲にする…

そういう連中は殺しても殺してもゴキブリみたいに必ず何処かから出て来る

もし、それを完全に無くす手段が有るとすれば…」


「…………有るとすれば?」


「人間が自我を放棄してロボット化するか、人類を地上から一掃するか、それしかないな

少なくとも、“理解し合い、尊重し合えば”なんて腐り切って黴に埋もれた思想は無意味だ

そんな物で世の中が変わるなら、世界は疾うの昔に争い、競う事を止めている

“違い”を捨て去る以外に、それは実現しない

その“違い”こそが自己の評価・価値・存在意義な世界で放棄出来る訳が無いからな

だからな、人間が人間で有る限り、“真の平等”は実現する事は絶対に無いんだよ」


「…………貴男って人間不信だったかしら?」


「人間じゃなくて、夢想家不信だな

原作は兎も角、史実や演義の劉備って大嫌いだし」


「あー……それなら、納得出来るわ…

──と言うか、原作の娘達だから良いのよね

史実や演義の方って…倫理的に異常だもの」


「まあ、そういう狂気を人間は持ってるって事だ

別に其処に限らず、世界中何処でも、過去・現在・未来と変わりはしないさ

人間が人間として存在する限り、永劫な…」


「……そうかもしれないわね…」



二人で足を止め、空を仰ぐ。

色々と知っているからこそ、客観的に見られる。

その視点・観点を他者に求める事は意外と難しい。

華琳の様に特別な思考力が有る物なら兎も角。

白蓮達位の者では同意する程度には感じられても、真意を理解するには至らない。

俺達は転生者で、華琳は王の才器を持つから。

そういった特別な者にしか、手が届かない事。

だからこそ難しく──虚しく感じてしまう。


外史──可能性の世界。

その中に、人間が人間として有りながら、争わず、競いもしない、歪な平等な世界が在るのか。

俺は、有り得ないと言い切れる。

もし、それに近い世界が有ったとしても、其処には必ず一人、或いは一つの絶対意志が存在する。

その支配秩序の下に、擬似的に平等なだけ。

それが存在する時点で、真の平等ではない。

矛盾し、破綻し、歪曲し、不完全と成っている。


だから、俺は人間として生きるんだ。

誰かの為に?、結構な事ですね。

だけどね、“そうしたい”と考えた時点で、それは自分の為、自分の勝手でしかない。

そして、生きる事は自分の意志で歩む事だ。

だから、どんなに綺麗事を並べても、自分の為。

全ては自分自身の為でしかない。

それから目を逸らしさえしなければ生きて行く事の意味や価値は見出だせる。

そう、結局は“自分が決める”んだからな。



「……さて、取り敢えず飯にするかな」


「…そうね、腹が減っては戦は出来ぬ、だもの」


「…カレー、食いたいな」


「…カレー、食べたいわね」



嗚呼、今は懐かしき、日本の国民食。

この時代──いや、異世界でも再現は可能な筈。

だから何時か、きっと、カレーを食べてやる。




それから二日後。

目的地である李彦の居城の有る街へと到着する。

ただ移動するだけなら一日有れば十分なのに。

視察というのは表向きな話で、此方等の実力を隠し余計な警戒をさせない為の配慮であり、俺達に帯同している官吏や兵士達が一般人だから。

こういう所が面倒臭いよな、本当に。


先触れを出し、李彦に此方等が行く事を報せてから案内役か返答が来るのを待つ様に速度を調節。

事前に行く事は通達してあるんだから、態々直前に使者を出すのは無駄な気がしてしまう。

しかし、それは自分達の様に前世を持つが故の事。

この世界に、時代に生まれ生きる者からすれば何も可笑しな事ではない。

何故なら、県令という立場でも、互いに協力し合う様な関係ではなく、睨み合い、隙を窺う関係。

つまり、御互いに商売敵(てき)でしかない。


そんな相手の来訪を鵜呑みにする事は無い。

何を企んでいるのかを疑うのは当然。

常に、「侵略する気か?」と警戒している。

だから、こうして「侵略の意思は無い」と示し合う事が習慣化している訳だ。

勿論、それだけが理由ではない。

白蓮が李彦を嫌い、信用しないのと同じ様に。

李彦も新進気鋭の“女領主”を気に食わないらしく色々と嫌がせもしているらしい。

白蓮に加え、侯範・程豊からも聞いている情報。

「下らない奴だな…」と言えば、そうなのだが。

そういった細々とした因縁が続いている事によって関係は当事者間の事以上に複雑に絡み合う。

だから、面倒臭くて仕方が無い。



「啄県の県令、公孫伯珪様の名代で参りました

私は、徐“子瓏(しろう)”と申します

若輩者ですが、宜しく御願い致します」


「これはこれは、随分と御若い名代だ事で…

私が此処、逎県の県令の李公台です、宜しく」



そう言って、謁見の間で李彦を前に頭を下げる。

はっきり言って華琳達を連れて来なくて良かった。

俺が「若いと問題有るのか、糞爺?」とキレそうな位の相手だからな。

華琳達なら、間違い無くキレるだろう。

一応の用心として咲夜も待機させたのは正解だな。

此奴、クズ感が半端無いって。


身長は160cm程で、体重は120kgは有りそうな見事なメタボ腹をした中年の男。

話では四十代前半だった筈だが、六十代に見える。

人を小馬鹿にした見下した視線と言動。

着飾った衣装では隠し切れない溢れる下品さ。

──だが、そんな事は些細な事だと言える。

それら以上に俺にとって嫌悪感を懐く理由が有る。

薄毛を気にしてなのか、加齢臭を気にしてなのかは定かではないが、ベッ…………トリッ、としている頭は見るのも嫌だし、兎に角、臭いっ!。

整髪料なんて無い時代だから当然だけどさ!。

出来る事なら鼻を取り外して咲夜に預けたいと思う位に謁見の間に充満している強烈な香油臭。

マジで「勘弁してくれ…」と言いたい。


それでも、白蓮(つま)の名代として来ているのだから。

気合いで自分を制御する。

……顔が引き吊ってそうだけどな。


因みに、俺の字は白蓮から貰った物ではない。

母さんが華琳に託していた謂わば遺言の様な物。

しかし、その字を口にした時、認められた気がして──思わず泣いてしまったのは内緒だ。

華琳しか知らない事だから大丈夫だろう。

物理的にも“口封じ”して措きましたしね。


作り上げた自分を演じながら、白蓮からの李彦宛の書状を懐から取り出すと李彦の側に控えていた筈の女官が進み出て受け取る。

こういった所にも李彦の警戒心を窺えるのだが。

俺は書状を受け取った女官に意識が向いていた。

行かない訳が無かった。



(……待て、何で此処に居るんだ──夏侯淵っ!)



態度には出さないが、叫びたい衝動に駆られる。

服装は原作の彼女とは明らかに違う女官の物だし、原作ではショートだった髪も姉の夏侯惇並みに長く伸ばしているし、華琳とは従姉妹でもないけど。

それでも見間違える訳が無い。

白蓮と並んで“影が薄い”とされるが、普通普通と言われる白蓮よりも埋没してしまった彼女を。

見間違える筈が無い。

──いや、ディスってはいない。

そう聞こえそうだけど、事実の一部だから。

其処は、御間違い無く!。



(──って、落ち着け、落ち着け~…うん、無理

これは、ちょっと簡単には切り替えられないわ…)



女官な夏侯淵から書状を受け取り、読み始める李彦なんかマジで、どうでもいい。

はっきり言って、直ぐに始末出来る程度の相手だ。

白蓮にとっては面倒臭い政敵だったかもしれないが俺達にとっては取るに足らない雑魚も雑魚。

態々、狙って釣る価値も無い外道魚だ。


だが、夏侯淵は違う。

勿論、感じ取る実力は俺達には及ばないが。

此処で切り捨てる様な相手ではない。

しかし、無視して放置出来る相手でもない。



(──と言うか、夏侯淵が居るなら、夏侯惇も一緒だって考えるべきだよな?

……これは凪だけでも連れて来るべきだったか…)



如何に俺自身は特典(チート)で強くなろうとも。

人間を辞めてはいないので、限界は必ず有る。

手の届かない、姿の見えない敵は倒せはしないし、同じ様に護る事も出来無い。


咲夜だけなら側に置けば済む話だが。

帯同している者達──減らしに減らしての最低限の人数でさえ、総勢三十七名。

この全員を常に側に置き固まっている事は不可能。

そんな事をすれば、怪しまれてしまうだけだ。

だからと言って、離れてしまえば護れない。

人質にされる可能性は十分に考えられる。

その後は……考えるのも億劫な展開だ。


勿論、何事も無いのなら、それが一番だ。

夏侯淵が居る事、夏侯惇の所在、その経緯等。

気になる事は多いが、危険を冒してまで知る価値は現時点では無いに等しいと言える。

だから、此方等からは動くべきではない。

非常に気にはなるが、優先順位は高くはない。

彼女の所在が判った。

それだけで十分な成果だからな。





 公孫賛side──


それは、ちょっとした好奇心からだった。

私の名代で忍が居ない今だから、丁度良かった。

華琳達とは真名こそ預け合ってはいるが意志疎通は十分に出来ているとは言えない。

だから、この機会に色々と本音で話そうと考えて、忍の家に御泊まりする事にした訳なんだけど。



「──だからこそ、私は御兄様に御立ち頂き、世を御兄様が統べるべきだと思うわ

ねえ、白蓮?、貴女もそう思うわよね?」


「──っ!?、ァ、ああ、そうだな、うん…」


「そうでしょうっ!!

それなのに、肝心の御兄様はっ…

……それはまあ?、そう成ったら私達との時間にも変化は出来てしまうでしょうからね…

其処に不満が無いと言えば嘘に為るわ…

ただそれでも、世の為、人の為を思えば私は──」


「…………な、なぁ、愛紗?

華琳って、何時も“こう”なのか?」



熱弁を奮う華琳が、持論の語りに夢中に為っている隙に静かに愛紗に話し掛ける。

動じる事無く、平然と裁縫をしている愛紗の様子を見る限り、慣れているんだろうとは思うが。

如何せん、自分は初めて知る彼女の一面だ。

傷付けたりしては、名代を頼んだ忍に申し訳無い。

だから、こっそり確認してみる。



「ああ、アレですか…

忍でさえ、半分諦めていますよ」


「……え?、忍がか?」


「兄妹仲に問題は有りませんが…

華琳のアレは病気みたいな物ですからね…

因みに、恋と凪は熱心な信者です」


「…………訊かなきゃ良かったよ…」



あの忍が諦めてるって…華琳、恐ろしい娘だな。

──と言うか、既に身近に信者を作っている時点で要注意人物確定だろ、おい。

なあ、忍?、放って置いて大丈夫なのか?。

私、割りと本気で華琳達が心配なんだけど。



「好奇心というのは諸刃の剣ですからね…

まあ、忍も華琳が本気で教団を立ち上げたり布教を始めない限りは放任していますから」


「そうか…………いや、それでいいのか?

何か、手遅れな気がするんだけど…」


「…行き過ぎなのは確かですが、華琳の理想は強ち間違いとは私達は思ってはいません

少なくとも、誰よりも忍と一緒に歩んできた華琳は見えているんだと思います」



愛紗の言葉に好奇心が疼く。

訊かない方が良い気がするのに、聞きたい。

小さく息を飲み、覚悟を決めてから、口を開く。



「……っ……何が見えているんだ?」


「忍によって、導かれ、開かれる新時代…

その先に在る、私達の幸せな未来が、です」



一切の迷い無く、そう言い切って微笑む愛紗。

その瞬間に確信する。

此処にも“信者”は居るんだと。

そして──私も既に、その一人なんだと。

自然と浮かぶ微笑みが、雄弁に語っている。



──side out



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ